新宿異能大戦③『泳いで参った』

『まったく……いつもやられっぱなしじゃダメじゃないか、八坂やさか


『……ゴメン、義堂ぎどう


『別に謝る必要はない。

 でもちゃんと先生とかお父さんお母さんに相談して対抗しないと。

 俺だって、いつでもお前を守れる訳じゃないんだぞ?』


『うん……そうだね。

 いつでもこれじゃあ、ダメだよね。

 僕も、義堂みたいに強くなれたらなぁ……』


『別に俺だって、強いわけじゃないさ。勉強だって柔道だってまだまだだよ』


『そうなんだ……そういえば義堂ってさ、やっぱり将来の夢は警察になることなの?』


『ああ、そうだ』


『すごいな……僕はそういうの、ないよ』


『別に夢なんて、人それぞれだろう。

 ただ俺は、父さんみたいに色んな人の助けになりたいんだ。だからもっと勉強したいし、強くなりたい』


『確か、警察の偉い人なんだっけ』


『うん、すごい人だ。

 だから俺も父さんみたいにすごい警察官になって平和を守りたい。

 俺がお前を助けるのも、それがあるからだ』


『……そっか。すごいなぁ、義堂は。ヒーローみたいだ。

 でも――』



【――良かったな日本人、釈放だ。

 身代金一千万ドルの条件を日本政府が呑んだ。

 人道支援だか何だかは知らんが、お陰で我が組織は潤ったぞ】



『とんだ税金泥棒だな、お前』





「――っ!?」


 殺風景な控室の中で、義堂は椅子の背もたれから飛び起きた。

 その額には脂汗がじんわりと浮かんでいる。


「ゆ、夢か……!」


 それを手の甲で拭いながら壁掛けの時計に視線を移すと、時刻は午後の二時。

 つい先ほどまで着信があったのか、テーブルの上のスマホのランプが点滅していた。


「八坂からか……」


 呼吸を整え、義堂はスマホを確認する。

 着信履歴には、小学校以来の親友である八坂やさか英人ひでとの名前があった。

 メールやメッセージアプリならともかく、彼がどうでもいい用事で電話を掛けてくることなど滅多にない。おそらく何か事件があったのだろう。

 本来ならすぐにでも折り返しをするべき――しかし悪夢のせいか、やたらと指が重かった。


「義堂さーん、そろそろ時間だってー!」


 義堂が迷っていると、『異能課』の同僚である水野加奈がノックと共に控室に入ってきた。

 どうやら、次の予定が迫っているらしい。


「すまない、その前に電話を一本だけ入れさせてくれ」


 迷いを義務感で押しつぶしながら、義堂は通話ボタンをタップした。




 ◇




「――では最後に義堂さん、国民に向かってメッセージを」


「はい……国民の皆様におかれましては、『異能』という超常の存在に対し、今なお戸惑っておられる方も多いと思います。

 ですが、ご安心ください。

 我が国は兼ねてより『異能』犯罪に対する制度とインフラを整えてきており、その水準は先進諸国においても随一です。事実、統計を見ましてもその件数は既に高止まりを見せており、減少への兆候すらあります。

 つまり『異能』犯罪もこれまでの犯罪同様、しっかりと対策すれば対処は可能であるということです。過度に恐れる必要はありません。

 今後も我が国はさらなる対策の強化と制度の拡充を行い、アフター早応とも言われる『異能』社会に向けて様々な政策を行う予定です。もちろん『国家最高戦力エージェント・ワン』である私も、その最前線として微力ながら全力を尽くす所存であります。

 国民の皆様におかれましては引き続き、ご理解のご協力の程、宜しくお願い致します」


「以上、義堂ぎどう誠一せいいちさんでした。

 ありがとうございました!」


「ありがとうござました」


「CMの後は茅ヶ崎ちがさきホールディングスの現社長、茅ヶ崎氏について――」



 ………………



 …………



 ……




「悪いな、水野みずの

 こんな秘書みたいなことさせてしまって……」


「まー命令ですし。

 それに、こういうのも別に嫌いじゃないですから」


 義堂の横をスタスタと歩きながら、ピンク髪に奇抜なメイクをした女子がスマホ片手に口を開く。


 異能課に所属する捜査官のひとり、水野みずの加奈かな

 原宿系のいかにも遊び好きな見た目をしているが、その事務能力は一級品だ。書類作成に関しては随一と言っていいかもしれない。

 今は多忙を極める義堂の担当として、マスコミ対応等の様々な調整を行ってくれている。


「そうか……」


「それより、義堂さんは大丈夫なんですかー?

 正直、スケジュール管理してる私がヒく程の仕事量なんだけど」


「まぁ、何とかな。

 そもそもここに来る前だって、これくらい多忙になることはザラにあった。

 ……とはいえ、あまり慣れないのも事実か」


 義堂は歩きながら、ネクタイを僅かにゆるめた。

 カメラの前で表情を作るというのは、かなりの疲労感を伴うものらしい。


「まーテレビですもんねー。

 ちなみにこれ系の仕事、まだまだ沢山ありますよー」


「立場上仕方ないとはいえ、しんどいな……」


 そうポツリと零すと、不意にポケットの中のスマホが鳴った。

 相手は異能課の課長、長津ながつ純子じゅんこだ。


『はい、義堂です』


『おー義堂、テレビ見たよ。

 ちゃんと有名人やってるじゃないか。まだまだお堅いけどな。

 せっかくなんだし、お茶の間の為にも冗談の一つでも言ったらどうだい?』


 電話口からは、からかうような声色が響いてきた。

 こういう時であってもスタンスを崩さないというのは、上に立つものとしての大きな美徳だろう。

 そう思いながら義堂は小さく笑い、


『茶化さないで下さいよ……それより、さっき連絡した件は』


『あーちゃんと人送って回収させたよ。

 なんというか、八坂君は八坂君で有名税を払わされてるってことかねぇ?』


『やはり、八坂本人を目的にした犯行だと?』


『十中八九間違いなさそうだ。

 それよりも問題は、バックに誰がいるかだね』


 電話越しに、キィィと椅子にもたれる音が聞こえた。


『となると、サン・ミラグロ……?』


『このご時世だ、奴等に限らず誰が何やろうと不思議じゃあない。

 結論は急がん方がいいが……ま、可能性自体は念頭に置いておくに越したことはないな。

 それより義堂、肝心の用件なんだが』


『何です?』


 義堂は尋ねるが、純子が電話を掛けてくる用件など大体予想がつく。

 ほぼ100%事件がらみだろう。


『連邦共和国と連合王国の「国家最高戦力エージェント・ワン」について、日本派遣が決定したのと情報が入った。

 というより連合王国の方は既に入国してたみたいで、早速「サン・ミラグロ」のアジトを一つ潰しちまったってさ。

 つーわけで事態の収集がてら、顔合わせてこい』


『……何ですって?』


 だが今回に限っては、その予想は裏切られた。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 連邦共和国首都、ベルリン。

 歴史とモダンが入り混じる、欧州随一の大都市にて。


「ハッ、ハハハハハハハッ!」


 一人の大男が、上半身裸の状態で走っていた。


「おい待てギレス!

 まだ政府からの正式な派遣許可は降りてないぞ!」


 スーツに身を包んだ政府関係者と思しき男性が後を負うが、その差は広がるばかり。

 彼とて軍隊出身であり、体力にはそれなりに覚えはあるのだが、前を走る大男はそれすら軽く凌駕していた。


「何、奴等が絡む以上俺が派遣されるのは明白だ!

 ならば多少前後しても問題なかろう!」


 身長224cm、体重216kg。

 西欧人においても群を抜いた体格をした男が、ゲルマン人特有の燃え盛るような金髪をなびかせながら走る。

 その速度は既に100メートル9秒台の領域。世のスプリンターからすれば、およそ信じられないような光景であろう。


「それはいいが貴様、許可がなければ飛行機には乗れんぞ!

 もちろん鉄道で国境を超えることもだ!」


 だが政府関係者の叫び声を聞き、大男はビタリ立ち止まる。

 そのままうーんと腕を組むと、


「そうか、なら泳いで行こう!」


 ひらめいた、とばかりに目を見開いた。


「何ぃ!?」


「地中海に出てスエズを超え、そしてインド洋を突っ切れば……うむ、着くな!」


「そんなわけあるか!」


 膝に手をついて項垂うなだれながら、政府関係者の男性は言った。


「なに、ダメか……となれば陸路だな。

 シルクロードを超え、朝鮮半島経由で日本に入る……うむ、完璧!

 おお、かの国が言っていた一帯一路とはこういうことか!」


 また訳の分からないことを大男は言うが、最早ツッコむ気力も起きない。


「ハァ……とにかく、政府の正式な決定を待て。

 おそらく事件の性質を鑑みて、貴様にはかなりの裁量と権限が与えられる筈だ」


「ほう」


「分かったか、ギレス!」


「ああ了解した。

 ならば俺がすべきことは一つ、すぐにでも出国できる状態にしておくことか!」


 そう言い残し、大男は再び駆けだす。


「お、おい! どこへ行く!?」


「ベルリン・ブランデンブルグ国際空港だ!

 そこで待機して許可が下り次第、飛行機に搭乗する! 安心しろ、スマホは持っているから連絡は可能だ!」

 

「やる気があるのはいいが、事前準備ナシで大丈夫なのか!?」


「心配するな! 俺は神話の英雄の生まれ変わり、つまりは最強だ!

 最強の人間に準備などいらん! ハッ、ハハハハハハハ!」


 風のようにベルリンを走り抜けながら、連邦共和国の『国家最高戦力エージェント・ワン』、ギレスブイグ=フォン=シュトルムは高らかに笑った。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 一方、山梨県某所。


「……居たのは最低限の連絡要員のみ。

 主な機能と成果物は殆ど引き払った後、か」


 殆ど廃村と化していた集落の地下で、連合王国の『国家最高戦力エージェント・ワン』、ケネス=シャーウッドは静かに佇んでいた。

 研究室と思しき無機質な部屋には、散逸した資料と気絶した『サン・ミラグロ』のメンバーたちが床に横たわっている。


 ケネスが極秘に来日してから数日。

 彼は早くも『サン・ミラグロ』のアジトの一つを突き留め、それを制圧していた。


「……退去したのは、それほど前ではないか」


 僅かに残る人の匂いを嗅ぎながら、ケネスはアジトの奥へと向かう。


「……!」


 そして最奥に鎮座する大扉を開けたとき、ケネスは僅かに目を見開いた。


 そこにあったのは、ちょうど人ひとりが入れそうな大きさのシリンダー。

 それが数十本も綺麗に並んだ光景だった。


 既に持ち去った後なのか、中身はもうない。

 だがそこで何が作られていたかは容易に想像がつく。


「……『異能者』の、生産工場か」


 ケネスは眉をひそめながら、静かに呟いた。

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