輝きを求めて⑯『普通が一番』

「……っ!」


 まるで、開始の合図のような清治の言葉。

 楓乃は思わず、体を強張らせた。


 もしこれまでの推理通り清治が犯人だと言うのなら、『人狼ワーウルフ』の正体もまた彼。

 つまり太陽が完全に沈んだ今、彼は怪物として最大の力を発揮できるようになったということだ。


 楓乃の頬に、一筋の汗が伝う。


 対する英人の方は、楓乃ほど緊張している様子はない。

 だが目つきが明らかにいつもと違う。あれは完全に臨戦態勢に入ったものだ。

 そして向かって来る清治に対して半身となり、右手では用意していた武器をポケット内で掴んでいる。


 いつ、どちらから仕掛けるか。

 戦闘の予兆を前に、息の詰まるような空気が二人の周囲を覆った。


 そして清治は身構える二人の間を――


「さて、急がないと」


 何のことも無しに、平然と横切った。


「「……!」」


 そのあまりに殺意や敵意がない行動に、二人は思わず言葉を失う。毒気を抜かれたと言ってもいい。

 それ程まで、彼は「普通」そのものの雰囲気のまま二人とすれ違ったのだ。

 これは、強者の余裕なのか。それとも――


「……ん、どうしたんだい?

 サボるなと言ったのは君たちの方じゃないか。

 ほら、早くしないと始まってしまうよ?」


 清治は立ち尽くす二人を見、不思議そうに首を傾げる。


「……そうだな。

 俺たちも、急ぐとしよう」


 英人は振り向くことなく、背中越しにそう答えた。






 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇






『――さあ皆さん、いよいよ開始の時刻が迫って参りました!

 今夜は待ちに待った、年に一度のスペシャルパーティーッ! さぁさぁ皆の衆、コスプレの準備は宜しいですかな!?

 それでは、ハロウィン会スタートですっ!』


 10月29日、17時30分。

 学内各所にあるスピーカーからは、祭りの開始を告げるアナウンスが鳴り響く。

 そしてそれに呼応するように、校舎内のあちこちからは生徒たちの歓声が沸き上がった。


『ハロウィン会』、それは文化祭や体育祭といったイベントとは違う、正真正銘生徒たちによる生徒たち自身が楽しむパーティー。

 なので彼らのテンションも、いつもとは趣の違った盛り上がり方を見せていた。

 もちろん、ある二人の例外を除いて。


「「…………」」


 英人と楓乃は無言のまま、廊下を歩く清治の後ろについていく。


 料理の匂いや軽快な音楽、さらには生徒たち自身が醸し出す浮ついた雰囲気。

 彼らはそれらに目もくれず、ひたすらに清治の一挙手一投足を注視していた。


「……あの、先輩」


 だが百戦錬磨である英人はともかくとして、楓乃の方はただの一般人。

 極度の緊張感と無言に長く耐えきれるはずもなく、息継ぎをするように小声で英人を呼んだ。


「……何だ」


「どうします、これから?」


「……このまま様子見だ。

 すぐに対応できるよう、常に近場でな」


「……分かりました」


 楓乃は小さく頷く。


「……とはいえ、慣れてない人間に長時間の見張りはキツい。

 もしかしたら、お前には後で別行動を頼むかもしれない。いいか?」


「……了解です」


 そして二人は再び無言となり、引き続き清治の背中を追った。


(……敵意や殺意どころか、警戒心の欠片もないな)


 いつも通りの爽やかな佇まいを見つつ、英人は僅かに眉をひそめる。


 もし彼がこの空間を作った犯人で、さらには『人狼ワーウルフ』の正体なのだとしたら、今のこの姿には疑問が浮かぶ。

 夜間なら『人狼ワーウルフ』側の独壇場なのは明らかである以上、ここでもったいぶる必要はない。すぐにでも変身すべきだ。


 それに、現在は何らかの方法で日付を8日間スキップさせた直後。もし彼がやったというのなら、先程の会話の中でほんの少しでも態度に出ていなければおかしい。

 だが実際、英人から見て今の彼に不信な点は見当たらない。

 もちろんそれをおくびにも出さない程、彼が演技達者であるとも考えられるが、


(だとしたら、あの経験不足丸だしな『人狼ワーウルフ』の姿とは似ても似つかない……)


「……ん、背中にゴミでも?」


「いや、大丈夫だ。何でもない」


「ならいいんだけど……っと、そうこうしてる内にもう3-Bの教室だ。

 ハハ、つい景色を見すぎて開始から遅れてしまった。

 みんな怒ってなきゃいいけど……せっかくだし、桜木さんも入る?」


 清治は楓乃へと視線を移し、小さくはにかむ。


「えっと……じゃあお言葉に甘えて」


 突然の言葉に楓乃は少々驚いたが、何とか了承の返事を返す。

 清治が依然として容疑者である以上、ある意味ありがたい誘いだ。


「お、そうか。

 いいよな、八坂?」


「もちろん」


 そうして三人は、共に3-Bの教室へと入った。





「おーキヨハル! 何してたんだよー!

 こっちはもう始めちまってるぜ、なあ亜紀アキ!」


「あーもうアンタのっけからテンション高すぎ! 後半もたないわよ?

