輝きを求めて⑰『愛の叫び』

 朝礼の上に泰士が現れた瞬間、学内全体に大きなどよめきが広がる。

 それもそのはず、清治には僅かに及ばないものの彼もまたれっきとした学園の中心人物。それがトップバッターだというのだから、生徒たちの反応も当然であった。


「え、え? マジ?」


「浅野に続いて……鶴見まで?」


「しかも初っ端から……」


「相手はまさか、いやでも……」


 そう口々に言い合う戸惑いが聞こえてくるが、当の泰士本人はどこ吹く風とばかりに息を吸い込む。

 そしてそれを深呼吸のようにゆっくりと吐き出した後、落ち着いた口調で話し始めた。


「ふぅ……。

 えーと、うーん。何かこういう時っていざ自分がやるとなると、どうすればいいのか迷うな。

 キヨハル、どんな感じでやればいいよ?」


 だがやはり極度の緊張はせずとも気恥ずかしさはあったのか、苦笑しつつ清治の方を振り向く。


「別にこのままの感じ大丈夫だよ。

 お前の好きなように、思いの丈を叫べばいいさ」


「そっか……うん、そうだな。よし」


 そして決意を固めた泰士は再びマイクを握り、想い人がいる方角に目を向けた。

 そこにいたのは――


「……亜紀」


「…………え、アタシ?」


 校庭の真ん中でポカンと口を開け驚く、石川イシカワ 亜紀アキであった。

 瞬間、校内には先程よりも大きなどよめきが鳴り響く。


「ちょ、え、えっ!?」


「俺たち、家が近所だったこともあってさ、小さい頃からずっと一緒だったよな。

 それこそ幼稚園に入る前から。そしてそこから小学校、中学校、高校も」


「え、あー……う、うん」


 泰士からの言葉に、亜紀はアタフタと慌てながらもなんとか相槌を返す。

 翠星高校におけるファッションリーダー的存在も、こうなってしまえば形無しだ。

 普段の強気な姿勢が影も形もない。


「そんだけつるんでたら、そりゃあもちろん色んなことがあったよな。

 一緒に遊んだり飯食ったりもしたし、時にはガチで喧嘩なんかもした。

 でも今もこうして一緒にいられるのは、その相手が他の誰でもない、亜紀だったからだと思う」


「泰士……」


「こういうの、何つーか幼馴染っていうより腐れ縁? って言った方がいいのかな。なにが正解かは分かんねーけど。

 でもまあ互いによく見知った、気楽な関係だよな。正直、このままでもいいかもしれないし壊すのが怖い。

 でもやっぱり俺はさ、いい加減この関係を次へと進めたいんだ。

 だから――」


 泰士は目を閉じ、息を整える。

 そして、


「亜紀、好きだ。

 だから俺と付き合って欲しい。彼氏彼女として」


 その溢れんばかりの想いを、優しく呟いた。


「あ、あ、えっと……」


 対する亜紀はどうリアクションしていいのか分からず口をパクパクとさせる。

 まさか、今日自分が告白されるとは思いもしなかったのだろう。しかも勝手知ったる幼馴染から。


 そして生徒たちは、固唾を飲んでその様子を見守る。

「結果は如何に!?」――周囲の注目は、その一点にのみ注がれていた。


「……亜紀」


「あ、あざみ……。

 どうしよう、どうしたらいいアタシ……!?」


「亜紀のしたいように、すればいいよ」


 そう言って、あざみは亜紀の手をそっと握る。

 それは親友であるあざみだからこその行動であると同時に、後ほど告白を行う予定である自身へのエールでもあった。


「……うん。

 ありがとう、あざみ」


 亜紀もそれが直感的に分かったのだろう、表情に落ち着きを取り戻していく。

 そして大きく息を吸い、


「私も、アンタの事が好きぃっ!」


 校内全体に響くような大声で、そう返事した。

 同時にその周囲からは空を割るような歓声が響き渡る。


「ま、マジか!? マジでオッケーなのかっ!?」


「もう何度も言わせないでよ……いいったらいいの!」


「や、やった! よしゃあぁっ!」


 その返事が間違いでないことを確認すると、泰士は朝礼台の上で飛び跳ね始める。

 長年秘めて来た想いだったからこそ、その喜びもひとしおだった。


 そんな様子を満足気に眺めながら、清治は司会用のマイクを手に取る。


『さぁ、まずはトップバッターの鶴見 泰士君。

 みごと告白を成功させました! これにてカップル成立です! おめでとうございます!

 ……本当におめでとう、泰士』


「ああ、キヨハルもありがとな! こういう機会を作ってくれて!

 だからお前も最後、頑張ってくれよ!」


『ああ、エールありがとう。

 さて、幸先が良くなった所で次の参加者は――』





 ………………


 …………


 ……




 そして、開始から一時間後。


『――ありがとうございました。

 残念な結果に終わってしまいましたが、これを乗り越えてまた新しい恋を見つけてくれればと思います。

 そしてここでちょうど開始から一時間が経過いたしましたので、一旦休憩とさせていただきます!

