京都英雄百鬼夜行㉗『ここ禁煙』

 市内全域に届こうかと言う咆哮を轟かせ、『怪異』たちが一斉に突撃を始める。

 たとえ何がしかの力を持っていたとしても、相手はわずか二人。立ち止まる理由とはなり得ない。


「……ふぅ。ホント、来るわ来るわ。

 一体どれだけ地下に封印されてたんだか」


「私としては的が増えてくれるのは大歓迎だがな。

 さて、」


 リチャードは小さく笑い、二丁拳銃の銃口を静かに前へと向ける。


「物知らぬ獣どもに、自由と平等を教えてやろう」


 そこからは、一方的な虐殺が始まった。


「グガッ!」


「アアア”ッ!」


『怪異』たちの断末魔が、大きな波のように周囲へと響き渡った。


 リチャードが引き金を引く度、肉体の一部が削げ、どこかに風穴が開く。

 その一発一発のいずれもが確実に命を刈り取る魔弾であり、さらには秒間百発以上というおよそ拳銃とは思えない連射速度で放たれるのだ。

 それは最早弾幕というよりも、弾丸の洪水ともいうべき光景であった。


「堪能しているかね『怪異』ども。これが本場のトリガーハッピーというものだ!

 そうだこの感触! 引き金を引く度、こいつが私を幸せにしてくれる!」


 ハハハと、大笑いを続けながらリチャードは光弾を打ち続けていく。


 対する『怪異』の軍団も負けじと仲間の死体を乗り越え前進しようとするが、圧倒的な弾の洪水に阻まれ進めない。

 ただ死体ばかりが無為に積み重なっていくだけであった。


「ハハハハハ! 実に愉快な光景だ!

 さあ、どうする『怪異』ども!」


 現状真正面から突っ込むだけでは、あの光弾の餌食になるだけ。

 圧倒的な実力を前にそう悟り、『怪異』たちは今度は包囲しようと四方へ離散する。


「おっと」


 当然リチャードも迎撃に出る。

 しかし如何せん数が多く、また民家や『怪異』たちの死体が邪魔となって思うようにいかない。

 気づけば徐々に包囲網が形成されていく。


 その光景を見、リチャードは小さく首を捻った。


「おや、困ったね」


「ガアアアッ!」


 そして四方八方から、『怪異』たちがリチャード目掛けて殺到した。

 いくら驚異的な連射が出来ようと、全方位からの一斉攻撃を防ぎきれるはずもない。


 ――った、と化け物たちは一様に確信した。


「というわけで純子、頼むよ」


「あいよ」


 しかし『怪異』たちの爪と牙は空しく虚空を切るに留まった。。


「…………!?」


 突然の現象に、動揺と驚愕が『怪異』たちの思考を埋め尽くす。

 それもそのはず、標的であるはずの男の姿が一瞬にして消えたのだ。


 一体どこに――!

