京都英雄百鬼夜行㉒『最高の男』

 酒呑童子による静かな号令と共に、封印されていた『怪異』たちが一斉に突撃を始める。


 数千を超える化物たちによる、一声の行進。

 それは夜行というよりもまるで命と光を飲み込む邪気の奔流のようだった。


「『絶剣リヴァイアス流転八連瀧オクタヴィア』――!」


 対する英人は八体の水龍を形作り、その奔流を跳ね返す。

 数が数なため全滅までとはいかなかったが、甚大な被害を与えて相手の進行速度を大幅に鈍らせることに成功。

 そしてその隙に、


「第二射、放てぇっ!」


 城壁からは大量の破魔矢が打ち込まれた。


 幾千もの光の筋が、京都の夜空に光る。そして着弾の瞬間、化け物共の悲鳴が一斉に木霊した。

 いくら古の『怪異』と言えども、『神器』による攻撃の後に破魔矢を受け続ければ致命傷を免れえない。結果として第一陣は全滅に近い損害を受けた。


 しかしこの状況を『四厄』たちが許すはずもない。


「『深淵豪打アビス・ストライク』」


 第二射はさせまいと酒呑童子は驚異的な速度で英人の懐まで飛び込み、拳を放つ。

 英人は絶剣の柄で、何とかそれを受け止めた。


「く……!」


「このまま後続を殲滅されては敵わん。

 まずは貴様からだ」


 キイィィ、と絶剣の軋む音が手から伝わり、英人の身体に響く。

 おそらく並大抵の剣で防いでいようものなら、そのまま貫かれて致命傷を負っていただろう。

 それほどまでにこの『魔人』の拳は固く、そして重かった。


「『エンチャントライトニング・フルボルト』!」


 英人は『魔法』で雷撃を纏い、絶剣を伝って相手に食らわせる。

 そして酒呑童子が痺れた一瞬の隙を突き、英人は思い切りその顎を蹴り上げた。


「グッ……!」


 勢いよく頭が跳ね上がり、酒呑童子は上空を見上げる。

 本来であれば首ごと弾け飛ぶレベルの一撃。だがこの程度で済むあたり、やはり相手は伝説の『魔人デーモン』であった。


 英人は追撃の為、再び絶剣を振りかぶる。


「そんなん、させへんよ?」


 しかし突如として出現した氷の壁がそれを阻む。

 さらに次の瞬間、おびただしいしい量の氷柱が降りかかってきた。


 英人は絶剣でそれを斬り払うが、今度はぬえが上空から追撃を掛ける。


「嗚呼死ね!

 今すぐ食われろ! 我をこれ以上困らせるな!」


「ちっ、知るか!」


 英人をそれをギリギリの所でかわし、空中で一回転。

 そして『四厄』たちと一旦距離を取った。


(ヒュドラと同じだ……。

 おそらくは千年もこの世界に留まり続けたせいか、クロキアのような急激な弱体化が改善されている……)


 絶剣を構えつつ、ふとそんな考えが英人の脳裏をよぎった。

『吸血鬼』であるヒムニスや『サラマンダー』であるフェルノの言動から鑑みるに、『異世界』出身の存在が発揮出る力は精々一~二割程度のはず。

 しかしヒュドラや目の前にいる『魔族』連中は、明らかにそうではない。


「……ミズハ。

 お前から見て、今の奴らはどれくらいの力を出せてる?」


『うーむ、四割は出てるかなぁ?

 まあ私もあいつらの全部を知ってるわけじゃないから確かなことは知らんけど。

 あくまで昔のレベル感で推測するとそんな感じ』


「成程な……よし」


 その話を聞いた英人は何かを決意したように剣を下ろす。


「……?

 どうした、早くも戦いを投げるのか?」


「そんなん許さへんよ?

 貴様は絶対にこの手で嬲り殺す……!」


「安心しろ。

 ただちょっとやり方を変えさせてもらう……出ろ、ミヅハ」


 そう言って英人は右手を横に掲げる。

 すると虚空から水が出現し、一人の女性の身体を形作った。

 それは水色の髪に水色のドレスを着た美女、『水神ノ絶剣リヴァイアサン』に宿る精霊ことミヅハであった。


「……え、何?

 何かノリノリで登場させられたけど、私また体張らなくちゃいけんの?」


「タッグマッチだ。

 今から二手に分かれて戦う。お前とそこの少女の担当は『氷狼フェンリル』だからちゃんとサポートしろよ?

 じゃあなっ!」


 そう吐き捨て、英人は酒呑童子と鵺に向かって突撃した。


「毎度毎度人使いが荒いのう……」


「分断!? 

 くっ、させへんよ!」


 氷姫もそれを追おうとするが、ミヅハはゆっくりと左手をあげ、


「おい、まてぃ」


 両者を分断させるように地中から水の壁を噴出させた。


「ダメダメ。

 うちの契約者がタッグマッチやゆーとるでしょーが」


「クッ、よくも……!