 でもこのバカの言う通り、どこ行ってたの? 何か用事?」


 ドアを開けると、そこでは泰士を筆頭に3-Bのクラスメートが『ハロウィン会』を楽しんでいた。

 因みにあざみ、亜紀を含めたいつものメンバーはゾンビのメイクをしている。

 そして他の生徒たちもおよそ半数以上が魔女、アニメ漫画のキャラに扮していた。


「悪い悪い、ちょっとね。

 それにしても、今年の料理は美味しそうだ」


「はい、浅野君の分は取っといたから」


「お、ありがとうあざみ」


 清治は料理の盛られた紙皿とスプーンを、あざみの手から受け取る。

 春巻きにエビチリ、それに酢豚と今年のラインナップは中華のようだ。

 周囲を見ると、クラスメートたちが立ったまま中華料理に舌鼓を打っている様子がうかがえる。


 このように、『ハロウィン会』はそれぞれの教室に料理を置いてそれを自由に食べる立食形式。

 基本は自分のクラスにいることが多いが、教室間の行き来に制限はないので仮装をしつつ他のクラスを練り歩く生徒も多い。

 なので「トリックオアトリート?」とか言いながら教室に入ってくる魔女やゾンビの姿は、最早この時期の学校における風物詩とも言える光景だ。


「うん、やっぱり旨いなこれ……あっそうだ。

 一応紹介しておくよ、彼女は二年の桜木 楓乃さん。

 八坂と一緒に、『青春の叫び』を手伝ってくれたんだ。ほら、あざみは前に会ったろう?」


「う、うん……」


「よろしく、お願いします」


 トップカーストたちの視線にさらされながら、楓乃は小さく頭を下げる。


「へぇ、アンタが浅野君の言ってた。

 ってことは誰かに告白するの?」


「いや、特にその予定は……」


「亜紀、別にいいじゃない。

 そもそも開始前にそういうのを聞くのはダメだよ」


 亜紀は楓乃の顔を見つめながら問い詰めようとするが、あざみがそれを制す。


「そうだけど……あざみ、アンタは気にならないの?」


「だからそういう問題じゃないって……」


「まあ、アンタがいいならいいけど」


 そうして亜紀は紙皿に持ったゴマ団子を頬張り始めた。

 一瞬何とも言えない空気が流れたが、清治がすかさずフォローを入れる。


「ハハ、まあその辺りは後のお楽しみって事で。

 なに、あとほんの30分ほどの辛抱さ」


「あっそうか、開始時刻が繰り上がったんだっけか。

 いやーでもなんか、ドキドキするな!

 おいキヨハル、今からでも俺だけにこっそり相手を教えてくれよー!」


 泰士はその耳をグイグイと寄せ、耳打ちを促そうとする。


「いやだからもう少し待てって。

 せっかちだなぁ」


「えぇー、でもそれじゃあ何かフェアじゃねぇって! な、八坂! 

 お前も参加者として、事前に知っときたいだろ!」


「確かに」


 テンションの上がった泰士に肩を組まれつつ、英人は大きく頷く。


「いやいや八坂まで!」


 思わずツッコミを入れる清治。

 こうして『ハロウィン会』の序盤は、表面上は和やかに進行していった。





 ………………



 …………



 ……





 そして10月29日、18時ちょうど。


『さあさあ皆さんお待ちかね! とうとうこの時がやって参りました!

 高校生と言えば青春! 青春と言えば恋愛! そして恋愛と言えばやっぱり愛の告白!

 さあ今宵、勇者たちの愛の叫びは果たして意中の相手の心まで届くのか!?

 浅野 清治先輩プレゼンツ、「青春の叫び」開幕だァーっ!』


 遂に、その時が来た。


 校庭ではその様子を間近で見ようと沢山の生徒たちが詰め寄り、朝礼台の前にごった返す。

 そして校舎内にいる生徒たちも、それぞれが教室の窓から乗り出すようにして校庭を見下ろしている。

 既に学内のボルテージは最高潮だ。


 そんな中、清治は朝礼台に立ってマイクを持つ。

 そして生徒たちの盛り上がりを満足そうに見つめた後、ゆっくりと口を開いた。


「みんな、集まってくれてありがとう。

 この『青春の叫び』発案者兼、司会進行の3年B組浅野 清治だ。今日は宜しく!」


 清治が頭を下げると、学校中から歓声が沸き上がる。

 内容自体はいたって普通だが、話す人間が彼ほどの有名人となれば盛り上がり方が全然違う。


「さて、開始する前にまずは基本的な流れを説明する。

 といっても単純なものだ。

 希望者がこの台に立って告白をする、以上。それ以外は何もない。

 そして結果はどうであろうと恨みっこなしだ。それに受けた方も、無理して今日返事を出す必要はない。

 各々が無理をしない範囲で思いの丈を叫んで欲しい。

 それで順番についてだが――」


 清治は一拍言葉を止め、生徒を見渡す。


「最後は俺、とだけ言っておく。

 もちろん事前の告知通り、飛び入り参加もOKだ。

 これで説明は終わりだが、質問のある人はいるかい?」


 清治はマイクから口を離すが、言葉を返す生徒はいない。

 学内にいる全員が、「早く始めてくれ」とばかりに無言で催促していた。


「よし。

 じゃあ早速、一人目の参加者にご登場願おう――行けるかい?」


「おう、もちろん!」


 そして清治からの紹介を受け、待ってましたとばかりに一人の男子生徒が勢いよく朝礼台へと駆け上がる。

 それは、口調だけでも分かるような陽気なスポーツマン。


「というわけで、トップバッターは俺だ!

 キヨハルと同じく3年B組鶴見 泰士、今から男見せるぜ!」


 まずはトップカーストの一人、鶴見 泰士が『青春の叫び』の火蓋を切ったのだった。


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