異能バトルはなろう系の中で⑪『受け継がれる意思 時代のうねり 人の夢』

 キィイイン、という鋭い音と共に、廃倉庫から光の柱が立ち上る。


「こ、ここまでとは……」


 カトリーヌを連れて安全な場所まで退避した義堂は、その景色を見て唖然あぜんとしていた。


 遠目からではあるが、英人の戦闘を直接見るのは今回が初めて。

『異能』以上に常識から外れたその光景に、義堂はただただ驚くしかなかった。


 これが、八坂英人の生きてきた世界。


「ダ、大丈夫なのでしょうか……?」


 カトリーヌが心配そうにつぶやいた。

 彼女は既に仮面を脱ぎ、安静にしている状態だ。

 端から見たら生死に関わるような重傷ではあるが、普段から鍛えていたお陰か意識はまだはっきりしている。


「ああ大丈夫だ。あいつなら、『仮面ウォリアー』ならきっと……な」


「とうッ!」


「うおっ!? な、なんだ!?」


 二人が廃倉庫に目を向けていると、いきなり赤い人影が目の前に降り立った。

 赤い仮面に、赤いコスチューム。

 現れたのは『仮面ウォリアー』その人だった。


「二人共、安心し給え。悪党どもはこの手できっちり倒したぞ!」


 直地してすぐ、仮面ウォリアーは自信満々にガッツポーズを見せる。


「お、お前……いきなり現れたらビックリするだろう。

 こっちには怪我人もいるんだぞ」


「ハハハ、すまないすまない。悪気はなかったのだ。

 して『仮面ウォリアー二号』よ、怪我の方は平気か?」


 仮面ウォリアーは片膝をつき、カトリーヌに目線を合わせて尋ねた。


「ア……ハイ。まだ痛みますけど、大丈夫です」


 彼女の言葉に仮面ウォリアーはうんうんと頷く。


「そうか、それは何よりだ。よくぞ生きていてくれた。

 しかし……」


 仮面ライダーは一旦うつむき、神妙なトーンで話し始めた。


「私は一つ、君を叱らなくてはならない。

 何故君は八坂君の言いつけを守らずに、病院を飛び出してしまったんだい?」


 その質問に、カトリーヌは思わず言葉が詰まった。


「ソ、それは……『音』が、聞こえたから、です」


「『音』……つまりは君の『異能』ということだね?」


「ハ、ハイ……。それに、貴方のように『正義の味方』として人を助けることが、亡くなった兄の夢だったんです。 だから……!」


 カトリーヌはまるで懇願こんがんするかのように前に乗り出した。


「しかし、無茶をするのは良くない。最悪死ぬかもしれなかったのだぞ?」


「ソレハ、最初から覚悟の上です。

 そもそもこの音は、元はと言えば兄の能力。

 だからそれを受け継いだ私が、兄の夢を代わりに継がなければならないんです!」


 感情のせきが切れたまま、カトリーヌは畳みかける。

 ぶつけ様のない感情を目尻からあふれさせながら。


「……なるほど、事情は分かった」


 その様子を静かに見ていた仮面ウォリアーは力強く頷き、カトリーヌの肩に優しく手を置いた。


「――ならばその夢、私も相乗りさせてもらおう」


「エ……」


「正義の味方として傷ついた人々を助けたいという夢、私は立派だと思う。

 だが君一人でそれを叶えようとすることはひどく危険で、手に余るというのもまた事実だ。

 だからその夢、私も協力させてほしい。そして一緒に戦おう。

 かくいう私も、悪党を倒すためには様々な人たちの協力が必要不可欠なんだ。

 例えばここにいる義堂刑事のようにな」


 仮面ウォリアーは義堂の方へと顔を向け、カトリーヌもそれに続く。


「ああ、もちろんだ」


 その二人に対して義堂は力強く頷いてみせた。


「この世には正義と平和を夢見る人間が少なからずいる。

 一人一人の力は決して大きくなくとも、正義の味方は君一人だけじゃあないんだ。

 だからたった一人で戦い、傷つく必要はない。

 どうか我々のことを信じて、一緒に戦ってはくれないだろうか?」


「イッショに、戦う……」


 カトリーヌは静かに、憧れの存在からの言葉を反芻する。



 ――日本に来てから、『音』の導かれるままに戦ってきた。

 私だけが、兄の「夢」と「正義」を継ぐことができるのだと信じて。


 でも今日、私の他にも戦っている人たちがいることを知った。


 カトリーヌは痛めた拳をぎゅっと握る。


 ――そうだ、思い出した。

 私たちの知る『仮面ウォリアー』もまた、周りの人たちに支えられながら戦ってきたんだ。


 彼が本物の『仮面ウォリアー』かどうかは、分からない。

 しかしたとえ偽物だとしても、この人たちと一緒なら――!



