いちばん美しいのは、誰⑭『はぐれ貴婦人印象派』
『――なぁ、英人』
『……ん? どうした
『なんか今更だけどさ、俺らっていま世界を救う戦いをしてるんだよな?
最前線の、それも主力として』
『ほんと今更だな、ここに来てからもう何年も経ってるじゃねぇか。
……何かあったのか?』
『いや別にそうじゃねぇけど……でもただ、人生何が起こるか分からねぇと思ってよ。
だって俺、元の世界じゃ中卒のニートだぜ?
それが今や世界のために戦う英雄ときたもんだ。我ながら、とんでもねぇ出世だ』
『それを言ったら俺だって浪人、つまりはただの高卒無職だ。
成り上がりっぷりはお前と大差ねぇって。
『……でもやっぱり、俺はみんなとは違うよ』
『なんで?』
『
そしてお前は受験失敗と母親の急死だろ?
確かに自身の力不足という点はあるかもしれねぇがが、基本的には不運が重なったものだ。自分だけのせいじゃない。
でも、俺は違う。
自分の無力と怠惰ゆえの、完全な自己責任だ』
『つってもきっかけは不登校とかだったんだろ?
なら――』
『いや、それでも三年以上経ってたんだ、言い訳にはならねーよ。
やっぱ俺はみんなとは違う。
本来なら世界背負って戦う資格なんてない人間なんだ』
『……おい、何言ってんだ。これまで全力で戦ってきたじゃねぇか。
中にはお前がいなけりゃ負けてた戦いだってある。
そんなに自分を卑下するなよ。しまいにゃキレるぞ?』
『俺だってそう思わないようにだってしてる。士気にも関わるしな。
……でもやっぱり、怖いんだ。
死ぬことじゃねぇ。いつか臆病かまして、仲間を危険にさらしちまうんじゃないかってことが……!
もしそうなったら、俺はもう……!』
『重成……』
『俺ぁ、ずっと逃げてきた人間だ。学校からも、社会からも。
ここじゃ多少は戦えたが、そいつもこの「弱化」の能力があったから……はは、ホント俺らしい性根の悪い能力だよな。
他人の下げることしかできなねぇなんてよ』
『……だからといって、自分まで下げる必要はないだろ』
『……わりぃ。ついネガティブになっちまった。よくない癖だな。
まあ異能もそうだし、俺らしいっちゃ俺らしいけど……ああ、これもネガティブか。はは……』
『重成……!』
『大丈夫。戦いになったら、ちゃんとやる。
みんなの足を引っ張るような真似はしねぇよ。この命にかけてもな』
『……』
『さ、ぼちぼち寝ようぜ』
『……』
『英人?』
『……よし、決めた。
お前が自分を信じきれないなら、俺がお前のすごさを示して見せる』
『は、はぁ?』
『俺の「再現」はどんな能力でもコピーすることが出来る。もちろんお前の「劣化」もだ。
今はまだ不完全だが……いつか絶対に証明してみせる。お前の力はただの性悪なんかじゃなく、本当はスゲェ、最高の能力だってことを』
『英人……』
『だから、この話はこれで終わりだ。
明日も戦いだし、もう寝ようぜ』
『…………』
『おい?』
『……いや、わりぃ。
なんつーか、』
『こんな世界だけど、お前に会えて本当によかった――』
――――――
――――
――
「…………さーん!」
部屋の外から、快活な声が響いてくる。
「……英人さーん!」
それが隣に住む幼馴染のものだと理解するまでに、寝ぼけた頭でおよそ数秒の時間を要した。
「……またあの頃の夢、か……」
英人は額に腕を置きながら、夢の内容を反芻した。
『英雄』の一人、
彼は五人の中でも英人と同い年で、そのおかげか『異世界』にいた頃はよく二人で悩みや愚痴を言い合ってきたものだ。
今のは、その中のほんの一幕。
「最近は、あの時の夢ばかりだな……」
額を抑えながら、英人はベッドから半身を起こす。
ここのところ毎日のように夢の中でリフレインする過去の記憶。
本来なら『完全記憶能力』よって忘れることなどないはずなのに、まるで脳が絶対に忘れるなと訴えかけてきているようだった。
「……未練、いやこいつは後悔か」
「英人さーん! 聞こえてますかー、朝ですよー!