『怪異』の一体、烏天狗が周囲を見回そうと頭を上げる。

 だがその直後、その額にじわりと熱い感触が当たった。


 それはリチャードの拳銃だった。


「……おお。まさか自ら狙いを定めてくれるとは。

 殊勝な奴だな、餞別をくれてやろう」


「ヤ、メ……」


 命乞いの言葉が、とっさに漏れる。

 しかし三文字目が出るのを待たず、その嘴は頭ごと消し飛んだ。

 その光景に、『怪異』たちの間に同様だ広がる。


 リチャードはただ一人不敵に笑い、


「……さて、どんどん行こうか」 


 再び『怪異』の群れ目掛けて光弾の雨を降らせ始めた。


「グッ、ギャアアアッ!」


 その身に大量の風穴を開けられ、『怪異』たちはまたも大量の断末魔を上げる。

 だがそれでも、古の化け物たちは前進を止めない。

 数体の『怪異』仲間を盾にしてリチャード目掛け飛び掛かる。


「グ……ッ!?」


 しかし、またも攻撃は空を切った。

 そして視線を上げた瞬間、リチャードは冷徹にその頭部を打ち抜いた。


「……で、次はどいつだい?」


 笑顔で近づいてくるリチャードに、『怪異』たちは一瞬怯む。

 こちらを圧倒する火力に、立て続けの攻撃失敗――その事実を前に、ようやくその進軍速度に陰りが見え始めた。

 そんな中、あらゆる生物が雑多に混ざった巨体が、群れの中からむくりと立ち上がった。


「困った……まさか、瞬間移動とは」


「……もう修復を終えたか。結構痛めつけたつもりだったのだが。

 いやはや、驚異的な再生能力だな。『四厄しやく』の看板に違わず、か」


「厄介……しかし解析は完了した。

 おそらく能力を使っているのはあの女。邪魔な奴は、食わねば」


 ぬえの身体がめきめき、と音を立てて変態を始める。

 下半身には豹のような脚を生やし、さらに硬質化した表皮、そして背には天まで届かんばかりのドラゴンの翼を生やす。

 もはや「生物」と形容しがたい何かとなった鵺は、蛇の瞳で二人を睨んだ。


「おや。

 何だか大技が来そうだな、純子よ」


「だねぇ……しかも狙いは私かい」


 ふぅ、と純子は溜息交じりに夜空に向かって煙を吐く。

 今日は風が弱いこともあって、二人の周りにはうっすらと煙草の煙が漂っていた。


「これまでの状況から、推測。

 おそらく奴の能力は範囲内の他者を同範囲内へと瞬間移動させるというもの。至極厄介。

 だが、解は得た。その効果範囲とは、煙草の煙がある場所。

 つまり煙ごと吹き飛ばせば、問題なし」


 鵺は翼に大きく羽ばたかせ、風を巻き起こす。

 すると一気に煙は吹き飛び、辺りにはまっさらな空気だけが広がった。


「なるほど、複数の脳を生成して計算してたわけか」


「好機……!」


 鵺は瞬時に豹の脚で踏みこみ、間合いを詰める。


 これで瞬間移動は不可能となり、回避はできなくなった。

 それにリチャードが放つ光弾に対しても、計算して耐えれるだけの外皮を有している。


 勝った、と鵺が巨大な爪を振りかざした瞬間。


「な、に……!」


 純子の姿が忽然と消えた。

 近くにいた筈のリチャードも同時にだ。


「! まさ、か……!」


 鵺は咄嗟に上空を見上げる。


「――他者を煙のある場所まで瞬間移動させられる、だっけ?

 アンタの推理、結構イイ線いってたよ」


 そこにはリチャードと共に落下しながらこちらを見下ろす、純子の姿があった。


「な、何故……!」


「何、別に難しいことじゃない。

 この煙が一度でも通った場所――それが私の領域ってだけさ」


「グッ……ならば煙草の火が消えるまで攻め続けるのみ! 

 オオオオオッ!」


 鵺は両脚に力を込め、上空の二人へ狙いを定めて跳躍する。

 しかし純子は小さく笑い、


「おっと。

 吸わない奴は、お呼びじゃないよ。そら」


 口に咥えていた吸殻をぴん、と鵺の顔目掛けて弾いた。

 煙草独特の煙の匂いが、獣の嗅覚をくすぐる。


「吸ったね。

 ほら、次はアンタの番だよ!」


「分かっているとも」


 リチャードはニヤリと笑い、引き金に指をかける。

 だが肝心の銃口は、鵺の方へと向いてはいない。


 そしてその意味を、鵺は数舜の間を以て理解した。


「……まさか」


「お見事。

 今度は正解」


 次の瞬間、無数の光弾が鵺の体内から突き抜けた。


「ガアアアアアアッ!」


 肺を中心に、肉体のあらゆる部分が穿たれていく。

 いくら体の外側を固めても、内側から攻撃されれば意味がない。

 一気に肉体のほとんどを消し飛ばされ、鵺だった肉塊は力なく地上へと墜落した。


「……一応、模範解答も言っておこうか」


 それを追うように、純子もリチャードに抱えられながらゆっくりと地上に降りる。


「転移できる物質に制限はないよ――私の『禁煙御法度スモーキング・エリア』にはね」


 そして再びジッポライターを開き、新しい煙草に火を点けた。






 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






「せ、先生!

 それに湊羅そら!」


 突然現れた英人たちの姿に、美智子みちこが驚愕の声を上げる。


「おう、無事だったか」


「や、やあ」


 対する英人は軽く手を上げ、湊羅は照れ臭そうに小さく手を振った。


「先輩、今までどこに……じゃなくてどこにいたのよ?

 それに今の何? まさか飛んで来たの?」


「まあそんな所だ。

 とりあえず時間が惜しいから、手短に状況を説明するぞ。

 ――北東方面に封印されていた化け物たちがテロリストの手によって解放された、以上だ」


「い、以上って。流石に簡潔過ぎない!? 

