異能バトルはなろう系の中で⑨『力技の一号』

「ほ、本物の仮面ウォリアー……?」


 片膝を突きつつ、カトリーヌは口を開いた。


 確かに、その声はテレビの中の『仮面ウォリアー』そのものだ。

 でもその声は演じている俳優のものであって……いやでも実際に中にいるのはスーツアクターのはずだから……。


 かすむむ意識の中で、カトリーヌは戸惑っていた。


「大丈夫か! 仮面ウォリアーよ!」


 しかしそんな混乱を吹き飛ばすように、再び力強い声が響いてきた。


 二号って……もしかして、私のことなのだろうか?


「遅れてすまない……しかし、よく戦ってくれた。

 後は私に任せてほしい」


 状況が飲み込めずキョトンとしていたカトリーヌの手を、仮面ウォリアーは力強く握る。


「ハ、ハイ……」


 あまりの状況の変化にカトリーヌはコスチュームを着ていることも忘れ、素の声で返事してしまった。


 それに対して仮面ウォリアーは力強く頷き、

「悪党ども! 次は俺が相手だ!」と再び恭弥たちの方へと振り返った。


 その佇まいは、テレビに映る仮面ウォリアーと寸分の違いもない。


「仮面ウォリアーの次はまた仮面ウォリアーって……天丼かよ」


 二人の様子を見ていた若島わかしまはやれやれと髪をかき上げ、

「兄貴! こいつもやっちゃっていいですよね!?」と背中越しに恭弥に尋ねる。


 恭弥きょうやは声を発することなく静かに頷いた。


「うし! じゃあいくぜ、仮面ウォリアーさんよぉ!」


 そう言うと若島は今度は札束を五つ取り出し、口に放り込んだ。

 しめて五百万。その金額に比例するように、肥大化していた筋肉はさらなる膨張を始める。

 肉の上に肉の鎧を積み重ね、最終的にはまさに「肉の化物」といった風貌になった。


「俺の『異能』は、金を食った分だけ強くなる能力! 

 その仮面ごと、頭をカチ割ってやる!」


 腕を大きく振りかぶり、若島は拳を繰り出した。

 常人の何十倍にも強化された拳と腕が、周囲を吹き飛ばす程の風圧を放ちながら仮面ウォリアーに迫る。


「軽い!」


 だが仮面ウォリアーは難なく受け流し、


「ウォリアーパンチ!」


 カウンターで強烈な正拳突きを放った。

 自慢のパンチを受け流されたことに若島は僅かに驚くが、冷静に相手の反撃への対処を行う。

 その方法は至って単純――ただ全身の筋肉に力を込めるだけ。

 自身の『異能』によって強化された鋼の肉体に、若島は絶対の自信を持っていた。


 しかし、その自信は刹那の後に崩れ落ちる。


「グ……ハ……ッ! な……!?」


 筋肉の鎧に覆われたはずの腹から、鈍い痛みが伝わってきたのだ。


 一体、何が起こったというのか?


 顔を下に向けてみると、腕がめり込んでいた。

 肘まで届こうかというほどに。


「……ぐふっ」


 内臓が破れる音が体内に響き、血が食道を遡って口から溢れ出す。

 その赤色を拝みながら、若島は前のめりに地面に倒れた。


「……まずは一人」


 気を失った巨体を踏み越え、ヒーローはゆっくりと歩き始める。

 纏うオーラは、まさしく「強者」。


「……!」


 こいつはヤバイ、と思った三原がこっそりとカトリーヌの方へと近づこうとする。

 弱った彼女を人質にするためだ。


 だがそれを見逃す『仮面ウォリアー』ではない。


「――!」


「ああ! こっちは任せろ!」


 その言葉と共に一人の警察官が倉庫内へと入り、カトリーヌの前に立ちはだかった。

 神奈川県警捜査一課課長補佐、義堂ぎどう誠一せいいちである。


 彼は警察手帳を掲げ、


「私は神奈川県警所属の義堂という者だ!