 再開は今から十分後です!』


 現在時刻は19時ちょうど。

 清治からのアナウンスの通り、区切りも良くなったということで一旦休憩時間が挟まれることとなった。


 泰士の時からずっと学内は盛り上がりをみせていたものの、やはり生徒たちとしても一時間ぶっ通しは疲れるもの。

 小さい溜息と脱力と共に、生徒の集団は徐々にバラけていく。

 そして校庭内には、告白に成功した者を祝福する集団と失敗した者を慰める集団が残った。


 片方の笑顔に対し、もう片方の涙。

 ハッキリと明暗が分かれた形になったが、これもまた青春の一幕。


「……とにかく、泰士が成功して良かった」


 そして清治はその明暗の明の方、つまりは泰士と亜紀の方を眺めながら、しみじみと呟く。


「行かなくていいのか? 同じグループだろ?」


「いや、今は二人きりにしといた方がいいだろう。

 何せ10年以上もの間育んできた想いが実を結んだんだから。

 いくら俺でも、間に入るのは無粋という奴だよ。八坂」


「まあ確かに、その通りだが」


 英人は腕を組みつつ、清治の表情を横目に見る。

 だが依然としてそこには、不審な点は見受けられない。

 ただ親友の幸せを心から祝福する、優男の横顔があるだけだ。


「そう言えば、桜木さんは?

 さっきから姿が見えないけど」


「ちょっと用事だとさ。

 まあそう時間はかからなさそうだったし、そろそろ戻ってくるんじゃないのか?」


「……そうか」


 零すように、清治は呟く。

 そしてその顔はどことなくガッカリしているように、英人には見えた。


「浅野、お前まさか――『あ、あの……!』、ん?」


 もしや、と思い口を開くが、唐突に聞こえた声がそれを遮る。


「ん、なんだい?」


「あの……次の告白、僕にやらせてもらってもいいですか!?」


 そこに居たのは、やや大人しめというか、頼りない印象を受ける男子生徒であった。





 ――――





『さて、お時間となりましたのでそろそろ再開とさせていただきます。

 そして後半戦のトップバッターですか……なんとここで、飛び込みでの参加者が現れました!

 では早速、自己紹介の方をお願いします!』


 そして10分間の休憩は終わり、校内は再び期待と好奇の感情入り混じった喧騒に包まれていく。

 前半戦は概ね予定通りの展開だったこともあり、乱入者の出現という報は生徒たちのテンションを一気に最高潮まで引き上げる。


「……えっと、3年B組の、仲木戸ナカキド 智弘トモヒロと言います。

 そ、その……こ、これから、告白を、します!」


 だが現れたのは、出だしのセリフを噛みまくる冴えない風貌の男子生徒。

 前情報とのあまりのギャップに、歓声は瞬時に溜息へと一変した。


 果たして、こんな有様でOKを出してくれる相手がいるのだろうか。

 生徒たちからしてみれば、もはや結果は火を見るより明らかだった。


「えっと……それで僕が好きな人なんですが、とっても綺麗で、そして優しい人です!

 そしてすごい努力家でもあります!」


 だが幸か不幸か、極度の緊張のお陰で智弘の目にはそんな失望と憐みの視線は映らない。たどたどしくも、彼なりのペースで言葉を続けていく。


「その人はみんな、特に女子生徒からは羨まれるような存在です。憧れの対象です。

 でもその人はそれに奢ることなんか何ひとつなく、勉強にスポーツとすごく努力してて……生まれつき頭がいいとか、運動神経がいいとか関係ないんです。

 彼女のそんなひたむきな姿を見た時、僕なんか本当にまだまだだなと思い知らされました。

 だからこそ、僕は彼女のことが好きになったんです。

 でも――」


 智弘は息を吸い、僅かに横を見る。

 そこは、『青春の叫び』の司会席。


「その人には、好きな人がいます」


 その言葉に、校内が少しどよめき始める。

 まさか玉砕確実の告白を、しかも全校生徒の前でやるとはこの場の誰もが予想だにしていなかった。


「彼女の好きな人は、僕なんかとは比べ物にならない位カッコよくて、頭も良くて、スポーツも出来て……それに、やさしい。

 僕なんかとは比べるのもおこがましいくらい、それこそ天と地以上の差があります。正直、勝てっこないです。

 でも!」


 決意を込めた様に、智弘は叫びだす。


「でも! もう自分の気持ちに嘘をついたままでいたくない!

 好きな人を、好きって言いたい!

 それくらいのことが出来なきゃ、僕は一生彼女にふさわしい男にはなれないんだ!」


 それは、まるで己に言い聞かせるかのような絶叫。

 もう周囲では、彼を冷めた目で見る者はいない。ただその男の咆哮を、固唾を飲んで見守っている。


「だから、だから……僕は、アナタのことが好きだ」


 そして、いよいよ愛する者の名を呼ぶ時が来た。

 智弘は少女の方を見つめ、ゆっくりと口を開く。


「やま……」


 だが、その瞬間。



「――キャアアアァッ!」



 校舎の中から、女子生徒の悲鳴が木霊した。

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