このままだとお部屋に突入するしかなくなりますけどいいですねー!?
ちゃんとご家族にも許可貰ってますからご安心ください!
というわけで3、2……!」
「はいはい起きてるよー」
「ぐ!?
ぬぬぬ……あと一秒、あと一秒あれば……!」
ドアの外からは、真澄が唸っている声が聞こえる。
これは早めに準備をせねば、と思いつつ英人はベッドから飛び起きるのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「むぐむぐ……次起こす時は声のトーンを下げないと……。
むぐ……それも大きすぎず、それでいて起こしたという言い訳が成立する程度の絶妙なボリュームで……」
トーストをほおばりながら、真澄が何やらブツブツと喋っている。
今日は特に待ち合わせとかはないので、比較的ゆったりとした朝食だ。
ちなみに用意したのはもちろん真澄。
「別に、もう少し遅起きでもよかっただろ。
わざわざ朝飯用意するのも面倒だったろ?」
「もう何を言ってるんですか。今更面倒なんてものはないです。
それに今日は英人さんと一緒に回れる日なんですから、時間なんて無駄にしてられないですよ」
やる気満々といった面持ちで話しながら、真澄は最後の一切れを口に運び入れた。
そう今日は彼女の言う通り、一緒に田町祭を回る日だ。
『――さて、本日のゲストは……ただいま話題沸騰のアイドルグループ「Queen's Complex」の皆さんとプロデューサーのYoShiKiさんです!』
『どうも~!
私たち、あなただけの女王になりなりたい! 「Queen's Complex」です!』
『ア~ンド超超敏腕プロデューサー、YoShiKiでぇっす!』
『ちょっとYoShiKiさーん!
くるむ達より目立ってどうするんですか~!』
『おーこれは失敬。
すまナイトメアホーリーランドッ!』
テレビからは、朝の雰囲気には似つかわしくないようなチャラけた声が響いてくる。
ある意味ではテレビらしいその光景に、思わず英人はバターを塗る手を止めた。
「うお、今日もテレビ出てんのか……」
「売れっ子ですからやっぱり忙しいんですかね?
クイーン早応もありますし、芸能人って大変そうです」
「のんきだなぁ。
今のところ、最終日に上がってくるのは多分あの子だぞ?」
「まあ確かにそうですけど……」
紅茶の入ったカップを持ち上げながら、真澄はうーんと唸る。
「ちなみに自信のほどは?」
「自信、と言うものでもないですけど……皆さんが見ている以上、頑張りますよ! はい!」
「そいつは頼もしい」
英人が肩を竦めると真澄は覗き込むように顔を寄せ、
「も・ち・ろ・ん、英人さんにも見てもらいますからね!」
「はいはい……」
そうして英人は再びテレビへと視線を向けた。
『――そういえば
さすがですね!』
『ありがとうございまーす!
本当にみなさまの応援と声援の賜物です! これからも投票よろしくお願いします!』
『ちなみにもしグランプリを獲得されたら、最初に誰へと報告するとか考えてますか?』
『……そう、ですね――』
画面の中で、
『やっぱり、家族……ですかね?』
『いちばん美しい女子大生に選ばれたぞと?』
『ふふっ、まあそんな感じです!』
『ちょちょちょっとー!
そこはまずボクちゃんでしょー!? プロデューサープロデューサー!』
『あ、もちろんYoShiKiさんにもご報告しまーす!』
『いやいや、ついで感ありまくりィー!