「……ハイ、分かりました。私も一緒に戦わせてください」


 涙を潤ませながらも、力強い瞳でカトリーヌは宣言する。


「……ありがとう――!」


 共に戦うという彼女の決意に、仮面ウォリアーは握手で応えたのだった。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




「……うん、怪我の方も問題ナシ。

 おめでとうカトリーヌ君。今日を以って君は退院だ」


「アリがとうございます。ヒムニス先生」


 事件から一週間後。


 カトリーヌは当初入院していた早応そうおう大学付属病院へと戻り、そして退院の時を迎えていた。

 彼女の怪我は通常であれば完治までに数か月は必要なものであったが、英人の『異能』(だとカトリーヌが思っている)によってわずか一週間で回復することができた。


「まあ退院とは言っても、君の『異能』についてはまだまだ経過観察をする必要がある。

 だからしばらくは週に一回のペースで来てもらうことになるから、よろしくね」


「ハイ、分かりました」


 しっかりとした口調で、カトリーヌは返事をした。


 今回の事件、世間的には彼女が『リアル仮面ウォリアー』であることは伏せられ、事件のいち被害者ということになっている。

 とはいえ国としても彼女ほどの『異能者』をこのまま放っておくわけにもいかず、最終的にはヒムニスが保護観察の任に就くこととなった。


「君のように突然発現した『異能』に振り回されてしまう人間を、私は数多く見てきた。

 しかしだからこそ私はその対処法についてもよく知っているつもりだ。

 だからゆっくり、そして少しずつ向き合っていこうじゃないか。

 そのかけがえのない『個性』に、ね」


 ヒムニスは血色の悪い顔で精一杯の笑みを浮かべる。

 胡散臭うさんくささ極まる表情であるが、その方がむしろ彼らしいとも言えた。


「『個性』、ですか……?」


 カトリーヌはキョトンと目を丸くする。

 言われてみれば確かにそうかもしれないが、『異能』という力をそう捉えたことは今までなかった。


「ああ。

 そもそも君がお兄さんの能力を受け継いだ件についてだが、私はこう考えている。

 それは兄から受け継いだ能力ではなく、自身が元々持っていた能力が開花したもの……とね」


「ソレはどういう……?」


「『異能』というのはその人間の心の持ち様一つで発現の仕方が大きく異なってくる。

 例えば同じ炎に関する『異能』でも、放火向きになったり暖房向きになったりとね。

 だから今回の場合、兄を失ったというショックそのものが君にとって新しい能力を発現させる土壌となった。

 さらに『仮面ウォリアー』の本場である日本という場所が、最終的なトリガーとなってしまったんだ」


 ヒムニスはコーヒーを口に運ぶ。

 仮にも診察中なのに患者の目の前で飲むのはどうなんだろう? とカトリーヌは思ったが、いちいちツッコむことはしない。


「ツマリ……これは、元々私の『異能』?」


「『異能』についてはまだまだ研究途中だから、断言はできないけどね。

 だが追い詰められた精神状況が『異能』の中身すらも変質させてしまった可能性は高い。

 だからこそ、君はその『音』を無視することができずに孤独な戦いに没頭するようになってしまった。

 けどそれは、良い方向にも『異能』を変えられるということも示している」


「能力を、変える……」


 カトリーヌはスカートの裾を、少しだけ握りこんだ。


 この『音』がなくなってくれたら、と思う時は何度かあった。

 でもこれは自分にとっていわば兄の形見のようなもの。

 それを変えてしまうというのは、どうしても抵抗がある。


「なに、変えると言っても君の精神に悪影響を与えていた部分についてだけだ。

 おそらく、その力は君に一種の自己暗示を与えていた可能性が高い。『何がなんでも自分の力で助けろ』といった風にね。

 君のお兄さんだって、いくらなんでもそのようなことは望んではいないはずさ」


 ヒムニスの言葉を聞いて、カトリーヌはかつての兄を思い返す。


