いちばん美しいのは、誰⑨『女王の風格』

「……ハナシ、ね。

 はてさてどんな内容ですかな?」


 YoShikiは椅子にもたれさせていた背を僅かに起こし、玲奈れいなに聞き返した。

 名門高島たかしま家の御令嬢――彼女の前では、この軽薄の限りを尽くした男ですら多少なりともかしこまらざるを得ないらしい。


「もちろん、急なルールの変更についてだ。

 いくらなんでもあれは乱暴に過ぎる。ファイナリストを代表して撤回、もしくは改善を求めたい」


「そうかい?

 盛り上がるだろうし、テレビだって入るから君たちにとっても悪い話ではないと思うケド?」


 未だに飄々とした態度を取るYoShiKiに、玲奈は静かに首を振った。


「それは貴方がた芸能界の理屈だ。

 確かにイベントを盛り上げるのも大事だが、限度というものがある。

 特にこの半年間、私たちは地道な活動を通じてウェブでの得票を積み重ねてきたんだ。

 その比率を大幅に下げ、さらには歴代のグランプリまで投入するというのはあまりにも私たちを軽んじた行為だとは思わないだろうか?」


「そうよ!

 私たちは今年のミス早応のファイナリストなの!

 なのに彼女たちの前座なんかさせられちゃたまったもんじゃない!」


 玲奈に追従するように経済学部二年、辻堂つじどう響子きょうこえる。

 ただで瑛里華をライバル視する彼女とって、このぞんざいな扱いに対する怒りはもっともと言えた。


「う~ん、でももう企画スタートしちゃってるからな~。

 一度走り出したら止まらないのよ、こういうの。

 だからさぁ、ここは思い切って行くとこまで行ってみようぜ! ほらボクちゃんも付き合うからさ!

 これぞ若さ! 学生の醍醐味!」


「……言いたいことはそれだけかな、平塚ひらつかさん?」


 母親譲りのエメラルドグリーンの瞳が、燃えるように光る。

 人の上に立つ者の血統ゆえか、玲奈の佇まいにはおよそ学生とは思えぬような迫力が宿っていた。


「どうも誤解されているようだが私たちが求めているのは言い訳じゃない、事態の収拾と改善だ。

 今回の件、既にSNS等でもトレンドになっていると聞く。

 運営として、これ以上大きな問題とならぬ内にしかるべき対応をお願いしたい」


「ソウ、言われてもねぇ……。

 ちなみに君たちはどう思ってるのよ? ひよりチャンに律希りつきチャン」


 YoShikiはサングラスの位置を直し、二人の後ろにいる法学部一年の登戸のぼりとひよりと同じく二年の久里浜くりはま律希りつきを覗き見た。


「う~ひよりには難しくてよく分からないけどぉ……やっぱりルールはフェアな方がいいと思いまぁす」


 ショートの茶髪をふりふりと揺らすひよりと、


「思うところがないわけではありませんが、私としては早急に公式見解を出して頂きたい所ですね。

 ただでさえ時間がありませんから」

 

 時間を気にしながら眼鏡のブリッジを指で持ち上げる律希。

 消極的でこそあったが、彼女らも運営に事態の収拾を求めていることには間違いなかった。


 YoShiKiは面倒そうに腕を組む。


「なるほど、そうか~。

 でもな~今からはちょっと難易度がベリーベリーハードって言うかねェ~」


「この……っ!」

 

 そのあまりにも舐め腐った態度に瑛里華えりかは思わず身を乗り出すが、英人の腕がそれを制した。


「落ち着け」


「あ、アンタ……」


 意外そうな顔を浮かべる瑛里華を横目に、英人は近くに置いてあった椅子を引っ張り出し、背もたれを前にして座る。

 そのままYoShiKiと同じ視線の高さで、飄々ひょうひょうと笑う顔を睨んだ。


「……怖いナァ。

 そう睨まれると委縮しちゃうよ」


「それはすまないな。

 だが今は耐えろ。

 何、この話が終わるまでだ。すぐに済むさ」


「そう言われてもねェ。

 ボクちゃんにはどうしようもできないから困っちゃうよ」


 YoShiKiはわざとらしくやれやれと首を振るが、英人は視線を微動だにさせない。

 これまで以上の緊迫感が、室内を包んだ。


「それでも企画の責任者である以上、何もしないでは済むわけがないだろう。

 そもそもが今回の件、誰がどう見たってあんたの段取りミスが原因だからな。違うか?」


「それに関しては悪いと思ってるよ~。

 ホントごめーん」


「糞ほどの意味もない謝罪なんぞいらん。

 もう一度言うが、あんたの勝手な進行のせいで警察沙汰にもなってる……この意味が分かるな?

 俺としても彼女らにいらん迷惑をかけたくないんだ。

 いいか、次はない。

 しっかりと言葉を選べ」


 机を挟み、両者の視線が交差する。


 さらにその眼光を鋭くする英人。

 後ろでは瑛里華、加えてファイナリストの面々が同様に強い視線を向ける。

 対するYoShiKiも崩した座り方こそそのままだったが、その表情からは余裕の笑みが消えていた。


 長い長い数秒間。


「……分かった分かった。

 君の言うとおりにしよう」


 先に音を上げたのは、YoShiKiの方だった。


「具体的には?」


「まずは運営の方から謝罪文を出す。

 『話を広げ過ぎたせいで警察沙汰にまでなってしまいました。ご心配をおかけして申し訳ありません。

 今後は出場者の安全に万全を期すように善処致します』ってなカンジでね。

 それでルールの方なんだけど、そうだな~」


 YoShiKiは下唇を突き出して天井を仰ぐが、すぐに何か思いついたように向き直り、


「じゃあ、こういうのはどうだい?

