新宿異能大戦70『闇の中の光』

「『魔を断ちヘイ光指し示す剣ムダル』!」


 その叫びと共に閃光が走り、眩いばかりの輝きが視界を覆う。


 それは、かの『魔王』を二度も滅ぼした光。

 あらゆる邪悪を払い、『異世界』に平和をもたらした希望そのもの。



「……効いたよ、」


 しかしそれでも、


「――それなりに、ね」


 悪魔の肉体を消滅させるには至らなかった。


「な…………!」


 絶望、といよりも驚愕しかないような光景。

 義堂が英人に代わって声を漏らした。


「別に驚くことじゃないでしょ。

 確かに『聖剣』は普通に使うだけでも凄まじいけど、その本来の威力を発揮するのは沢山の想いを乗せた時だ。

 世間が今どういう状況か、刑事だったら分かるでしょ」


「――――!」


 核心をついた言葉に、義堂は反射的に息を呑んだ。


 聖剣『魔を断ちヘイ光指し示す剣ムダル』ひいては『原初の英雄』は、自身に寄せられる想いや願いを糧とするという力だというのは義堂も知っている。

 京都でも沢山の人々の応援を受けて『空亡くうぼう』を滅ぼしたように、確かに強力な力だ。

 しかしそれは裏を返せば周囲の環境に左右されやすい力だということでもある。


(……今、この世界はお世辞にもいい状況とは言えない。

 『異能』、『悪魔デビル』、『異世界』――これら超常の存在が、従来の倫理や道徳を根底から揺るがしている……!)


 そして今、その環境は悪化の一途を辿ろうとしていた。

 『異能』の存在の公表、さらには新宿における殺戮の連鎖。

 人々は己の力に気付き、溺れ、他ならぬ『悪魔デビル』の手引きによって堕ちようとしている。

 もしザハド計画通り新宿が『悪』の聖地となろうものなら、もはやその流れを止めることは不可能となるだろう。


 ならば今、止めるしかない。

 しかしどうやって!?


 義堂が逡巡した時。


「――おおおおおおおおらぁっ!!!!」


 叫びが木霊し、『英雄』の光が再び周囲を照らした。


「八坂……」


「はああああっ!!!」


 さらにもう一度。

 いや、何度でも。

 目の前の親友は、脇目も降らずに剣を振り続けていた。

 額に汗と血を滲ませながら、身体の修復に回す筈の魔力までつぎ込んで。


「しつこい……なぁ!」


 あまりの密度に半ば実体化した魔力が、英人を弾き飛ばした。


「ぐ……!」


「いい加減悟った方がいいんじゃない?

 今の僕の強さ以前に、『聖剣』の出力が弱すぎるって」


 英人は無言で瓦礫をよけて立ち上がる。


「分かるだろ? 早い話、需要が落ちてるんだよ。

 『善』や『英雄』という存在そのものさ」


 対するザハドは受けた僅かばかりの傷を瞬時に修復し、漆黒の翼を広げた。


「ああ満ちていく、満ちていく……!

 ズレた倫理や道徳で押さえつけられていた純粋な悪意が、本来の肉体に……!

 そうだ、この眩しいまでの深さと暗さが、『悪』の真骨頂だ。

 はは、ここまで大掛かりな部隊を用意した甲斐があったよ」


「……そうかい」


「ありゃ、まぁここまで来ちゃったんだし引くに引けないってのは分かるけどさ……まだやるの?」


 静かに『聖剣』を構える英人に、ザハドはくすりと嘲笑の笑みを浮かべた刹那。


「もちろん」


 かつて世界を救った光が、またも『悪魔デビル』に向かって放たれた。


「……な、は……!?」


「らああああああっ!!!」


 剣を振る度、放たれる光は徐々に弱々しくなっていく。

 それは英人の魔力が尽きかけていることもそうだが、世界そのものが『悪』に魅入られていることも大きい。

 しかしそれとは反比例するようにその太刀筋は力強さと鋭さを増していく。


「おおおおおおおおっ!!!」


 それはまるで、挫けぬ意志をそのまま叩きつけているようだった。


「く……いい加減に、しろよっ!!」


 苛立ちを見せながら、ザハドは魔力を剣と成して英人を突こうとする。

 しかし、


「まったく、呆けているとすぐに置いてかれそうになる……!」


 義堂の持つ『滅刀めっとう』の切っ先がそれを阻んだ。


「義堂!」


「ようやく隣まで来れたんだ、何が何でもお前に食らいついてみせる。

 たとえどんなことがあろうと、誰が敵だろうと!」


 応えるように刀身は烈火のごとく燃え、ザハドの体を後退させる。


「ち……親友共々粘るじゃないか元『英雄』。

 『異世界あちら』と同じように、この世界も君を求めなくなっているというのに」


「『異世界あっち』はとにかく、こっちじゃ別に『英雄』になんざこだわってねぇよ。

 だから『元』がついてんだろうが」


「じゃあなんで今も見知らぬ誰かの為に戦ってるんだよ。

 今も構えている『聖剣』こそが、その答えだろ?」


「肩書じゃない。

 こいつは俺の生き方の問題だ」


 英人は『聖剣』をしまい、真正面からザハドを見据えた。


「なら尚のことしんどいじゃないか。

 ――知ってるよ? 『異世界あっち』で君が最後にどういう目にあったか。

 そして、どんなものを目にしたか」


「…………」


「この世は『善』と『悪』のどちらかだけではいられない。

 だから僕は『悪』の啓蒙を目指し、世界はそれを徐々に受け入れつつある。

 なのに君はまだ意地を張り続けるんだ?」


「……ああ。

 俺は、忘れられないからな」


 そう言い、英人は静かに息を吐いた。


「……ああ確か、」


「そうだ。

 俺はこの『再現ちから』の副産物として、完全記憶能力を手に入れた」


「つまり人の『悪』の部分が散々こびりついてしまってるってことだ。

 でもそれなら猶更意地なんて張ってらんないんじゃない?」


「分かってねぇな、逆だよ」


「は?」


 眉を顰めるザハドに英人は続ける。


「人の負の側面とか、嫌な思い出とか、確かに忘れられねぇってのはしんどいもんさ。

 だがそれは『善』も同じだ。むしろ『悪』があったからこそ、そういった僅かな優しさや暖かさがひと際輝いて見えたんだ。

 光の中の闇は見過ごされることはあっても、闇の中の光はどれだけ弱々しくとも決して見逃すことはないからな。

 俺はここまで走ってこれたのは、この力と宝石のような想いがあったからこそだ」


「……言っとくけど呪いだよ、それは」


「なら死ぬまで呪われ続けてやる」


 そして両者に静寂が訪れる。


 言葉は交わした。

 決して交わらぬと理解した。


 ならば後は、死合うのみ。



「……これがこの戦い、最後の『再現』だ――」


 まさにその覚悟を示すように、英人は静かに口を開いた。

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