 確かに、『音』に苦しんでいることもあった。

 でも決して振り回されることはなく、兄は『音』と向き合いながら一人の警察官として事件を解決していたではないか。

 警察内外で、色んな人の手を借りながら。


 ああ、そうか。だからこそ私は、兄の姿に『仮面ウォリアー』を重ねたんだ。

 皆と一緒に戦っている、あの後ろ姿に。


 なら、私の答えも一つだ。



 カトリーヌはゆっくりとその顔を上げる。


「……ワカリました。

 私、この『力』ともっと向き合ってみます。

 私のために、そして、兄のためにも」


 新たな決意と覚悟を胸に、『仮面ウォリアー』は力強く答えた。




 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇




 病院を出て自宅に向かっていると、突然スマートフォンが鳴った。

 画面に表示されたのは、カトリーヌの母の名前。


『もしもし、カトリーヌ?』


 出てみると、懐かしい母国語の声が通話口から響いてきた。


『あ、お母さん。どうしたのいきなり?』


『どうしたの、じゃないわよ。

 貴方が入院したって聞いたものだから心配で心配で……。

 で、怪我は大丈夫なの!?』


 その声は少し震えて、さらに上ずっている。

 どうやら相当に心配をかけてしまったらしい。


『うん、ついさっき退院したところ』


『それならいいのだけど……貴方、お兄ちゃんと同じで無茶する所があるから心配なのよ。

 最近は連絡も中々寄越さないし』


『う……ごめんなさい』


『それに……貴方がいない間も色々あったのよ?』


『色々?』


『近くに赴任ふにんした新人警官の人たちが、家に尋ねてきてくれたのよ。

 皆お兄ちゃんに憧れて警察官になったと言って……挨拶に来てくれたの。

 中には直接助けてもらったっていう子もいたわ』


『――!』


 母の言葉に、カトリーヌは思わず口を押さえた。


『私、つい涙ぐんじゃってね……お兄ちゃんのやってきたことは、ちゃんと受け継がれているんだなって』


『うん……! うん……!』


 とめどなく、両の瞳から涙が溢れた。

「正義の味方は一人じゃない」という『仮面ウォリアー』の言葉の意味を、改めて実感する。


『正義』も『夢』も受け継がれ、伝播でんぱしていくものなんだ。

 だから、一人じゃないんだ――。


『次帰ってきた時は、お兄ちゃんのお墓も見に行ってあげて頂戴。

 きっと、喜ぶと思うわ』


 優しい口調で、カトリーヌの母は話す。


 そういえば兄の遺体を埋葬してから一度も、カトリーヌはお墓を見に行ったことはなかった。

 なんだか兄の死を直視してしまうような気がして、足が向かなかったのだ。


『うん。次帰ったら、必ず行くよ』


 でも――もう逃げない。


 確かにその全てを受け入れるのは、まだまだ辛い。

 けど、この『異能』と一緒にちゃんと向き合うと決めたから。




 母との電話を終えたカトリーヌは、再び歩き出す。

 すると通りがかった公園の方から、子供の声が聞こえてきた。


 それは男の子と女の子の声。

 覗いてみると、その二人は仲睦まじい兄妹のようだ。


「俺、大きくなったら仮面ウォリアーみたいな正義の味方になる!」


「兄ちゃん、すごい!」


 目に入ってきたのは、何十年も昔から子供達の間で繰り返されてきたやり取り。

 かつての二人も、そうだった。


 あの子たちはこれから、どうなるのだろう。


 夢を叶えてしまうのだろうか。

 それとも、別の新しい夢を見つけるのだろうか。

 いや、もしかしたら夢そのものを忘れてしまうかもしれない。

 

 けれど。

 たとえ、そのいずれかでもないのだとしても。


「……頑張れ」


 カトリーヌは静かに呟く。


「――『私も、頑張るから』」


 最後に響いたのは、美しいラトビア語であった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る