めんどくさい理系の恋人
サヨナキドリ
ハグ
「以下のスライドに示す通り、ウィーン医科大学の発表によれば愛する人に抱きしめられると脳下垂体からオキシトシンが分泌されストレスを軽減することがわかっています。ストレス社会といわれる昨今においてストレスを軽減し生産性を向上させるために抱擁の重要性は改めて見直されるべきだと考えられます」
壁に投影されたスライドを指していた指示棒を下ろす。昔取った杵柄というか、学会発表の経験が活きて、この手のものはお手の物だ。人を説得するには、ロゴス(論理)、エトス(信頼)、パトス(情熱)の3要素が重要だというが、クールキャラで通しているためパトスは私向きではない。しかし、その分ロゴスとエトスに全振りしたこのプレゼンテーションを作成したのだ(仕事の休み時間に)。私は説得の成功を確信しメガネをくいっとあげた。
「はぁ〜〜」
たった一人のオーディエンスからもれたクソデカいため息に思わず私はたじろいだ。彼女は私の彼女で、退屈そうに体育座りをしている。ふとももが、柔らかな胸を潰している。ここは彼女と私が同棲しているアパートの一室だ。
「で、君は何が言いたいの?」
「いや、それは、その」
身もふたもない彼女の問いかけに私は動揺し、指示棒を取り落とした。言いたいことって、だって、それは
「……ぎゅーって…してほしいです」
蚊の鳴くような声だった。顔が熱い、火がでそうだ。彼女を直視できず、うつむいて目をそらす。
「はい、よく言えました」
顔を上げると、彼女はさきほどとうってかわって柔らかな笑顔を見せていた。それから立ち上がって、私の背中に手を回した。私の方が身長が一回りほど大きいので彼女の頭が肩にもたれかかる形になる。
「ぎゅーーー」
彼女は、楽しげに笑いを含んだ声でそういいながら私を抱きしめた。
かっこ悪い、どうにも締まらないとは思うけれど、このくらいが私らしいのかもしれない。私はそう考えた。
めんどくさい理系の恋人 サヨナキドリ @sayonaki
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