いちばん美しいのは、誰➉『裏アカバレ』

「――いやぁ、ああまで見事に最期を持っていくとはさすが伝説のグランプリ。

 私もまだまだだったようだね」


 玲奈れいな田町たまちキャンパスの中庭を歩きながら呟く。

 YoShiKiとの交渉も終え、英人たちはいったん南校舎を後にしていた。


「いえいえそんなことはないですよ!

 高島たかしまさんの方が絶対すごいと思いますし! それはもういろいろな面で!」


 真澄は興奮したように玲奈の姿を凝視する。


 170を超える長身に、グラビアアイドルと見紛うほどの曲線のしっかりとしたメリハリのある体型。

 母方が北欧系のハーフだというが、確かに外見にはその長所がありありと出ている。

 とはいえその中にも日本人特有のあどけなさや儚げさがしっかりと残っており、和洋折衷わようせっちゅうとも言える理想的なルックスをしていた。


「ん、そうかい? ありがとう。

 でも君ほどの人間が謙遜ばかりというのも良くないな。

 君はれっきとしたグランプリなんだ。もっと胸を張りたまえ」


「そんな、別に取れたといってもまぐれみたいなものですし。

 それにグランプリだからと言っても……」


 そう言って真澄は伏し目がちに前を歩く英人の背を見る。

 玲奈はほう、と感心したように声を出した。


「ふむ、つまり君にとってはグランプリよりもずっと大事なものがあるか……なるほど合点がいったよ。

 確かに、本気の恋の前ではどんな美貌や魅力も適うはずがないか。ふふっ」


「た、高島さん……っ!」


「おっとすまない。

 こればかりは部外者が口を挟むものではなかったな……っと」


 ぶんぶんと赤面を振る真澄に小さく手を振り、玲奈は小走りに英人の隣へと並ぶ。


「初めまして、だね。

 貴方のことはかおるから常々聞いてたよ。

 なにやら面白い、それも年上の後輩がいるってね」


「面白いって……」


 英人は呆れたように息を吐く。

 彼女の事だ、あることないこと言いふらしていても不思議ではない。


「今回は助かったよ。

 本当は当事者である私たちがやるべきではあったんだが……貴方のおかげで想像以上に事がスムーズに進んだ。

 改めて礼を言わせてくれ、ありがとう」


「どういたしまして。

 でもこうなったのも、たまたま俺らが先に直談判したからですよ。

 貴方が先に行っていた方がもっと上手くいってたかもしれない」


「それは私が高島の令嬢だから、ということかい?」


 玲奈は僅かに背を落として英人の顔を覗き込む。

 そのエメラルドグリーンの瞳は、思わずはっとするほどに妖しく光っていた。


「相手が相手ですからね。説得するにも権威や肩書といったものがどうしても必要になってくる。

 そして俺にはそういうものがない。

 だからあんな脅しまがいのことをするしかなかったわけで……それに、こういう世界でのやりとりは貴方の方が慣れてそうだ」


「買いかぶりすぎさ。

 無論それなりの修練と経験は積んできたという自負はあるが……さすがに貴方ほどの迫力は出せないよ。

 やはり年季の違いというやつかな? 見習いたいものだ」


「別にああなる必要はないですよ。

 むしろならない方がいいくらいだ」


 遠い目をしながら英人は言う。

 しかし玲奈は歩みを止め、思わず噴き出した。


「……?」


「いやすまない、別に変な意味はないんだ。

 ただちょっとね……まるで言い方が物語に出てくる歴戦の傭兵みたいで、ふふっ。

 でも確かに先程の貴方にはそれだけの貫禄があった。うん、納得だ」


「歴戦の傭兵て……」


 呆れたように言う英人だが、同時に少しヒヤリともする。

 八年以上に及ぶ『異世界』での生活は、確かに戦いの連続だったからだ。


 やっぱ少しやり過ぎたかな、と英人は心の中で少し反省した。


「まあでも、確かに面白い人のようだ。薫が気に入るのも頷ける。

 田町祭が終わったらゆっくり話したいものだ……もちろん薫も交えてね」


「それはいいですね。

 いい加減サシ飲みも飽きてきましたし」


「お世辞にも酒癖が良いとは言えないからね……それより、」


 玲奈は僅かに顔を寄せ、英人に詰め寄る。


「ん、なんです?」


「貴方はいつも敬語なのかい?」


「いや、いつもも何も先輩ですし……」


 英人の返答に、玲奈は小さく息を吐く。


「でも貴方の方が年上だぞ?

