血命戦争⑳『グールランド・ハマ 前編』

「……と、こんな感じでとりあえず凄んでみたはいいものの、この世界の『魔素』濃度じゃ『中級喰種ミドル・グール』までが限界か……。

 あっちじゃ距離次第では『上級喰種ハイ・グール』も仕留められたんだが」


 夜空に浮かぶ光球を見上げ、英人がぼそりと愚痴った。

 いま英人が使用している魔法は『浄撃冠帯波イクソシス・スフィア・バースト』。

 断続的に『浄化』の波動を発生させる光球を繰り出す魔法である。


 元々は魔よけの意味合いが強い魔法であったが、英人の抜きんでた魔力によりここまでの威力を実現できている。


「まあいい、一気に片づけるか――『ガアアアァァッ!』 おおっと!」


 英人が女の『上級喰種ハイ・グール』に向け歩を進めた瞬間、ビルの隙間から『喰種グール』が飛び出す。


「やっぱ『浄化』の光も建物の陰までは届かない、かっ!」


 しかしなんなくそれを躱し、がら空きとなった腹に『大司教の御手アークビショップ・フォース』によるパンチを打ち込む。


「グゥゥッ!?」


「――還れ」


 『喰種グール』の背中を貫通し、溢れる光。

 そして一瞬の断末魔の悲鳴の後、『喰種グール』の身は灼け、その姿は完全に消滅した。


「み、『中級喰種ミドル・グール』が一瞬で……! アナタはいったい、なんなのよ!」


 女の『上級喰種ハイ・グール』は思わず声を荒げた。


「悪いが、それを答える時間も今は惜しくてな。

 急がせてもらう」


 しかし、その問いには答えは返ってこない。

 英人はただ無機質に、光り輝く左腕を構え、一瞬で間合いを詰める。


「なっ……!」


「『浄撃波動イクソシス・バースト』――!」


 そして素早く懐に入った英人は、『浄化』の力をみぞおちに叩き込んだ。


「グっ……あああああっ!!」


 燃えていく白い肉体。

 しかしこのままでは終わらないとばかりに、女の『上級喰種ハイ・グール』は左手で英人の顔を掴んだ。


「ナメんじゃ……ないわよ……!」


 英人の右目に、彼女の親指がかかる。

 こうなったら目の一つでも潰して一矢報いたい。

 だがその感触は、女の想像とは異なっていた。


「なっ、アンタ……その目……!」


 その信じられない感触に、女の『上級喰種ハイ・グール』は思わず目を見開く。

 しかしその疑問に答えが返ってくることはなく、炎と共に消え去った。



「これでよし……と」


上級喰種ハイ・グール』の消滅を確認し、英人は辺りを見回した。


 道路上など、視界の届くところには最早『喰種グール』はいない。

 となれば後は路地裏や地下に潜んだ個体を駆逐するのみ。


 しかし――


(まあ、さすがに目立っちまうわな)


 英人は思わず軽く息を吐く。


 それもそのはず、今の自身には数多の警察官の視線が降り注いでいるのだ。

 それらは好奇と驚愕と不安がふんだんに入り混じたものであり、どうにもむず痒い。


「え、えーと彼は警察庁から派遣された特殊捜査員だ!

 今見たように、こういう時のために特殊な訓練を受けている! 

 なので各自気にしないように!」


 マズいと思った義堂が必死の説明をするが、警官隊の反応はどうも半信半疑といったところ。

 なんとも言えない空気が、その場に流れた。


 英人としてはすぐにでも残りの『喰種グール』を倒しに行きたいところだが、こうも視線を浴びてしまうと少々やりにくい。


(……正直、動き辛い) 


 英人が悩み始めていると、


「――状況は今、義堂警部が説明した通りだ!

 彼の攻撃により犯人はほぼいなくなったが、まだ路地裏に潜んでいる可能性が高い!

 よってこれより我々捜査一課は一旦離れ、義堂警部たちと共に残りの確保に掛かる!」


 捜査一課課長、藤堂銀次の一喝がその停滞した状況を打破した。


「藤堂さん……」


「俺とて状況を全て飲み込めたわけじゃない。

 だが異例尽くしだからこそ、柔軟に対応しないとな。

 それにここいらは我々の管轄だ。何もせずというわけにはいかんさ。

 さあ、捜査一課行くぞ!」


「「了解!」」


 その号令と共に、防弾チョッキを装着した警察官たちが後ろに続く。


「とはいえ、我々もこういうのはさすがに初めてだ。

 現場の指示は、任せていいかね? えーと……」


「八坂 英人と言います」


「私は捜査一課の課長、藤堂とうどう銀次ぎんじだ。少し前までそこの義堂の上司をやっていた。

 よろしく頼む」


 そう言って藤堂が差し出した手を、英人は握った。


「ええ。一緒にこの街を守りましょう。

 それで大まかな作戦ですが、基本的には路地裏や地下から犯人たちをおびき出すようにしてください。そうすれば降り注いでいる光によって勝手に消えるはずです。

 あと、さっきみたいな肌の白い奴は見かけても決して相手にしないようにお願いします。そいつらは代わりに俺がやりますので」


「分かった。徹底しよう。

 よし、各自今の話しっかり聞いたな!?

