輝きを求めて③『目が覚めたら、体が(若干)縮んでしまっていた!』

 そして数十分後。


「――お、チャイムか。

 よし、じゃあ今日の授業はここまで。

 そろそろセンターも近いし、お前等ちゃんと復習しとけよー」


「きりーつ」


 英語教師による授業終了の言葉と共に、教室内の空気は一斉に緩み始める。


 伸びをする者に軽くため息を漏らす者。

 学校生活の最終盤ということもあって、その場も誰もかれもが慣れ親しんでる光景だ。

 そのせいだろうか、級長からの起立の号令もやや間延びした印象を受ける。

 そして教師の方もわざわざそれを注意しようとする様子は見られない。


 高校三年生の10月。

 それは『受験』という大イベントによって、ある種の緊張と弛緩の空気が学校全体を覆う時期。そして未来というものが、徐々に重みを増してくる季節。


 その中で英人は、未来の記憶を持ったまま此処にいた。


「きをつけー、礼!」


「「「「「ありがとうございましたー!」」」」」


 そして不揃いな礼と共に、教室は昼休みに入る。



 早速弁当を開ける者。


 購買部へと急ぐ者。


 とりあえず駄弁る者。


 簡単に授業の復習を行う者。



 かつて散々に見慣れた人間模様が、教室内で繰り広げられていく。

 英人はその様子を、ただ呆然と見つめるしかなかった。


「間違いない……ここは翠星だ」


 思わず、言葉を漏らす英人。

 しかしその小さな呟きは室内の喧騒に容易く掻き消されていく。


「ということは、ここは過去……?」


 正確な記憶こそないが、当時の様子がこうのようであったという確証はある。

 それ程までに、今目の前に広がる光景は臨場感溢れるものであった。


(いや、ここが本当に過去がどうかは後だ。

 まずは俺自身が冷静になれ……)


 英人は一つ深呼吸をつき、木製の背もたれに寄りかかる。


 現時点で差し迫った脅威等は見られないものの、異常事態であることには違いない。

 だからまずは自身の置かれた状況を正確に把握する。


 そう決心し、まずは自身の体を軽く観察した。


(……体は完全に高校時代のものだな。体内に魔力をほとんど感じない。

 となると直接的な戦闘は厳しい、か。

 まあもしこの空間に戦闘があればの話だが)


 ブレザーの上から感じる筋肉は少なすぎもしなければ多すぎもしない、高校男子としては至って平均的なもの。

 もちろん義手や義眼といった『異世界』以降に起こった身体的変化は元に戻っている。


 つまりこの時点で『再現変化トランスブースト』はほぼ使えないということになる。


(次は『再現』の能力の方だが……)


 英人は目を瞑り、自身の記憶を振り返る。


 先程の授業で、帰還以降に『完全記憶能力』で詰め込んだ受験知識はそのままであったことは確認済み。

『異世界』以降の知識も依然として完全に思い返すことが出来る。


 そして――


(うん。さっきの授業、一言一句思い出せる。

 となると『完全記憶能力』自体は健在。

 つまり『再現』の力は弱まってはいるが、当時と違って開花状態にあるということ)


 英人は僅かに笑い、目を開いた。


 最悪自身の力は全て封印されるか失うかすることも想定していたので、これは嬉しい誤算。


 次に英人は筆入れから消しゴムを取り出し、爪で角を大きめに削り取る。

 そしてそっと手を当て、『再現』の力を行使した。


(流石に遅いな……)


 徐々にその形を取り戻していく様は見て取れるが、そのスピードは遅い。

 おそらくこれは肉体修復に関しても同様だろう。



 つまり、今の状況を纏めるとこうだ。


 ・身体能力は当時と同じ。つまり28歳時と比して大幅に弱体化。


 ・魔力がない為、魔法の行使はほぼ不可。


 ・『再現』による『完全記憶能力』は健在。


 ・『物体修復』、『肉体修復』に関しては大幅に弱体化。



(さすがに28歳の時からは弱体化しているな。

 でも『再現』が僅かに開花してるだけ、当時の俺よりかはかなりマシか……)


 英人は肘を机につき、顎を撫でる。


 本来であれば、高校3年生時の彼は『再現』の力を開花させてはいない。

 というより、そもそも『異能』の存在すら知らない。

 当時の八坂 英人はただの一般的な男子高校生である。


 では何故、今の状況で『再現』の力が僅かでも行使できるのか。


(……おそらくそれは、記憶を持ったまま戻って来たからだ。

 別に『再現』の力自体は、異世界に行ったことでゼロから生まれたわけじゃない。

 元々持ってたものが大量の魔素によって開花しただけだ。つまり、当時も『異能』の種自体は持ってる。

 つまり俺自身が『再現』という『異能』の存在を自覚しているからこそ、僅かながらに開花しているんだ)


『異能』の開花というものは個人の資質や環境そうだが、その時の精神状態等によっても大きく左右される。

 一時期能力が暴走気味だったカトリーヌがそのいい例だろう。


 なので『異能』を当然の事実として知っている英人がその能力を開花させても何ら不思議はない。

 とはいえ、肉体の方はただの一般人という状態なので、その効果自体は微々たるものだが。


(つっても、ただの学生からしたら『完全記憶能力』だけでもお釣りがくるわな。

 おかげで授業についてくだけなら簡単だ。下手にボロを出さずに済む。

 そしてお次は……)