 物腰が低いのは確かに美徳と言えるかもしれないが、あまり前面に出されると少し寂しい。

 先程の件で貴方は尊敬に足る人物だと確信したんだ。

 これからはもっと乱暴な話し方でいい」


「乱暴て」


「貴方にはその方が似合うさ。

 もちろん名前も呼び捨てで頼むよ?」


 玲奈は期待するようなまなざしで英人の顔を覗き込む。

 この圧の強さはさすが高島の一人娘と言うべきだろうか。


 英人は観念したように肩を揺らし、


「わかり……いや、分かった。

 これでいいか?」


「うん、その方がしっくりくる。

 ありがとう」


 玲奈は満足そうに笑い、ふと立ち止まった。


 止まった場所は中庭の中央よりやや北より、つまりは大ステージの前。

 明日からはここで、彼女たちの戦いが始まる。


「……さて、皆の協力もあってひとまずの話はついた。

 明日からはいよいよミス早応、いやクイーン早応の本番だ。

 ここにいる我々は互いにライバルと言うことになるが……とにかく、いいイベントにしよう」


「はい!」


「は~い」


 玲奈からの言葉に、真澄はいの一番に声を上げる。僅かに遅れて友利も間延びした返事を返した。


「……ま、とりあえず今は名前だけだけどね」


 さらにその横では瑛里華が面倒そうに髪をかき上げる。


「ハッ、昨年のグランプリ様は気楽でいいねー。ホント羨ましいわ。

 表舞台に上がらなくなった女なんて、ただ忘れられていくだけってのを知らない?」


「……やっすい挑発。

 アンタはまず、主役を取ることから始めなさいな」


「くっ……!

 見てなさい、絶対にグランプリを取って、そしてアンタにも勝つ!」


 辻堂つじどう響子きょうこは眉をヒクつかせながら瑛里華を睨む。

 二人の間には既に一触即発の雰囲気が出来上がっていた。


「う~、二人ともこわいですよぉ。

 ここはもっと仲良くいきましょう? 穏やかなのが一番ですぅ。

 ね、律希りつき先輩?」


 登戸のぼりとひよりがおろおろと震えながら尋ねると、久里浜くりはま律希りつきは心底興味なさそうにため息をつく。


「知りません。

 あといちいち面倒ごとをこっちに振らないでくれる?

 ただでさえ忙しいというのに……高島さん、もう解散しても?」


「ああ、そうだね」


 玲奈はコホンと咳ばらいをし、再び向き直った。


「繰り返すが、本番は明日からだ。

 一度進み始めたものはもう止まらない――言動に難のある人物だったが、こればかりは私も同意だ。

 いろいろと問題もあったが、一度勝負が始まってしまった以上いずれかの形で決着を着けねばならない。

 むろん私も全身全霊を以てグランプリを獲りにいくつもりだ。

 ……心の踊る、最高の祭りにしよう」


 その言葉に、返事をするものは誰もいない。


 登戸のぼりとひより、久里浜くりはま律希りつき辻堂つじどう響子きょうこ小田原おだわら友利ゆり高島たかしま玲奈れいな

 そして東城とうじょう瑛里華えりか白河しらかわ真澄ますみ


 七人の美少女たちは何も語らず、互いにその視線をぶつけ合う。


 選ばれる女王はただひとり。

 明日から始まる激戦に向け、宣戦布告は静かに交わされたのだった。





 ――――





「――お待たせYoShiKiさ~ん!

 矢向やむかい来夢くるむ、ただいま参上しました~。

 ってどうしたんです? 窓の外なんか見て?」


「おー来夢チャンか。ナイスタイミング!

 いや彼女たちの姿を見下ろしてただけだよ。ちょっとひと悶着あっちゃってねェ。

 まったくヒヤヒヤしたよ」


「ふーん……うわ~ホントだ。

 くるむ以外のファイナリストに、真澄さんと瑛里華さんまでいる~!

