第二部:『英雄』と『人』
合同コンパ、略して合コン① 『お前とはいい酒が飲めそうだw』
六月中旬、中国語の講義終わりにて。
「お願いします八坂さん! 今日の合コンに来てくれませんか!?」
四人の男子学生が一斉に手を合わせて頭を下げていた。
「お、おう……」
用件を頼み込んでいる相手は異世界帰りのアラサー大学生こと、八坂英人。
いきなりの依頼に、英人はどうしたものかと戸惑った。
季節は梅雨の真っただ中。
雨こそ降っていないものの、窓の向こうの空は分厚い雲が覆っている。
頼んできた四人の内二人は、語学クラスのクラスメートだ。
全く話さないこともないのだが、会話の内容は事務的なものばかりなので別に親しいというわけでもない。
互いの関係性を聞いたら、間違いなくどちらも「ただの同じクラスの人」とだけ答えるだろう。ちなみに残り二人は全く知らない。
まあそんな関係性なので、いきなり合コンに出ろって言われても困る。
それにもし行ったとしても二十前後の集団の中に二十八歳の男が一人、完全に浮くだろう。
そもそも同年代の男子学生など、それこそいくらでもいるはずだ。
……もしや、こいつら俺を引き立て役にするつもりじゃなかろうな?
英人はそう邪推するが、その反面行ってみたい気持ちもあった。
というのも生まれてこの方、「合コン」というものに行ったことがないのだ。
高校生時代以前はもちろん、異世界でもそんな概念はなかったので言わずもがな。
そもそもそんな余裕もなかったが。
今は大学生だが、それでも機会に恵まれず未だに行けずじまい。
二年生になってようやく初めて誘われるといった具合である。
「向こうはかなり可愛い子を揃えてくれているらしいんです!
だからこっちも人数揃えないとマズいんですけど、一人体調崩しちまって……だから頼みます!」
改めて頭を下げてくる四人。ここまで頼み込まれると、さすがの英人も弱る。
……しかし可愛い子、かあ。
英人は周囲の女子を思い浮かべる。
アルハラサークル代表、オカルト好き文学少女、膝枕強要猫娘、あとミスガチビンタetc.……
少ないといえども、なんやかんやで周りには容姿の良い子たちが揃っている。
だが……全員キャラが濃くない? 普通が一番よ普通が。
となるとやはり、今回の話はいわゆる普通の大学生に出会えるチャンスかもしれない。
……行ってみるか。
「分かった。行くよ」
「マジっすか!? ありがとうございます!」
というわけで英人は人生初の合コンに参加することになったのだ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
現在時刻、19時10分。
男子五人と女子五人が大学近くの居酒屋に集まってから、十分ほどが経った。
ちょうど飲み物も届いたので乾杯といきたい所なのであるが……
「……」
「……」
席では、やや気まずい雰囲気が流れていた。
それもそのはず、英人のことを親の仇のように睨みつける女子が一人。
「……なんでこの男がいるワケ?」
そう皆さんおなじみ、
横から視線がガンガン突き刺さるのを感じるが、英人は頑なに目を合わせない。
多分、いま合わせたら面倒なことになる。
「い、いやー病欠した奴が出ちゃってさー。八坂さんはそのヘルプってわけなのよ」
「えーそれじゃあ
「ざんねーん」
女子の方からはブーイングが上がる。
どうやら女子の目当ての一つは「幹也」なる人物のようだ。
その名前には英人も聞き覚えがある。確かフルネームは
四月に入学した一年生で、今年のミスター早応の最有力候補だとか。つまりはイケメンということである。
(そんな奴の埋め合わせで俺を呼ぶって……こいつらも中々チャレンジャーだな)
そう思いながら男子の方を眺めると、必死に場を盛り上げようとしている様子が見えた。
「ほら、まずは乾杯しようよ乾杯!」
「そうそう」
「楽しくやろーよ!」
「ほらジョッキ持って!」
幹事である男子がジョッキを持ち乾杯を促し、他の男子もそれに続く。
なんだかんだ場慣れはしているのだろう、多少は雰囲気を盛り返してきた。
そうして全員がジョッキを持ち上げた所で……
「「「「「「「「カンパーイ!」」」」」」」
「……乾杯」
「カンパイ」
盛大に乾杯をし、合コンはスタートした。
……もっとも、英人と瑛里華だけはテンションがやや低かったが。
「おい、彼女が参加するなんて聞いてないんだが」
乾杯を終えた後、すぐさま英人は隣に座る幹事に小声で詰め寄る。
「あ、あれ~言ってなかったっけな……アハハ」
(コイツ……仲が悪いのを承知の上で呼びやがったな)
すっとぼける幹事を英人は横目で睨む。
恐らく、彼らの狙いは瑛里華なのだ。
だから少しでも倍率を上げるために英人に参加を頼んだということなのだろう。
文句の一つも言いたくなるが、まあせっかくの席をぶち壊すわけにもいかない。
幸い、瑛里華と英人の席は離れている。
意識しなければ何とかなると思い、気持ちを切り替えて正面に座る女子へ目を向けた。
それは、絹のような白い髪に金色の瞳を持った女性だった。
目は切れ目気味だがパッチリと開いており、鼻筋も通っている。座高から察するに背も相当高い。
おそらく、北欧あたりの出身なのだろう。
というかまさかの外国人である。
……あれ? 意外と参加者もキャラが濃い?