 英人は左ポケットに入れていた携帯電話を取り出す。


 それは、白いボディをした折り畳み式の携帯電話。

 11年後には「ガラケー」を呼ばれている機種だ。


(そういや、当時はそうだったな……)


 英人はやや懐かしさを込めた眼差しで、その縦長のボディを見つめる。

 この頃はまだまだガラケー全盛期。日本国民の誰もがガラケーを持っていた。

 スマホ自体もあるにはあったが、まだまだビジネス用や一部のマニア向けと思われていた時代。


 まさか数年もしない内にその地位を完全に取って変わられるとは誰が思っただろうか。


 英人はゆっくりと、折りたたまれたボディを開いた。


(えーと確か……)


 そしてかつての記憶を必死に掘り起こしながら、操作していく。

 こちらの世界に戻ってからはスマホばかり使うようになったものだから、手を触れるのは実に十年ぶり。


(……よし、見れた。

 やっぱり基本、メールと電話のやり取りは家族とだけだな……あとは隣の白川さん家関係くらいか。

 内容についても、とくに記憶と矛盾する所はない)


 英人はボタンをポチポチと押しながら、中の情報を黙々と閲覧していく。


 知りたいのは大きく二点。

 今日この日の英人自身がどういう状況にあったか、そして自身の記憶と矛盾する情報はないかだ。


 当時学習塾やバイト等に通っていた覚えはないが、もし何か予定等があったとしたら知っておくに越したことはない。

 というのもこの状況について調査を開始する上で、変にいざこざを起こして時間を取られるリスクは極力避けたかったのだ。


 それにもし当時の記憶と違う情報が出てきたのなら、それは状況打破への絶好の手掛かりとなるだろう。


 しかし幸運と言うべきか不運と言うべきか、現状差し迫った予定だったり矛盾する情報だったりは見受けられなかった。


(ふむ、いよいよ本当にタイムスリップしてきた感覚になってきたな。

 さて、お次は……)


 英人は携帯を閉じ、周囲へと目を向ける。

 もちろん視界に映るのは、先程と同様に各々のペースで昼休みを過ごすクラスメートたちの姿。


 英人はそれら一つ一つをじっくりと観察していく。


(えーとあれは確か大倉オオクラ綱島ツナシマ、それに妙蓮寺ミョウレンジ……だったか? それにあそこにいるのは成瀬ナルセか。

 うん、一見するとグループの人数や中身に関して特に不自然な部分はなし、か。

 様子もおかしい所は見受けられない)


 高校生活も最終盤となればある程度流動的にはなるものの、グループや交友関係のベースは基本同じ。

 それも昼休みという食事を共にする時間帯となればさらに顕著だ。


 正直、10年前の記憶なので下の名前どころか苗字すら怪しい生徒もいた。

 だが英人が見た限りでは、概ね記憶通りのグループ構成となっていた。


(周囲の人間関係についても変化なし。

 ま、元々そのどれにも属してなかった俺にとってはあまり関係のない話だが。

 とにかく、これでひとまずの情報収集は終了。

 それじゃあいよいよ……) 

 

 そして着席したままの思慮を止め、いよいよ英人は立ち上がる。


 昼休みに入ってから既に10分以上。

 いささか慎重すぎるとも言える行動であったが、英人からすればそもそもこの空間自体が未知数の塊。


 さらに自身の能力も極端に制限されている以上、思考や確認に時間を費やすのは半ば必然と言えた。


(校舎内を探検しますか!)


 しかし、このまま動かずにいる訳にもいかない。

 どれ程の時間制限があるかは不明だが、一刻も早く元の11年後に戻る必要がある。


 誰が、いつ、どうしてといった部分が分からない以上、手掛かりは自分の足で探すしかない。


 その決意を元に、英人はゆっくりと教室のドアを開いた。


(……ま、教室から出たら元に戻るなんてことはないか。

 若干期待したけど)


 視界に広がるのは勿論、かつて見慣れた光景。

 白を基調とした廊下が、左右に悠々と伸びているものだ。


 英人はそっと右足を前に出し、ゆるりと歩を進める。

 そして廊下をキョロキョロと見渡した。


 どう考えても挙動不審な姿だが、今の状況でその程度のことは気にしてられない。

 とにかく今は、現況を丁寧に確認していくことが大事だ。


(廊下は、特に異常なし。

 それに窓から見える風景も……うん、大丈夫だ)


 秋晴れのお陰で窓の向こうには富士山が綺麗に映る。

 学生時代の英人が好きだった光景の一つだ。


 次に英人は廊下をゆっくりと歩き始めた。


(懐かしいな、この感じ)


 真昼間の太陽に照らされた廊下を、一歩一歩踏みしめながら進んでいく。

 

 昼休みということで多くの生徒が行き交う中、英人は彼らとすれ違う度にその顔を逐一横目で観察していった。

 その大半は当時においても英人とは接点の全くなかった人物だが、どこに手掛かりが落ちているかが分からない以上、目を通さないわけにはいかない。


(ったく、これじゃあ気がもたんな。

 とはいえ、ある程度ネタが分かるまではこうするしかないしなぁ。

 こいつは体力勝負になるか。

 となるとまずは……)


 英人は自身の腹をさする。


「腹ごしらえにするかな」


 そして次の目的地を購買部へと定めたのであった。

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