新宿異能大戦76『愛を、諦めるな』

――私はユスティニア王国上級特別騎士、リザリア=ブランシール。

  勅命により、貴方の教官を務めさせて頂きます


 言葉。

 景色。

 想い。


 その姿を見た瞬間、色あせることのない思いが洪水のように溢れ出す。


「あ…………」



――では剣の使い方ですが、構えはこのような感じです。

  キュッと柄を握りつつ、こうビシッと伸ばし、ピタっと敵の正面に立つのです。

  そして斬りつける時は体を一瞬フワッとさせてから、一気にビュン!

  どうです、これで分かりましたか!?


「あ…………!」



――ですが同時に私は、この時代に少しだけ感謝もしているのです。

  貴方という人に、逢えたから。



――愛しています、ヒデト。



「く……!」



――ごめんなさい。私はここまでです。

  でも貴方は、生きて。



――さようなら。

  



「ぐ…………、く……ぅ……っ!」


 けど、今は駄目。

 それら全てを必死に飲み込み、英人はそれを真正面から見据えた。



「リザリア……!」


 白金のように輝く長い金髪。

 清廉さと力強さと可憐さ全てを兼ね備えたような美貌

 それらを白と黒の混じる鎧で覆い、世界を隔てた先からその存在は此方をじっと見つめている――そう、まるで遥か高みから値踏みするように。


 英人は胸に下げたホワイトゴールドの指輪を握る。

 瞬間、


「────────────────」


 まるで世界を塗りつぶすかのような白き閃光が、英人に迫った。

 こちらを排除するための攻撃か、はたまた只の戯れか。真意はその人形のような鉄面皮からは読み取れない。

 確実なのは今の英人が食らえば絶命は免れないということ。


「八坂!!!!」


 命中する寸前、義堂が英人に飛び掛かってそのまま倒れ込んだ。


「くぅ……」


「大丈夫、か……!」


 義堂の言葉の他に、音を立てて崩れていく音が聞こえた。しかし問題はそのふざけた威力ではない。

 絶対零度の視線と、微かな意志すら感じないような攻撃――これらによって英人の疑念は確信へと至る。


 そう、彼女はリザリア=ブランシーヌであってリザリア=ブランシーヌではない。


「………………ああ」


 あまりにも儚すぎる希望が完全に潰えた瞬間だった。

 英人はよろめきながら再び立ち上がり、口を開く。


「…………義堂、今すぐここから逃げろ」


「八坂、お前何を言って……」


「いいから逃げろ」


 英人強めの口調で義堂の胸を叩く。

 その表情は鉄だった。


「……あれは、俺がやる。

 俺がやらなきゃいけない」


「八坂……」


 唖然とする義堂を尻目に英人はゆっくりと脚を踏み出す。


「つ…………っ」


 しかし悲しくなるほどに体が重い。脚もうまく前に出ない。

 おそらくこれはあまりにも突然の再会に動揺しているからというだけではない。単純に目の前の相手が放つ威圧感が圧倒的なのだ。

 そんな相手に体力も魔力も完全に底をついた状態で立ち向かおうとしている。

 どう考えても自殺行為と言えた。


「────────」


「余裕、か。

 むしろ都合がいい。このまま――」


 その時とん、と右肩に手が置かれる。

 顔を右へ向けると


「分かってないな、八坂。

 俺がはいそうですかとお前を置いて逃げると思うか?」


 兜を脱いだ親友が小さく笑っていた。


「義堂……」


「生きて帰るぞ、二人で」


 その額には、玉のような冷や汗が吹きだしていた。

 極度の疲労と恐怖によるものだろう。だが、義堂はそれでも親友のために共に歩もうとしている。


「…………ああ」


 その真摯な想いが、英人に冷静さと暖かさを僅かに取り戻させた。


「よし。

 しかし今俺達に残された手段はほとんどない。基本路線はあくまで即時撤退だ、いいな?」


「分かってる」


 英人が答えると義堂は再び兜を被って『滅刀』を構える。


「幸い、彼女の注意はお前に向いているようだ。

 それに少しだけなら俺もまだ余力はある…………行くぞ」


「ああ」


 二人はじり、と左右に広がり無機質な瞳は英人だけを追いかける。

 瞬間、義堂は『滅刀』を振り上げ、

 

「『滅刀』――――!」


――――ゴオオオオオオオオオオオオオオオオッ!!!


「ぐうっ!?」


 る間すらないまま、白き波動が『無双陣羽織』を砕き二人を吹き飛ばした。


「ぐ……が…………っ!」


 殆ど防御を取っていない状態からの一撃。

 勢いよく壁に叩きつけられ英人はその意識を絶ちそうになる。事実、直撃した義堂は既に気を失っていた。

 もはや今この場で意識を保っているのは自分のみ。


「ぐ…………!」


 痛みなどとうに超え、痺れが全身を襲っている。今すぐ休めと言う肉体からの信号だ。

 だが、立たねばならない。


「お、お――――!」


 彼女を愛した男ならば、ここで立たねば――!


「────────────────────」


 立ち上がり、霞む目を見開くと白と黒の鎧に身を包んだそれは既に『道』から外に出ている。

 どうやら既に彼女の関心は自分からこの現実世界へと移ったようだ。つまり今の彼女にとって八坂やさか英人ひでととは、その程度の存在。


「…………下手に匂わせられるよりかは全然いい。

 心置きなく、やれる」


 英人は『聖剣』を握りしめた。


『……おい後輩。

 奴はまさか魔王直下の、』


「ああ」


 刀練とねり一秀かずひでの言葉を遮るように英人は答える。


 そう。

 あの日俺は彼女の正体を知り、そして同時に彼女を失った。

 今思えば、全てを失ったあの日から俺と彼女の運命は決まっていたのかもしれない。


「だからこそ今、ケリを付ける。

 たとえ俺自身がどうなろうとも……!」


 魔力は既にない。

 しかし今この手には『聖剣』と、幾多の戦場を潜り抜けてきたこの肉体がある。

 捨て身で彼女の心臓に突き刺せば――!


 英人が切っ先を構えた時。


「――急ぐなよ、


 飄々としながらもよく通る声が辺りに響く。


「『英雄』が愛を諦めてどうする?」


 振り返った先には合衆国の『国家最高戦力エージェント・ワン』、リチャード・L・ワシントンがいた。



【お知らせ】

いつも拙作をお読みいただき、ありがとうございます。


次回の更新ですが、所用によりお休みさせていただきます。

申し訳ありません!


次回更新は6月18日(土)予定です!

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