 ここは大人しく投降しろ!」


「なッ……け、警察!?」


「ヤ、ヤバくない!?  これ!?」


 警察、という響きに真希まき三原みはらは一瞬うろたえた。

 さしもの『異能者』も、公権力を目の前にしては動揺を隠せない。


「ハッ、だからなんだ? そんなもの些細な問題にもならない。

 ただ俺たちはなんの区別も差別もなく殺すだけ。

 そうだろ? 二人共」


 しかし、そのような状況でも恭弥だけは超然とした態度で不気味に待ち構えていた。

 その姿を見て、二人も落ち着きを取り戻す。


「義堂刑事! 私はリーダーと少女をやる!

 だから貴方はその男を頼む!」


 仮面ウォリアーは構えを取り、義堂に向かって叫んだ。


「ちょっ……おま『大丈夫だ! 貴方なら勝てる!』……全く、勝手なことを言う!」


 まさか丸投げされるとは思っていなかった義堂は、困り顔で頭を掻いた。

 とはいえ相手は三人、一人だけでも引き付けて『彼』の負担を減らすに越したことはない。


 義堂は改めて、目の前の男を見た。


 見た目はおそらく二十代半ば。体格からして武道経験者ではないようだが……間違いなく『異能者』。


 体内から湧き上がる緊張を飲み込み、義堂は構えた。


「相手が警察だろうと、やってやる……!」


 対する三原はナイフを構えつつ、じりじりと距離を詰めてくる。

 どうやら間合いに入った瞬間、一気に勝負を決めるつもりのようだ。


 対峙して数秒。

 ある程度間合いを詰めた時、三原は笑みを浮かべた。


「……へへ。どうだ、驚いたろう?」


「……! 彼の姿が……!」


 カトリーヌは驚きの声を上げる。

 それもそのはず、突然三原の姿が八人に増えたからだ。


「俺の『異能』は『七人増えても大丈夫マイルドセブン』。相手に最大七人の分身を見せる能力だ。

 つまりお前達は今、実際には存在しない幻影と声を見ているのさ!」


 八人の三原は義堂を完全に取り囲み、その輪を徐々に縮めていく。


「イケない! もう逃げてください! 私のことはもういいですから!」


 八つの方向から響く三原の声に対し、カトリーヌは声を荒らげた。

 おそらく何の『力』もないこの刑事では歯が立たない、そう考えてのことだ。

 彼女からすれば至極当然の結論である。


「それはできない相談だ。

 仮にも警察官が、一般市民を置いて逃げることなど絶対にあってはならない」


 しかし、義堂は引かなかった。

 構えを崩さず、絶えず体の向きを変えながらひたすらに敵の攻撃を待つ。


「そいつは、カッコいいねぇ。だがその威勢も……ここまでだ!」


 吠えるような声を上げ、八人の三原は同時に斬りかかった。


 最大七体の分身と同時に声を出し、攪乱してから確実に相手の急所を突く。

 これこそが三原の勝利の方程式。


 今回も分身を利用して上手く相手の背後へと回ることができた。

 背中から急所を突くのは難しいが、こちらはナイフ。

 一撃でも与えられればこちらのもの――!



 そして数秒後。



「………………は?」


 三原の体は地面に押さえつけられていた。

 腕は極められ、完全に身動きを封じられている。

 あまりにも想定外すぎる状況に、脳の処理が追い付かない。


 完全に後ろを取ったはずなのに……?