という訳でエブリワンには清き一票をヨロシクプリーズ!』
その後も『Queen's Complex』よりもYoShiKi自信が前面に立って番組を回していく。
「……来夢ちゃんはとにかく、あの人が出てくるのはちょっと嫌になってきました……」
「……頑張れ」
そのあまりの目立ちっぷりに、真澄すら少々引き気味となっていた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
午前10時。
田町祭二日目の盛況ぶりは、前日のそれを大きく上回っていた。
「よ、予想はしてましたけど、これはすごい……」
「まだ金曜だっつーのになぁ。
これ分だと土日はとんでもないことになるな」
より手狭になった道路を進みながら、二人は田町キャンパスへと向かう。
来場者増加の原因は、間違いなく『クイーン早応』効果によるだろう。
当初は様子見していた層が一日目の盛り上がりを見て、一気に駆けつけたのだ。
「……ふふっ」
しかしそのような窮屈な空間の中で、真澄は嬉しそうに微笑む。
「ん、どうした?」
「いえ……これでこそお祭りだなって」
「確かに、そうだな」
その言葉に、真澄はますますテンションを上げた。
「ですよねですよね!
よぉーし、気合が入ってきました。
今日は英人さんととことん楽しんじゃいますよー!」
「――あぁ、白河さんちょうどいいところに!
お忙しい所申し訳ありませんが今から最終日の衣装合わせ、お願いしてもよろしいでしょうか!?」
「へえええぇぇぇぇっ!?」
入場口の天幕の中で、真澄は驚愕の声を張り上げる。
それに対し、『クイーン早応』のスタッフと思われる女性はペコペコと頭を下げていた。
「本当に急ですみません!
本来なら明日にやるはずだったのですが、業者の都合で……。
すみません、こちらに!」
「え、ちょ……えぇぇぇっ!」
「すみません! 30分もすれば終わりますから!」
そう言いつつ、スタッフは真澄の手を引く。
焦っているのもあるだろうが、中々強引な女性だ。
「ああああ、分かりましたから!
英人さん! とにかくこういうことみたいですので!
私行ってきます!」
「ああ、適当に時間潰して待ってるよ」
英人が軽く手を振ると、真澄は「すぐに帰ってきますからー!」とその場をいそいそと去っていく。
「……さて」
取り残された英人は頭を掻き、
「……どうすっかな」
とりあえず中庭へと足を進めるのであった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……ふぅ」
ペットボトルの緑茶を飲みながら、英人は一息つく。
いま座っているのは、昨日の昼食の時にも使った休憩スペースだ。
真澄がすぐに戻ると言った以上あまりふらふらするわけにもいかないので、英人は比較的目立ちやすいここで待機することにしていた。
(しっかし、多いな人)
まだ午前中ということもあって、周囲に休憩スペースを利用している人間はいない。
つまりはほぼ貸し切り状態である。
特にやることもないので、英人は道行く人々の観察を始めてみる。
(……やっぱり学生が多い。
男女比はやや男が優勢。これもクイーン早応効果か。
当然彼女たちが狙うはこの層になってくるわけだが……こうして見ると意外にも女子たちが盛り上がっているな。
女の憧れる女、ってやつか。
となると同性票もバカには出来ない、か)
次々と浮かんでくるのは、そんな分析めいた考察。
やはり身近な人間が
「あら、人間観察がお好き?」
「嫌いでは、ないな」
英人は口を開いたまま、数瞬沈黙する。
そのまま声の方へと向き、
「……どちら様で?」
そのの問いに、いつの間にか向かいに座っていた女はクスリと笑った。
それは、まるで印象派の絵画からそのまま出てきたような貴婦人だった。
絹のような質感をしたクリーム色のショートに、黄金色の瞳。
肌は、純白のドレスと並ぶほどに白かった。
身に着けている物も、レースの手袋につばの広い白帽子、さらには純白の日傘と気品の漂う品物ばかり。年齢はおそらく二十代の半ばから後半といった所か。
「オートゥイユ家当主、ミシェル=クロード=オートゥイユ。
……でも貴方にはこう言った方が通りがいいかしら」
ミシェルは椅子から立ち上がり、ドレスの裾を上げて小さく頭を下げる。
「第五共和国直属の『
自称フリーの『異能者』さん?」
再び上げた表情は、優雅さがありつつも鋭さのある微笑みだった。
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