 殺す、殺してやる……!」


 氷姫は殺意の籠った視線でミヅハを見つめる。

 もはやそこには全うな理性などというものはなく、ただあるのは狼の如き衝動のみだった。


「『氷狼フェンリル』、かぁ。懐かしいねぇ。

 寒いのはあまり好きじゃないんだけど、しゃーねーか。

 というわけでそこな娘よ、やれるか?」


「う、うん……。

 でも私のことは別に気にしなくても……」


「ん、何で?」


「だって、私じゃ足を引っ張るかもしれないし……」


 そう言って湊羅は微かに視線を落とす。


 これでも一応は御守家当主として自身の強さには多少の自負はあった。

 だがその甘い認識は英人たちの戦闘を見て完全に覆ってしまった。


 そう。今の自分にはあの戦いについて行けるだけの力は、ない。


 悔しいような寂しいような、人生で初めて浮かぶような感情が胸をチクチクと刺す。


「ねぇやっぱり私、」


 後方に下がるよ――という言葉が喉から出かかったその時。


「下がるな御守湊羅! 『護国四姓』ならば!」 


 木蓮たちを対峙する白秋が、背中越しに叫んだ。


「……白秋さん」


「御守よ、我々は『護国四姓』だ。

 この国を守るため、生まれてきた一族だ……なぁ、永木よ?」


 白秋の言葉に、永木は沈黙で返す。


「だからこそこの国難に、命を賭して立ち向かわなければならぬ。

 力及ぶ及ばないではない。

 我々が『護国四姓』である以上、ここで剣を抜く以外に道はないのだ」


「……」


「少なくともお前は、何かを守りたくてここに立ったのだろう?

 なら譲るな! 退くな!

 その意思を持つ者に、足手纏いなどという言葉は有り得ない!」


 そう言って白秋は僅かに構えを緩め、隠し持っていた六本の刀を取り出す。


「――『七支操刀しちしそうとう』」

 

 その技は、六つの刀身を自在に操るというもの。手に持っている刀と合わせれば、合計七つ。

 刀煉の姓を戴いてから数十年、ひたすらに精度と威力を磨き続けてきた白秋の基本型である。

 悠々と刀が舞う様子は、さながら曼殊沙華のようであった。


「来い……『怪異』共」


 七十過ぎとは思えぬような覇気と殺気が、空気を震わせる。

 そしてその背中には『護国四姓』としての覚悟と矜持が、ありありと浮かび上がっていた。

 そうまるで、湊羅の決意を鼓舞するように。



「……ミヅハさん、だっけ? 名前」


 湊羅は静かに口を開く。


「ああ、そうだよ」


 ミヅハがそう告げると湊羅は視線を移し、氷姫を睨む。


「……お願い、あいつを倒すためにどうか力を貸して」


「おうとも」


 その瞳にはもう、先程までの弱気はなくなっていた。





 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇





「はぁっ!」


 その声と共に放たれた英人の斬撃を、酒呑童子は魔力を込めた両腕をクロスさせて受け止める。


「ぬう……!

 ほう、『神器』の精霊をあちらに寄越したか。

 しかしそれで我らに勝てると思われるのは、心外極まる!」


「なら喜べ、今の俺は割とギリギリだ、よ……っ!」


 瞬間、両者の放出した魔力が互いの身体を弾き合う。

 その余波と衝撃により、周囲の木々たちは悲鳴を上げた。


 束の間に開いた間合い。英人は即座に次の手へと移る。


「「左腕レフトアーム再現情報入力インストール――再現変化トランスブースト・オン・『大鬼王の剛腕キングオーガー・フィスト』!」


 それはヒュドラとの戦いでも見せた『大鬼王』の左腕。

 英人は己の膂力を大幅に強化し、空中から突進してきた鵺を迎撃する。


「はぁっ!」


「ぐふっ!」


 裏拳の要領で放たれて拳は鵺の肉体を跳ね返し、そのまま森へと激突。

 すかさず英人は酒呑童子との間合いを詰め、


「『鬼王鉄拳オーガーアイアン雷鳴ライトニング』っ!」


 雷鳴と轟音響く鉄拳を、ガードの上から突き刺した。


「グッ……!」


「もう一丁!」


 思わず後ずさる酒呑童子に対し、英人はなおも間合いを詰め続ける。

 少なくともこうしている内は、誤射を嫌って他の連中も手を出しにくいはずだ。


 しかし、


「『合成獣キマイラ』!

 貴様は他の『怪異』どもを連れて先に行け!