「な、なんで俺が本体だと……!?」


「どうやら俺にも『異能』があるみたいでな……友人によると、幻術の類は効かない能力らしい。自覚は全くないのだがな。

 それはともかくとして……午後八時三十七分、容疑者確保!」


 その言葉と共に、三原の腕に手錠が掛けられた。





「仮面ウォリアー! こっちはもう大丈夫だ!」


 義堂の言葉を背中越しに聞き、仮面ウォリアーは再び目の前の敵に集中した。


 手前にはギャル、そして奥には(おそらく)このグループのリーダー。

 三人はしばらく対峙していたが、最初に痺れを切らした真希が前に出た。


「……恭弥さん、ここはワタシに任せて」


 彼女は恭弥からの返事も聞かず、そのまま仮面ウォリアーの前に立ちはだかる。


「こうなったら……ワタシの『とっておき』、見せるから!」


 そう言うと真希は思いっきり口を開き、何個もピアスのついた長い舌を見せつけた。


「……そのアホ面が、君の『とっておき』なのか?」


「ち、違うし! 見てなよ~これをこうして……取れた!」


 真希は自身の舌から取り外したピアスを「喰らえ!」と投げつけた。


「……?」

 

 仮面ウォリアーは難なくキャッチするが、それを見た真希はニヤリと笑う。


「そんなバカ正直にキャッチしちゃっていいのかな~?

 ワタシの『異能』は『飴玉爆弾なめたらアカン』!

 口に入れて舐めたものを爆弾にする能力で、威力は舐めた時間が長いほど強くなるワケ!」


 真希は勝ち誇ったように胸を張る。


「ちなみにその舌ピアスは二週間舐め続けたものだから!  

 つまり昨日のビル爆破が大体十日だから……もうかなりすごいことになるかも!

 もちろん起爆はワタシの自由!」


 この距離でそんなものを起爆したら自身も巻き添えを喰らいそうなものだが、それには気付かず真希は両手を広げ無邪気に「ボカーン!」と叫ぶ。


「それはなんというか……汚いな」


 仮面ウォリアーはピアスを持つ手を顔から遠ざけた。


「き、汚くないし! 

 うう~もういい! 『吹っ飛んじゃえ』!」


 イラついた表情を浮かべ真希はスマートフォンの画面を強めにタップする。

 どうやらあれが起爆スイッチのようだ。


 しかし、なんの反応もない。

 廃倉庫内には静寂だけが広がる。


「あ、あれ……?」


 不審に思って今度は画面を連打する真希。

 しかしそれでも何の反応もない。

 タタタタ、とタップする音だけが虚しく響く。


「ど、どうして……!」


「……ふ、残念だったな。

 このピアス、君が舐める前の状態に戻させてもらった!

 つまりこれはもうただの綺麗なピアスだ!」


 自信満々に仮面ウォリアーは宣言した。


 「は、ハア!? なにそれ……っ」


 想定外の出来事に、真希は驚く。

 しかし言葉を最後まで言い終える前に、背後からの手刀で気絶した。


「うっ……」


「これで二人目。

 そして最後はお前だ!」


 その場に倒れ込む彼女を、仮面ウォリアーはゆっくりと地面に寝かせる。

 そのまま近くにあった縄で真希に猿轡をさせた後、再び立ち上がって恭弥を指さした。


 対する恭弥はしばらく退屈そうにソファーに座っていたが、


「……ったく、しょうがねぇな」

 と面倒そうに立ち上がった。


「――ハァッ!」


 瞬間、先手必勝とばかりに仮面ウォリアーの蹴りが迫る。


「んっ」


 風を切る轟音と共に迫るその脚を、恭弥は受け止めた。


「――っと危ない。

 おいおい、ヒーローが不意打ちなんかしていいのかよ?」


「真正面からの蹴りだ。この程度、不意打ちには入らんだろう」


 恭弥から脚を離し、仮面ウォリアーは再び構える。


「ハハッ! いいねアンタ……よし、俺も本気で相手してやるよ……死んでも恨むなよな?」


 鋭い笑い声と共に、恭弥は白いコートを脱いだ。


 その下にあったのは、ルーズに着こなした黒いシャツ。

 そして――


「な、なんだあの体は……!」


 その隙間から覗く真っ白な肌と、蛇のように浮き出た深紅の血管だった。


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