「じゃあまずは自己紹介からいきますか!」
そう考えながら英人が目の前の外国人女性を見つめていると、幹事が立ち上がった。
「まずは今回の幹事を務めさせていただきます、経済学部二年の
その快活な話し方は、まさにフレッシュな大学生といった感じだ。
他の男子三人も簡単に自己紹介を終え、次は英人の番。
とりあえず前の四人に倣って立ち上がり、自己紹介を始める。
「経済学部二年、
こういう時は何か面白いことを言うべきなのかもしれないが、終始瑛里華からの視線が突き刺さっていたので断念した。
お次は女子の自己紹介だ。
「経済学部二年、
英人を睨みつける表情から一転、にこやかな笑顔で自己紹介をする。
このあたりの切り替えはさすがといったところだろう。
「同じく経済学部二年の
英人が以前見かけた瑛里華の女友達も今回は参戦しているらしい。元気に自己紹介をする。
そこから女子が順番に自己紹介をしていくわけだが、いずれもそのレベルはなんだかんだいって高い。
男子が人数集めに必死になるのも分かる。
そして最後に、英人の前に座る外国人女性が立ち上がった。
「エーと……ワタシは経済学部二年の、カトリーヌと言います。ラトビア出身です。どうぞよろしくお願いします」
その自己紹介は最初こそ発音が外国人ぽかったものの、それ以降はとてもきれいな日本語だった。
「すごーい! 日本語上手―!」と男子側からも合いの手が上がる。
カトリーヌの自己紹介が終わると、それぞれが近くの相手と雑談を開始した。
英人が気付いた時には既に他の八人が一対一になって話し始めている。
これが経験の差か……と気後れしながらも、目の前のカトリーヌにとりあえず声を掛けてみた。
「えーと……カトリーヌ、さん? さっきの自己紹介、すごい日本語上手だったね。日本に来てから何年くらいになるの?」
とりあえずベタな質問でお茶を濁す。
「コノ大学に、入ってからなので、一年と、三か月ほどになります」
日本語の文法や単語を確認しながらなのだろうか、カトリーヌはゆっくりと区切り区切りで話す。
まだ完全にマスターしたというわけではなさそうだ。
「でもそれだけの期間でこんなに上手になるなんてすごいよ」
「イイエ。元々ラトビアにいた時から、勉強していたので……十年くらい掛かってようやく、このような感じ、です」
「ということは……元々日本に興味があったの?」
「ハイ。好きなことがあったので、日本には昔から、行ってみたいと、思ってました」
カトリーヌの言葉に英人はへぇーと頷く。
確かに、外国人が日本の文化、風習に憧れて日本に留学に来るなんて話はよく聞く。
アニメ・マンガ・ゲームなんかはその最たるものだ。おそらく彼女もその口なのだろう。
英人もその辺りのサブカルについてはそこそこ詳しいので、早速深堀してみる。
「好きなことというのはアニメ? マンガ?」
「チガイ、ます」
どうやら違ったらしい。
少し期待していた英人は心の中でズッコケたが、諦めずに聞き続ける。
もしかしたら、自分も知ってる趣味かもしれない。
「えーと、じゃあなんだい?」
「イイたく、ないです」
――え?
いきなりの拒絶に英人は思わず固まった。
どうやら開始数分で壁を作られてしまったらしい。
周りはあんなにも盛り上がっているのに、この差は何なのだろう。
どう考えても「カルチャーギャップ」といった言葉で片付くような拒絶具合じゃない。
……俺、もしかしてがっつき過ぎた?
「――アアアアッ! 違います!
別にあなたが嫌いだから言いたくないではないです!」
英人がショックを受けた様子を察したのか、カトリーヌは慌てて手を振ってフォローした。
「ヘーキヘーキ。気を使わなくても大丈夫だから」
しかし英人の表情には薄っすら影が差している。
「ダカラそういう意味ではなくて――アッ」
その表情を見てカトリーヌはさらに勢いよく手を振った。
だがその時、振っていた手がグラスに当たって中のカシスオレンジが零れてしまった。
「アアすみません!」
「いや大丈夫。そっちこそケガはない?」
幸い倒れたグラスは英人がすぐに戻したので、大事には至っていない。
多少はテーブルの上に広がってしまったが。
「ハイ大丈夫です。すぐに拭きます」
カトリーