新宿異能大戦⑮『告白 前編』

「んん~っ、いやー何か最近肩が凝って困るねぇ。

 やはりこの胸に付いた脂肪のせいかな?」


 かおるは伸びをしながら言う。


 校舎を出ると、キャンパス内は小春日和の心地よい日差しが差していた。

 時間がゆっくりと流れていると錯覚するくらい、穏やかな天気だ。


「そうすか」


 英人はやや呆けながら答えた。


「む、人がさりげなく悩みをアピールしているというのにその反応はいただけんなぁ。

 さっき私が君の悩みを聞いてやったんだから今度は君の番だろう?」


「俺の番って……じゃあ肩でも揉めばいいんですか?」


 面倒そうに英人は溜息をついた。

 しかし改めて見ると、初めて会った頃よりも薫の体格はそれなりに変化している。特に今年に入ってからはすごい。何と言うか綺麗なスタイルはそのままに肉付きが良くなって、女性的な魅力がさらに増した感じだ。

 今なら王子様と言うより、男装の麗人という表現の方が適切かもしれない。


「ま、その辺りが妥当かな。次の機会にでも頼むよ。

 それより『覚者かくしゃ』捜索についてだが……やっぱり新宿に行くかい?」


「そうですね……」


 英人は難しい顔を浮かべ、顎を撫でた。


「ん、何か問題でも?」


「いや、少し引っかかることがあって……」


「引っかかること?」


 薫は首を傾げた。


「ええ。

 もしかしたら、『覚者かくしゃ』は思ったよりも身近な所にいるんじゃないかって」


「ほう、その心は?」


「いや何となくの勘です」


 英人は誤魔化した。実際「昨日敵のナンバー2からヒントもらいました」などと気軽に言える筈もない。

 だがそれはとにかくとして、十然がくれたヒント自体には引っかかる点もあった。


 君ならすぐに見つけられるさ――そう彼は言っていたが、これはどういう意味なのか。

 単純な言葉面だけを見れば、英人の能力を評価して言ったとみるのが自然だ。

 しかし、


(もしそうでないなら……つまり俺の能力云々ではなく、俺だからこそすぐに見つけられるという意味だったら?

 だとしたら、俺がどこかで関わった人間?)


 英人は歩きながらアスファルトに視線を落とした。


 昨日の十然の反応から、『覚者』は『サン・ミラグロ』関連の人物であることはほぼ確定した。

 だが英人の近しい人間で『サン・ミラグロ』関連と言われると、ちょっと思い浮かばない。


(いや、待てよ……別にそうでなくても俺関係、つまりは俺が関わって来た事件という範囲ならどうだ?

 翠星高校、京都、田町祭はまさにそれだし、それにクロキアも)


 7月のクロキア事件に、直接『サン・ミラグロ』が関与した形跡はなかった。

 しかし彼の最期の発言から見るに、こちらの世界に渡ってきたのは『サン・ミラグロ』の手引きの可能性が高い。

 つまり結果的には失敗したが、あれも『サン・ミラグロ』の計画の一つであったとも言えるのだ。


「……おいおい八坂君、いきなりそう考え込まれてしまっても困るぞ?

 一応女性と並んで歩くのだからもっとこう、話さないと」


「ああ、すみません代表」


 薫の言葉に、英人は我に返った。


「ま、君と私の仲だからいいさ。

 それより勘、か……手がかりも少ない以上、そういうものに頼ってみるのも悪くないか。

 確か身近なもの、だったね八坂君?」


「ええ」


 英人が頷くと、薫はニコリと口角を上げる。


「なら君がやってきたことを、この機に振り返ってみようじゃないか。

 君に救われた人たちを添えて、ね」


「ん? どういうことです?」


「もちろんこれから会うってことだよ、これまで君が助けてきた人達にね」


 こうして英人の足跡を辿る小旅行が始まった。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 午前10時50分、キャンパス中庭。


「あ、八坂さん!」


「おう」


 元気よく挨拶するイケメン大学生に、英人は小さく手を上げる。

 英人の足跡、その最初の人物は新藤しんどう幹也みきやであった。彼は恋人であるひいらぎ和香のどかと共に先のクロキア事件で関わった人間である。


「私の方は初めましてだね。

 いずみかおる、八坂君の所属するファンタジー研究会の代表だ」


「宜しくお願いします」


「ふふ、もし入部を希望するならいつでも部室の扉を叩いてくれ給え。

 新藤君ならいつでも歓迎しよう」


「いきなり勧誘せんでくださいよ……それより、久しぶりだな。

 柊さんは?」


「和香なら家にいます。

 俺が大学に行っている間、色々と家事をやってもらっているんです」


「そうか」


 英人は納得したように頷いた。

 先の事件の後遺症から、『吸血鬼ヴァンパイア』化を防ぐ為に幹也と和香は出来るだけ近くにいる必要があった。

 しかし事件から半年近くが経った今、長時間離れていても問題ないほどに改善したらしい。


「あれから半年、早いもんだな。

 最近は特に変わったことはないか?」


「ええ、おかげさまで。

 正直な所を言えば、自分の体質についてまだ少しだけ不安はありますけど……和香と二人なら、乗り越えられます」


「なんだよ、惚気か?」


「い、いえいえ! そんなんじゃないです!」


 幹也はブンブンと手と首を勢いよく振った。

 それを見、薫はクスリと笑う。


「ふふっ、ひとり身としては実に羨ましい限りだ。

 それより新藤君、『覚者かくしゃ』という言葉に心当たりはあるかい?」


「『覚者かくしゃ』、ですか……? いや特には……。

 何かあったのですか、八坂さん」


「いや、単純にサークル活動の一環だよ。

 『覚者かくしゃ』っつー都市伝説をいま調査してるのさ」


「そうだったのですか……でも何か協力できることがあったら、いつでも言ってください。

 最近は『異能』関連で物騒ですし、何より八坂さんには色々お世話になっていますから!」


「ああ、その時は頼む」


 英人が答えると、幹也は「それでは!」と笑顔で手を振って校舎の方へと向かっていった。

 こちらの心も晴れやかになる程のさわやかな仕草だ。


「……いい子、だったね」


「ええ」


 英人はしみじみと頷いた。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 横浜みなとみらい、午後0時15分。



「しかし驚いたよ、まさかお前から昼飯の誘いが来るとはな。

 それも当日いきなり」


 ランチタイムを迎えたイタリアンのテーブルに、背広姿の一人の男が腰かけた。

 大人びながらもやや甘めなマスクに、平均以上の身長。まさに仕事の出来そうなエリートサラリーマンといった風体だ。


「少しこの近くで用事があってな。

 確かこの辺に勤めてるって聞いたし、せっかくと思って。悪いな、浅野」


「別に構わないさ。そろそろ同僚や上司と食べるのも飽きてきてたしね。

 それで、こちらの娘は?」


 英人が事件で関わった人物の、二人目。

 それはかつての高校の同級生であり、『十一年前の翠星高校』の世界を創造した張本人、浅野あさの清治きよはるであった。


「ああ、俺の入ってるサークルで代表やってる四年生だよ。

 色々あって今いっしょに行動している」


「泉薫です、宜しく」


「ああ、宜しく……」


 丁寧に頭を下げる王子様系美少女を、呆けたような表情で眺める清治。

 しかしすぐにハッとした表情を浮かべて英人の方へと顔を寄せ、


「……おい何なんだあの娘は、彼女か?

 桜木さくらぎさんはどうした?」


「彼女じゃないし何故そこで桜木の名が出る」


「そりゃまぁ何と言うか……それより、そういう関係ではないんだな!?」


 清治はさらに距離を詰める。

 普段爽やかな男であるが、今日は珍しく取り乱しているようらしい。


「どういう関係かは知らんが、代表と部員の関係以上のものはねーよ」


 英人が呆れながら答える。

 その対面では、薫がキョトンとした表情を浮かべていた。


「どうしたんだい、おふたりでそんなにひそひそ話して?」


「いや、何でもない……初対面なのに悪いね、泉さん」


「いえいえ、無理を言ってご一緒させてもらったのはこちら、もとい八坂君だ。

 お気になさらず」


「しれっと全責任おっかぶせないで下さいよ……それより、こうして会うのもひと月ぶりくらいか。

 見た感じ元気でやってそうだな」


 言いながら、英人は店員から渡されたおしぼりで手を拭いた。


「ああ、おかげさまで。

 特に体調に変化もないし、仕事に関してはむしろ前より順調なくらいだ。

 これもお前のお陰だな」


「買い被り過ぎだ。

 でも五大商社勤めのエリートにそう言われるのは、悪い気はしないな」


「茶化すなよ。それより状態どうこう言うならお前の方だろ、八坂。

 何かすごいことになっているようだけど、大丈夫なのか?」


 清治は心配そうな表情を浮かべ、水を口に含んだ。


「まぁ、今は俺以上に『異能』関連がクローズアップされてるからな……今の所そこまでだ。

 それより一つ聞きたいんだが、『覚者かくしゃ』って言葉、聞いたことあるか?」


「『覚者かくしゃ』……いや、ないな。

 まさか『異能』関連のゴタゴタか?」


 清治が尋ねると、英人は小さく頷いた。


「大体そんな所だ。

 今俺たちはそれを追ってる」


「追ってるってことは、まさか泉さんも『異能者』?」


「いやこの人はただの物好きだ」


「そ、そうか……」


 英人の言葉に清治は肩透かしを食らったように息を漏らす。


「ふふん」


「いや何で得意げなんですか代表」


 謎のドヤ顔を浮かべる薫に、英人は思わずツッコんだ。



 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 横浜市緑区、午後1時50分。


「……浅野さんから聞いた高校時代の話は、中々に興味深かったねぇ。

 八坂君に友人がいなかったのは今と同じだけど」


 清治とのランチを終え、二人は閑静な住宅街をゆっくりと歩いていた。

 この時間帯は下校する小学生も少なく、買い物に出る主婦も少ない。だからか驚くほどに静かな道のりだった。


「はいはい俺はいつの時代も陰キャですよ……というか、そう言う代表の高校時代はどうだったんですか」


「私かい?

 もちろんモテモテだったさ……主に女子にね」


「でしょうね」


 またもドヤ顔する薫を適当にあしらいながら、英人は車一台分の道を進んでいく。

 両脇には一軒家とアパート、そして時折空き地。どことなく安心感のある風景だ。


「さて、地図が正しければそろそろだけど……」


 英人はスマホから目を離し、周囲を見回し始める。

 すると道の突き当りに、

 

「あ……」


 普通のルックスをした、普通の少女――矢向やむかい来夢くるむが、立っていた。

 彼女が今日の、三人目。

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