いちばん美しいのは、誰⑬『見たけりゃ魅せてやるよ』
午後三時。
腹ごしらえも終え、ファン研一行は再び校内の散策を行っていた。
「予想通り、このくらいの時間になると他大生が結構くるね」
「ですねぇ」
廊下の端で一休みしながら、英人は返す。
都内は大学も多く、インカレサークル等での交流もあるため他大の学生が顔を出すことは珍しくない。
田町祭ほどの知名度とブランドがあれば猶更だろう。
さらに今年は――
「うおおおおっ、マジで来夢じゃん!
写真写真!」
「まじで早応に通ってたんだな……」
「うわっ、うわっ、本物……!
くるむんサイコー!」
「えへへー、みんな応援ありがとー!
くるむに清き一票をよろしくねー♪」
絶賛売り出し中の現役アイドルが校内を練り歩くのだ。
否が応にも人が集まると言えた。
「す、すごい人気ですね……『Queen'sComplex』の
確かに最近テレビで見ますけど……」
「昨日も歌番組出てたしな。
そんな人間を至近距離で拝めるとくれば、そりゃああもなるだろうさ。
それに彼女ほどじゃないけど、他のファイナリストの方だって結構盛り上がってるんじゃないのか?」
英人が窓から中庭を見下ろすと、優雅に歩く
SNSにでも上げるのだろう、その殆どがスマホのカメラを彼女に向けている。
田町祭の期間中、ファイナリストたちが専用のドレスを着て校内を巡る――これは今年から追加された新たな要素だ。
もちろん以前の参加者たちもアピールのため自主的にやることこそあったが、正式なルールとして組み込まれたのは今回が初。
さらに今回はファイナリスト全員にテレビカメラが密着するので、雰囲気はさながら一流芸能人のようだった。
「……なんと言うか、すごいとしか言いようがないわね。
私の時はこういうのなかったし、さすがテレビマネーって感じ」
「瑛里華」
横を向くと、瑛里華が呆れ顔で英人と同じ景色を見ていた。
「昨日ぶり。
さっきの……見てた?」
「まぁな」
「そ」
瑛里華は軽く返す。
「……なんか悪かったわね、アンタとのことをダシにしたみたいで」
「別に事実だしなぁ。
それが教訓となって他の問題が解決できたってんだから、それに越したことはないさ」
「ならいいんだけど……でもああは言ったけど実際、辛かったの?
特に春学期中とか」
瑛里華の問いに、英人は困ったように頭を掻いた。
「まあ周囲が云々以前に、今年はいろいろあり過ぎたからなぁ……。
そもそも気にする暇がなかった。
目の前のことこなしている内に、あっと言う間にもう11月って感じさ」
「そう……」
《英人さんもそうだが、私にとってもなかなか刺激的な一年だったぞ。
なんせこの年にしてようやく初こ――》
瑛里華はバッグを思い切り叩いた。
「いらんことは言わんでよろしい」
《えーいいじゃんいいじゃん私のケチ!》
「おいおい」
その光景に英人が肩を竦めていると、ドレスに身を包んだ美少女が近づいてきた。
「……ふぅん、また一緒にいるんだ。
ホント仲良しじゃん、あんたたち」
「アンタ……」
そこにいたのは
彼女の周りには来夢や玲奈と違い人だかりは出来ていない。
しかし話題性はあるのか、時折立ち止まって写真を撮る客の様子が今も見て取れた。
「まあ、色々と言いたいことはあるんだけど……とりあえずありがとね。
おかげで助かった。
まあ完全解決とはいかないけど……こればかりは私自身の責任だし、あんたの言う通り地道にやってくしかないから」
「そう」
瑛里華が返事をすると、響子は壁に背を預けてため息をついた。
「……半年間やってきて今まさに大詰めだけど、ホントしんどいわぁ。
去年のあんたはこれをやって、しかもグランプリ取ったのよね」
「去年とは状況がまるで違うから一概には言えないでしょ。
正直今年のとか私でもイヤよ」
「そっか……ひとつ、聞いていい?」
「なに?」
響子は預けていた背を起こし、瑛里華へと振り返る。
「なんで、私のこと助けてくれたの?