 今回のコンテストを二部構成に分ける!」


「二部構成?」


「そうそう!

 まずは当初の予定通り高島サンたち六人で今年のコンテストを進行する。投票の比率も少し見直そう!

 そして各年度のグランプリが出そろったら……最後に真澄チャン瑛里華チャンとの三人でクイーンを決める決選投票を行うんだ!

 これなら多少はフェアになるだろう!」


 ナイスアイデアだとばかりに得意げに笑うYoShiKiに、瑛里華は呆れたように溜息を吐いた。


「……あのね、私のハナシ聞いてた?

 そもそもが出たくないと言ってるんだけど」


「もちろんそれは分かっているヨ。

 だから前半部分については特に活動しなくてもいいように取り計らうよ。その方がフェアだしね」


「後半の、その決選投票とやらは?」


「ボクちゃん的には是非舞台に上がって欲しいけど……まーそこまで嫌だってんなら出なくてもいいよ。

 あくまで名前だけ貸してもらうって形で投票自体は行うケド」


 YoShiKiは机の上に乗せた脚を組みなおす。

 それは英人の脅しの効果もあってか、想像以上の譲歩だった。

 最低でも名前だけは出るという形にはなってしまったが、実際に活動するかどうかの選択権を取り戻せたのは大きい。


 とはいえ、決断は慎重に下さねばならない。

 瑛里華は英人と同じようにYoShiKiの顔を睨み、その真意を探った。


(こんな大勢の前で言った以上、撤回する可能性は低い、か……)


 今この教室には瑛里華と英人に加え、ファイナリストの半数と多くのスタッフがいる。

 いくらYoShiKiと言えど、この全員を封殺してまで今の言葉を捻じ曲げるとは思えない。そんなことをすればむしろ彼の経歴が傷つく。

 それに――


(これ以上の譲歩を引き出すのは無理。

 いや、むしろ危険かも)


 それは多少なりとも芸能界と接してきた瑛里華だからこそ感じた、一種の直感だった。

 むろん全員がそうというわけではないが、あそこにはごく一部、常識と欲望のタガが外れた人間がいる。目の前の男がいい例だ。

 調子に乗ってこれ以上譲歩を要求しようものなら、交換条件として色々と要望をつけてくる可能性が高い。


 盛り上げるためなら、何でもする。

 倫理的に良いか悪いかという問題ではない。彼らのような人種はそういった損得勘定の下に生きているのだ。


 ちらりと英人の横顔を見ると、同様に考え込んでいる様子が映った。


(……せっかくここまでしてもらったのだし、これ以上は負担かけられないわよね。

 なにより私自身の問題だし)


 瑛里華は静かに目を閉じ、小さく息を吐く。

 そのまま返事の言葉を繰り出そうとした時。


「――あ、あのっ、すみません!」


「どうも~」


 白河しらかわ真澄ますみ小田原おだわら友利ゆりの二人が教室に入ってきた。

 おととしのグランプリと今年のファイナリストの突然の登場に、室内は一時騒然となる。


「真澄ちゃん……」


「すみません英人さん。

 自宅待機の約束でしたけど、来ちゃいました」


「だがな……」


 困ったように唸る英人に真澄は小さく微笑んで、


「ありがとうございます。私のためにここまでしてくれて。

 でも英人さんだって勝手にこんなことしてるんですから、おあいこですよ?

 それにこれは私自身の問題ですから、やっぱり最後は自分の力でどうにかしなくちゃと思って。

 ね、友利ちゃん?」


「うん~」


「オ~ウ! ここにきて伝説のグランプリ登場か!

 いやーグランプリが二人も揃うと流石に壮観だねェ。

 ボクちゃん感謝感激感無量!」


「……YoShiKiさん」


 真澄はパチパチと拍手を送るYoShiKiに向き直り、真剣なまなざしを向ける。


「盗み聞きみたいな形になってすみませんが、先程の提案、聞きました。

 私はそれで大丈夫です」


「というと、真澄チャンは決選投票に出てくれるのかナ?」


「はい。

 もちろん先程おっしゃていた対応をちゃんと実行してくれれば、ですが」


「……ホォーウ」


 真澄の決意に、YoShiKiは興味深そうに腕を組んだ。


「本当に出るのか?

 別にメリットもないし、無理して出ることもないんだぞ?」


「でも一度騒ぎとなった以上、何もせずに引っ込んでいるのも得策とは言えません。

 だったらいっそのこと目立ちに目立ってやります。

 野次馬であろうと今年のグランプリであろうと、誰でもかかってこいって感じです!」


 真澄はやる気満々とばかりにシュッシュッとシャドーボクシングのような動作を始めた。

 緊迫した空気に包まれていた室内を、その天真爛漫さが塗り替えていく。


「……それに、」


 真澄は英人にその美貌を振り向け、


「せっかく英人さんと一緒に田町祭を回る約束ができたんですよ?

 堂々と楽しめなくっちゃ、もったいないです」


 屈託のない笑顔を浮かべた。


「……そうだな」


 その表情を前に英人は毒気を抜かれたように小さく笑って頷く。

 そして同時に彼だけでなくその場にいる誰もが確信した。



 彼女こそがまさしく、伝説のミス早応なのだと。

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