 この男は私がやる!」


「嗚呼承知した!」


 再び起き上がった鵺が、狙いを英人から京都市街へ変更したのである。

 他の『怪異』はともかく、あの『魔獣』はマズい。

 すかさず英人は間合いを取り、鵺を迎撃しようとする。


「逃がさん!」


 しかしそれを見越し、酒呑童子は大きく踏み込んで英人の懐へと入った。

 つい数瞬前とは、真逆の形勢。


「くっ……、『エンチャントウィンド・フルブラスト』!」


「ぐ、お……! 風魔法か!」


 英人は風魔法で酒呑童子の身体を押しとどめつつ、自身はそのまま上空へと飛翔する。


「来たか。

 嗚呼だが困った! そう行く手を阻まれては、都に入れぬ!」


「入らせるかよっ!」


 英人は絶剣の切っ先を鵺に向け、


「『絶剣リヴァイアス画竜点睛エストレイザ』!」


 深海にも匹敵する超高圧の水流で、その体を貫いた。


「わ、我が身体が、こんなにも容易く。

 こ、これが『神器』……!」


「おおおおっ!」


 英人はそのまま絶剣を縦方向に薙ぎ、鵺の身体を二つに引き裂く。

 身体の半分を失った伝説の『魔獣』は片翼を失い、そのまま落下した。

 しかし次の瞬間。


「嗚呼痛い、困った……だが、もう困る必要はなくなった」


 高度の半分も落ちないうちに、その肉体を完全に再生させたのだ。


「なっ……!?」


 英人は思わず、驚愕に声を上げる。


 高すぎる切れ味故、本来『絶剣リヴァイアス画竜点睛エストレイザ』は肉体の再生すら許さない絶技。ミヅハの離脱によって出力こそ幾分か落ちてはいるが、その点は変わらない。

 しかしその一撃を受けてもなお、鵺は事もなげにその肉体を修復してしまった。

 おそらく再生能力に限って言えば、あのヒュドラすら上回るだろう。


(あんなもの、市内に入れる訳にはいかない……!)


 英人は空中で絶剣を構え、『絶剣リヴァイアス熾天蒼翼セラフィリア』の準備に入る。


 が、その瞬間黒い濁流が英人の身体を飲み込んだ。

 飛行能力を持った、『怪異』たちの群れである。


「ぐっ……!」


「おお丁度いい、これなら困らずに済む。

 では我はお先に喰らわねば」


 数多の生物が混じった顔でニヤリと笑い、鵺は再び京都市内へと向かって飛行を始めた。

 形態も先程に比べ流線型のフォルムとなっており、速度も上がっている。


「くっ、待て……っ!」


 英人は纏わりついた『怪異』を斬り払い追うが、やはり初動の差が大きく、追いつけない。


「くっ……、撃て撃てぇ! 

 奴を近づけさせるな!」


 そして城壁の呪術師たちも破魔矢を集中させるが、不死身とも言える再生能力を持った相手にはまるで効果がなかった。

 鵺は速度を落とさずそのまま突進し、


「嗚呼久方ぶりだな京の都よ!」


 その頭部に生やした角で、京都の夜空に穴を開けた。


「け、結界が……」


 おそらくは、城壁に沿ってドーム状に『呪術』による強力な結界が張られていたのだろう。

 それを容易く破る鵺の力に、呪術師たちは唖然とする。


「嗚呼懐かしい!

 懐古! 歓喜!

 我はまた、ここに住まう人間共をねぶれるのだ!」


 対する鵺は翼を大きく広げ、歓喜に打ち震えていた。

 ここから先は、目ぼしい敵もいない。

 ただ、蹂躙するのみ。


 鵺は舌なめずりをしながら、獲物を物色する。


「さぁ、どなたからいこうか……!」


「――ならまずは『最高』の男から、味わっていくといい」


「ん……!?」


 その声に反応した瞬間、一筋の光弾が鵺の眼球を貫いた。


「ガッ……!

 な、なんだ……!?」


 突然の攻撃に驚きつつも、鵺は冷静に眼球を再生し、体勢を整える。

 しかしそれも束の間、今度は千を超える光弾が、一斉に鵺の肉体を襲った。


「ぁ……!」


 驚く間は、刹那しかなかった。

 頭が、胸が、胴が、脚が、翼が、おびただしい量の光弾に貫かれ、焼かれていく。

 一瞬にして肉体の半分近くを失った鵺は、ついに地上へと墜落した。


「が、ガ……!

 痛い、熱い、苦しい!

 嗚呼誰だ、私を困らせるのは!」


 真っ先に頭部と眼球を復活させ、鵺は敵の姿を睨む。


「私か? ならば答えよう。

 私の名はリチャード・L・ワシントン」


 すると目に映ったのは骨董品のような拳銃を両手に持った、スーツ姿の金髪の男。

 

「――栄えある合衆国ステーツを、こよなく愛する人間さ」


 彼こそは合衆国が誇る『国家最高戦力エージェント・ワン』、リチャード・L・ワシントンその人だった。 

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