学校へ行こう!⑧『誰だお前!?』
「いやお前、いきなり何を言って……」
西日差し込む教室。
獣の様にに迫りくるキャットガールを前に、英人はたじろいでいた。
「ふふっ……せーんせ♪」
英人という獲物をしっかりと捕らえる鋭い双眸。
しかし同時に媚びるようにとろんと濡れてもおり、英人を決して離そうとしない。
さらには首筋にそっと触れるような猫なで声で、聴覚すらもむしゃぶりつこうと縋ってくる。
――まさか、夢の中にでもいるのだろうか。
あまりの異常さに一瞬そんなことが過ったが、すぐに振り払う。
異世界にて魔族どもと戦い続けてきた英人にとって、幻と現実の区別は死活問題。
夢か現か位のことを見破れる力がなければ、今こうして生きてなどいないののだ。
そしてその経験則と直感が「これは間違いなく現実」だと言っている。
ならばこれは――
「ああもう、一旦離れろ」
英人は美智子の腰を掴み、強引に押し出す。
抵抗は思いの他弱かった。
「ああっ……、いけずぅ」
そしてその勢いのまま、美智子は隣の机の上に腰かける。
「何がいけずだ。
そもそもお前、その恰好は恥ずかしくて死にそうなんじゃなかったのか?」
「そりゃ恥ずかしいよ? こーんなピタピタでボディライン丸出しの衣装だし。
で・もぉ~」
美智子はハイレグの上から、全身をゆっくり撫で回し始める。
それもより自身の肢体を妖艶に強調するために、わざと英人に見せつけるようにしながら。
「先生と二人きりなら、いいかな?
ここには私たち以外だーれもいないし♪」
「ったく、そういう問題じゃないだろう。
それに今は良くても後で誰かが入ってくるかもしれんし、用事が終わったてんならさっさと出るぞ。
その恰好のまま廊下歩くことになるけど、いいんだな?」
「ん~それはちょっと嫌かなー?」
「だったらさっさと着替えてこい。
俺はまだここで待ってるから」
英人は椅子の向きを直し、再び黒板の方を向く。
今の彼女とまともに取り合っても仕方ないという意思表示だ。
「それもやーだ。
だ・か・らぁ~」
だが当の美智子はそんなことお構いなし。
ゆっくりと立ち上がり歩を進めたかと思うと、英人の机にそっと手を這わせ始める。
「しばらくここで一緒に過ごそうよ」
そしてぐいっと頭を下げ、英人の顔を上目づかいで覗き込んだ。
瞳は変わらず、獣欲で湿り気を帯びている。
「ここで過ごすって……何で君と。
文化祭ももう終わるんだろ?」
「文化祭は、でしょ?
私と先生はこれからじゃない?」
「これからもなにも、今日はもう帰るだけだろ。
懐かしい教室の風景も、十分堪能したしな。
これ以上部外者がここにいたら問題だ」
「ちょっとちょっとぉ。
せっかく着替えてあげたのに、それはないんじゃない?
ほら、もっと見てみてよ。私の体、結構悪くないでしょ?」
そう言って美智子は仰向けになり、机の上にごろんと背を乗せる。
当然その姿勢は反る形となり、衣装と相まってボディラインは一層強調された。
長い手足に、無駄のない曲線で構成された胴体。
男女問わず、10人聞けばその全てが「美しい」答えることだろう。
「何、バカなこと言ってんだ。
ほらもういい加減行ってくれ」
しかし英人はそれにさして反応を示すことなく、しっしと手を払う。
美智子はやや不機嫌な顔を見せたが、
「んー……あは、ねぇ知ってる?
この『十月祭』ってさ、意外とカップルが出来たりするらしいんだよね」
すぐさま妖艶な笑みを浮かべ始めた。
「は?」
「まーなんてったって女子校の数少ない出会いの場だし?
期間中、こっちの生徒はみーんなそわそわしだすんだよね。
普段しない化粧なんかしちゃったりさ。やっぱり何だかんだ言って、彼氏は欲しいもんね。
もちろん来る方もそう。みんな彼女が欲しくて『十月祭』に来るの。
先生も見たでしょ、他校の男子高校生なんかナンパ狙いの人が結構いるんだから」
「高校の文化祭なんざ、どこも大なり小なりそんな感じだろ」
「ふふ。というわけで今日はそういう人たちが互いに出会う日だからさ、めでたくカップルが成立しちゃうんだよねー。
さすがに当日すぐ、ってことは少ないけどそれでも一定数はいるみたい。
……それでさ先生、ここで一つ質問していーい?」
美智子はくねっとあざとく首を動かし、英人に尋ねる。
「……なんだ」
「彼らってさ、朝までどこで何してるんだろ?」
「は?」
「ふつー文化祭終わった後って友達と集まって打ち上げじゃん?
彼氏いる子もいない子もみんな集まってさ。
なのにそれを抜け出しちゃうカップルって、一体どんなことしてるか気にならない?
だって男女二人きりでだよ? なーんかあやしいよねぇー。
だから先生、彼らが何をしてるのか教えて?」
そして逃がすまいと、美智子は顔をより近づける。
薄ら笑いを浮かべる表情を見るに、分かって聞いているのは明らかだ。
それでも彼女は、英人の口から欲しい言葉が出てくるまでそれをねだり続ける。。
「さあ? 一緒にメシでも食いに行ってるんじゃないか。
もしくはカラオケとか」
「んぅー、それもあるんだろうけどー。
私が聞きたいのはその後のことかなー」
「その後」
「うん。
ご飯も食べて、一緒に遊んで、十分に仲を深めた後のお話。
もうデートとしてやることやった後って、何が残ってるんだろうね?
私が思うに、多分それってすっごくエッチでとーってもいやらしいことだと思う」
「……」
「だからセンセ、早く教えてよ。
もし言葉で説明するのが難しいなら――」
美智子はその細い指で英人の顎を撫でる。
「私を相手に、実演してみてもいーよ?」
そしてしっとりと、自身の唇を舐めた。
「……やだね」
だが英人は、その手をさっと振り払う。
「えぇーなんで?
もったいぶらずに教えてよぅ。
ほら、私の体好きにしていいからさ」
「断る」
「……はぁ? アナタ、私の先生じゃないの?
だったら可愛い生徒に答えを教えてあげるべきだと思うけどなー。
だからさ、もうむちゃくちゃにしてよぅ」
机の上で美智子は体をくねらせる。
息は上がり、頬は紅潮し、瞳はなおも獣欲にギラつく。
それはもはや臨戦態勢といってもよい姿であった。
しかし、
「だから、断ると言ったろう」
英人はなおも、無反応を貫いた。
「はぁ!? 何でよ!」
美智子は思わず声を荒げる。
ここまでしたというのに狙った男が指ひとつ出してこない状況。
本来であれば、一人の女として怒るのも無理はないだろう。
「だって君は――」
だが英人はその返答すら見透かしたように口を開く。
「俺の生徒じゃ、ないだろう?」
そしてゆっくりと、かつ冷静にその事実を告げたのだった。
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