 これより犯人の確保を開始する!」


 そうして一斉に行動が開始された。


 警察は数人一組になって路地裏を覗き込み、『喰種グール』を発見したら拳銃を発砲しておびき寄せていく。


 音と人間の姿に釣られた『喰種グール』はすかさず路地裏から表通りへと飛び出るが、瞬時に『浄撃冠帯波イクソシス・スフィア・バースト』の発する光によって『浄化』されていった。


 英人の方は単独で繁華街を駆けまわり、『喰種グール』の残りを駆逐していく。


「しかし、まるで夢でも見ているようだな。

 義堂お前、昔から彼とは知り合いだったのか?」


 英人の縦横無尽の働きを見て、藤堂は驚く。

 

「ええ。小学校以来の友人です」


「なるほど、それは頼もしい友人だ……まあ他にも聞きたいことは山程あるが、今は後回しにしておこう。

 今は、この街の住民の命と生活が最優先だ」


「ごもっともです」


 そうして二人が路地裏を覗くと、そこにいたのは二十体を超える『喰種グール』。


「さすがに数が多いな……あれじゃあ消滅しきる前に飛びつかれるかもしれん」


「時間がもったいないですが、よそを回っている人員が来るまで見張っていましょう……ん?」


 義堂がそう提案した瞬間、何体かの『喰種グール』の吹っ飛ばされる姿が目に入った。

 一体何が起こった、と義堂が目を見開くと――


「オラァ! 俺らのシマで何やってんだァ!」


「なんだコイツら、全員ヤクでもやってんのか?」


「だったらなおさらだ! この街にヤクをばら撒く連中、俺たち『ルシファー』が放っておくかよ!」


 その陰からは、鉄パイプや金属バットを持った一団が現れた。


「あれは、『ルシファー』……!」


「確かに、ここらは奴らの縄張りでもあるが……」


「……縄張りだからこそ、体張って守るのが俺らの流儀さ」


 後ろから聞こえた声に、義堂と藤堂は一斉に後ろを振り向く。


染谷そめや龍二りゅうじ……」


「よう。久しぶりだな、義堂さん」


 そこにいたのは、横浜を拠点とする半グレ集団『ルシファー』の絶対的なリーダー、染谷龍二だった。

 義堂とは『かまいたち事件』以来の仲だ。


「あ、ああ……」


「聞いたぜ、東京の方に転勤したんだって? 

 なのに俺らには別れの挨拶もなしとは、随分と水くせぇじゃねーか」


「何せ急な話だったからな。スマン」


 義堂は律儀にも小さく頭を下げる。


「いやいや別に頭下げる必要はねーって。ま、たまには横浜にも顔出してくれや。

 それまで……」


「染谷さん! ここにいた奴ら、全員ぶっ飛ばしました!」


「俺らがこの街、ちゃんと守っとくからよ」


 染谷はニヤリと笑う。

 義堂たちが再び路地裏を覗くと、そこにはもう『喰種グール』達の姿はいなかった。おそらく『浄化』されたのだろう。


「まだ倒し方すら教えていないのに……」


 不良達のあまりの手際の良さに、義堂は驚愕する。


「不良の勘の鋭さ舐めんなよ? 今の光景みりゃ、このバケモン共にはこの光当てるのが正解ってのはすぐに分かるさ。ま、路地裏で培った嗅覚って奴かな。

 ……よし、次行くぞオメーら! この調子でサツに貸し作っちまえ!」


「「「おお!」」」


 染谷の号令に、不良たちは一斉に答える。その様子はよく訓練された兵隊さながら。


「んじゃま、そういうわけだ。俺らは俺らでこいつらをぶっ飛ばしとくわ。

 だから俺らが見ねー間にくたばんなよ? じゃあな!」


 染谷は彼らを引き連れ、街の闇へと消えていった。



 警察と不良。

 それらは本来、水と油のように決して交わらぬ人種同士かと思われた。


「……俺たちも行くぞ義堂。

 仮にも警察が、不良相手に後れを取るわけにはいかんからな!」


「……ええ!」


 しかし今日だけは背中を合わせ、共に戦う。

 『人間』として、生きてきたこの街を守るために。

 

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