 これだけ揃うとさすがに壮観って感じ」


「本当に、この大学の娘はレベルがトンデモだ。

 いやぁ芸プロのボクちゃんからすれば、さながら宝箱さ」


「ちょーっとプロデューサー、くるむは違うんですか~?」


「……ナニを言ってるんだい来夢チャン。

 当然、君が勝つさ。それもベリーベリー圧倒的にね」


「…………ふふっ♪」


「いくら素質があろうと所詮彼女たちはアマチュア。プロには勝てない。

 それに――」



「女王には、それを彩る宝石が必要だろう?」

 




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇

 




「しかし偶然何も起こらなかったからいいものの、勝手に抜け出しちゃあダメだろ。

 まあ俺も真澄ちゃんのことは強くは言えんが、待機の指示は出てたんだし」


「ご、ごめんなさい……」


 夜の八時。

 八坂家での夕食を終え、英人と真澄はダイニングテーブルを挟んで寛いでいた。

 リビングでは英人の両親である玖郎くろう日葵ひまりがソファーに並んでテレビを見ている。ちなみに真澄の両親は一足先に自宅へと戻っている状況だ。


「あまり真澄ちゃんを責めないで上げてください。

 悪いのは、私も一緒ですから~」


 真澄の隣に座る友利が、ゆったりとした声と共にこれまたゆっくりと深く頭を下げる。


「まぁ、既におばさんたちに絞られたようだしこれ以上は何も言わんよ。

 でも今はかなりデリケートな時期ってのはちゃんと自覚しておいてくれ」


「はい」


「はい~」


 深く頷く二人を見、英人は安堵したように小さく息を吐いた。


『千里の魔眼』で見る限り今のところ、昨夜のような盗撮が発生している様子はない。

 明日になれば野次馬の注目も田町祭、ひいてはクイーン早応に移るだろう。ひとまず安心といった所だろうか。


(一応義堂とヒムニスにも連絡入れといたしな……『異能』案件だとしても、後はこっち側で対処できる。

 彼女たちには目の前の戦いに集中してもらおう)


 そう思い、英人は話題を明日のクイーン早応の件へと変えた。


「とにかく、本番は明日からだな。

 まぁまずは今年のグランプリ決めからだから、小田原さんがメインか。

 実際、手応えとかどんな感じなんだ?」


「う~ん……どうでしょ~。

 確かウェブ投票では高島先輩と来夢ちゃんがすごかったかな?

 残りの私たちは団子って感じでした」


「確かに高島先輩ってすごく綺麗ですし、矢向さんに至っては現役アイドルですからね。

 でも私は友利ちゃんもすっごくカワイイと思います!」


「真澄ちゃんありがと~」


 二人は両手を取り合ってきゃいきゃいとはしゃぐ。


(まったく呑気な……まあでも、変に気負いしてないだけマシか)


 そう思いながらふとリビングにあるテレビへ視線と移すと、やっていたのは歌番組。

 目を凝らすと、見知った顔が映っていた。


「この『Queen's Complex』とかいうアイドル、最近よく出るな。

 日葵さん知ってる?」


「私はあまり詳しくないですけど、料理教室時代の後輩がファンみたいで。

 彼女が言うには歌、ダンス、ビジュアル全てのレベルが高い神?みたいなアイドルらしいですよ?」

 

「ほお。

 確かに最近のアイドルにしちゃ中々……でも俺は日葵さんの方が何十倍も可愛いと思うがな!」


「……! 

 も、もう玖郎さんたら!」

 

 既に見慣れたのろけをよそに、英人はセンターで歌う美少女の姿を注視する。


 矢向やむかい来夢くるむ――早応大学商学部の一年生で、今年のファイナリストの一人。

 さらにはYoShiKiのプロデュースする新進気鋭のアイドルグループ『Queen's Complex』のリーダー。つまりは現役バリバリの芸能人だ。

 はっきり言って、大学のミスコンなんかに出ていい人材ではない。


(……多分、あちらさんは本気でくるだろうな)


 それにそもそものことを言えば、彼女がミスコンに出場すること自体がリスキーすぎる。

 高い素質を持つとはいえ相手はアマチュア。その中でプロのアイドルがグランプリを逃すということになれば、その商品価値は大いに下がるだろう。

 子飼いのタレントを出場させるというただで出来レースを疑われやすい状況、それだけ勝算があるということか。

 もしくは懲りずにまたとんでもない手を打ってくる気なのか。

 あの無茶苦茶な男ならやりかねない。


(ともあれまずは蓋を開けてみないと分からない、か。

 そうだ、SNSは今どうなってるんだろ)


 ふとそんなことが気になり、英人はスマホをいじってSNSのアプリを起動する。

 すると、


「……なんだ、こりゃあ」


 英人は思わず眉をひそめる。


――【悲報】ミス早応のファイナリストさん、裏アカで暴言を吐きまくていた――

 

 真っ先に目に入ったのは、大量につぶやかれたまとめサイトの記事。

 それとファイナリストの一人、辻堂響子の画像だった。


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