自分で言うのもなんだけど、私ってほら、あんたの敵だったじゃない」
「とりあえず、理由なら二つあるわ」
瑛里華は指をビッと二本立てる。
「二つ?」
「ひとつは単純にあの状況が気に食わなかったから。
コソコソやるならともかく、学祭のド真ん中であんなもの見せられたらたまったもんじゃない。ただ不愉快なだけ。
だからひっくり返してやろうと思ったの。
私のアピールにもなるしね。一石二鳥よ」
「はぁ? なにそれ」
「別にいいじゃないこれくらいの役得。
そしてもうひとつは――」
瑛里華は眉間に皺を寄せ、響子に詰め寄る。
「単純にムカついたのよね、アンタの悪口に。
なーにがおじさん好きの恋愛弱者よ。私が人生でどれだけ告られてきたか知らないの?
正直めっっちゃカチンときた。
こうなったら決選投票とやらで直接倒してやらないと気が済まないわ」
「それって……」
ハッとする響子に瑛里華は腕を組んで仁王立ちし、堂々と宣言する。
「ええ。決選投票、私も出るわ。
名前だけじゃなく、私自身が直々にね。
当日は軽くひねってやるから覚悟しときなさい」
その言葉に響子は一瞬呆けていたが、
「……そうね。
私も諦めずに、やれるだけやってみる。
東城瑛里華、あんたに正面から勝つために」
すぐに持ち直して小さく笑い、再び校舎の中を歩き始めた。
先程よりもピンと伸びた背中を見つめながら、英人は呟く。
「……優しいな、お前は」
「そう?
まあ手を貸してあげるのはここまでだけどね。
あとはあの女しだい。次はないわ」
「そういう所さ。
……ふっ、なんつーかストーカー事件のこと、今更ながらに理解したよ」
「? 何が?」
瑛里華は首を傾げる。
「お前がそういう奴だったから、俺は完全に孤立せずに済んだんだな」
「……はぁ?」
「だってほら、事あるごとに突っかかって来てたじゃないか。
普通なら極力関わらず、泣いて悲劇のヒロインでも装いそうなものなのに……でもお前はそうしなかった。
あくまで真正面から俺と向き合い続けてくれた。
周囲の視線が変わったのは、お前のお陰だよ」
「ぐ、偶然よ」
ぷいっと顔を背ける瑛里華。
だが黒髪から覗く耳は微かに火照っていた。
「それでも、ありがとな」
「むぐ……!」
その言葉に耳はさらに赤みを帯びていく。
しかし瑛里華は気合を入れなおすように深く深呼吸をし、振り返った。
「とにかく、これで分かったでしょ?
私、結構イイ女なの。外見はもちろん性格もね」
「……ああ」
「最終日、楽しみにしてて」
瑛里華はバッグを背負いなおし、再び歩き始める。
「――魅せてあげるから」
去り際に見せたその表情は誰よりも美しく、自身に溢れたものだった。
ちなみにその裏で、
「な、なんかすごいものを見せられたな、二人とも……!
正直蚊帳の外なのは癪に障るが」
「コレガ、女の闘いですか……!」
「そ、そうですね……」
(これ、クラブでよく見るやつだ……)
ファン研の三人娘は三者三様の表情を見せていたのだった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
その日の晩、一日目の集計結果が発表された。
内容は以下の通り。
得票率
一位:
二位:
三位:
四位:
五位:
六位:
(現地投票とウェブ投票の割合は7:3に補正して計算)
当初の下馬評通り現役アイドルである来夢が単独首位。
玲奈はその後を追う形となった。
三~五位はほぼ団子状態だが、午後の巡回でひよりがその後輩キャラで年上を中心に支持を集め、一歩リード。
そして最下位は裏アカ問題のあった響子となったが、その得票率7%と予想外の粘りを見せている。
おそらくは昼のステージでの出来事のおかげで、観客に「彼女は
特にミスコン関係は彼氏バレ等のスキャンダルも決して珍しくなく、悪口ばかりで男の影がない裏アカの存在については逆に安心感を与える要素にもなった。
結果は以上だが、田町祭はまだまだ始まったばかり。
特に来場者の増える週末にかけては一気に順位が変動する可能性もある。
いったい誰が伸び、誰が落ちるのか――各々が薄っすらとした緊張と不安を抱えながら、田町祭は二日目へと突入するのであった。
――――――――――――――――――――――――――――――――――――――
ここまでお読みいただき、ありがとうございます!
次回更新ですが、所用によりお休みさせていただきます。
最近休みが多くて申し訳ありません。
次回は11/21(土)公開予定です。お楽しみに!
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