 それに封印されてた化け物って何よ!」


 突っ込みを入れるようにして瑛里華えりかが声を荒げる。


《まあまあ落ち着け『私』よ。

 せっかく会えたのだ、ここは好感度アップのため気さくにいこうじゃないか。

 ツンデレなんて今どき古いぜ?》


「誰がツンデレよ!」


「まあ落ち着け。とにかく今は避難が最優先だ。

 このままだと、ここら一帯にその化け物たちが来るのも時間の問題だからな」


 英人は軽くストレッチしつつ、北東方面へと振り返る。

 既に『怪異』たちは市内へ進行し始めているのか、うっすらと煙が立ち上っている様子が見える。

 敵の数を考えると、もはや一刻の猶予もない。


「ま、妥当なところでしょうね。ちょうど私たちもそうするつもりだったし。

 それで貴方はどうするの?」


「勿論、前線に戻って化物退治の続きさ。

 本当は市外でやれればよかったんだが、状況が変わってな……一時撤退中にお前らを見つけたわけだ」


「……大丈夫なの?」


 美智子は不安そうな瞳で英人を見つめる。


「まあ、何とかなるさ。

 幹部っぽいのも既に二体倒したし、あとは雑兵だけだ」


「……そのことだが、八坂英人よ」


 するとおもむろに、一人の老人が口を開いた。


刀煉とねりさん」


「えっと……あのおじいちゃん、誰?」


 美智子はそっと湊羅に耳打ちして尋ねる。


「名前は刀煉白秋さん。

 なんというか武術の達人で、京都の一角を担うすごく強い人、かな?」


「分かるような、分からないような……」


 美智子は首を傾げるが、それをよそに白秋は言葉を続ける。


「お主にはまず北方面、鹿屋野かやの大社へと行ってもらいたい」


「鹿屋野大社へ?」


「ああ。そこに『四厄』の一人、驩兜かんとうと裏切り者、永木ながき陽明ようめいが向かっているはずだ。

 『護京方陣ごきょうほうじん』が崩れたのも、おそらく奴等が関係している」


 白秋の言葉に、英人は眉を顰める。


 鹿屋野大社は四家最大の規模を誇る鹿屋野家の総本山、つまり現状『護国四姓ごこくしせい』全体にとっても本丸と言っていい拠点。

 そこに敵が侵入したとなると、戦略的には非常にまずい状況だ。


「未だ、奴等の最終的な目標は不明だ。

 が、鹿屋野本家が全滅となってしまえばこの京都どころかこの国そのものが危うくなる。

 誰かが救援に向かうしかあるまい」


「それが俺、ですか」


「現状、この中で一番機動力があるようだからな。

 儂等を運んだあの翼、まだ出せるのだろう?」


「ええ。

 しかし、市内に入ってくる『怪異』たちの方は?」


「無論、儂が抑える」


 その言葉と共に、白秋の纏う空気が変わる。

 ピンと張りつめられながらもわずかに脱力した、純度の高い闘気。

 高潔な覚悟とそれに見合う実力を兼ね備えた、達人の佇まいだった。


「何、勝算のない戦いなどせぬ。

 まずは城壁の崩壊で散り散りとなった鹿屋野の呪術師たちを集め、再編成する。

 これは西金にしのかね神社の棟梁である儂がやった方が話が早いだろう。

 それに……」


 白秋が言葉をつづけようとした瞬間、後方で何かの発射音のような轟音が連続して響く。

 リチャードが放つ光弾の音だ。


「……ふ、やはり盛大にやっておるな。

 良くも悪くも奴との付き合いは儂が一番長いからな、連携も容易かろう。

 あと最後に、」


「義堂、ですか」


 白秋は小さく笑う。


「ああ。

 たった数日とはいえ、奴は儂の弟子だ。ならば敵の渦中に置いておくわけにもいくまい。

 して、御守よ」


「え!? な、何でしょうか?」


 突然話を振られ、湊羅はビクりと体を震わす。


「まだ戦えるか?」


 強い眼差しで白秋は湊羅の目を睨む。

 それは、『護国四姓』としての覚悟を問う瞳。

 おそらく昨日までの彼女であったら、すぐに逸らしてしまったであろう。事実、怖い。


「……はい!」


 しかしそれでも湊羅は逸らさずにその眼差しを見つめ返した。


 白秋は静かに目を閉じ、英人へと向き直る。


「うむ。では八坂英人よ、其方は頼んだ。

 ……しかし済まぬな、儂の非力ゆえ部外者であるお主にここまで背負わせてしまうとは」


「事態が事態ですし、そういうのは言いっこなしですよ。

 ……それでは刀煉さん、ご武運を」


「互いにな」


 そして二人は同時に振り向き、己が目的地を視座に収める。

 一方で湊羅は美智子の方を見、


「そういうわけだから、行ってくるね美智子」


「湊羅……」


「大丈夫。

 これでも私、そこそこ強いから。

 それに……」


 湊羅はそっと美智子の耳に顔を寄せる。


「美智子の好きな人の為にも、頑張んなきゃね」


「ええっ!?」


「ふふっ、それじゃ」


 顔を真っ赤にして驚く美智子を見ながら、湊羅は悪戯っぽく笑って足早に白秋の共に東方へと急ぐ。

 そして英人も移動の準備へと入った。


「さて……俺も行くか――『絶剣リヴァイアス熾天蒼翼セラフィリア』!」


 詠唱と共に解き放たれるは、三対六枚の水の大翼。

 その荘厳な美しさに、楓乃かえのは演技を忘れて息を呑んだ。


「綺麗……」


「そりゃどうも」


「……もう行くんですね、先輩」


「ああ。

 どうやらこの京都を救うには、俺の力が必要らしいからな。

 期待には全力で応えるまでさ」


「そう……なら私も、私の出来ることをします。

 だから先輩は安心して戦ってきて」


「ああ、頼む」


 楓乃の言葉に英人は小さく頷き、大翼を大きく羽ばたかせる。


「……」


《……おい『私』よ、何も言わんでいいのか?

 愛しの英人さんの出陣だぞ!》


「……ああもう!」


《え、ちょ――》


「そいつ」が言い切る前に、瑛里華はバッグを放り投げて英人の元へと駆ける。

 そして大きく息を吸い、


「ぜぇーったい、勝ってよね!!」


「……ああ、任せろ!」


 それは、天まで届かんばかりの大音量で奏でる声援エール

 英人はその思いに背を押されるようにして、鹿屋野大社へ向けて飛び立った。

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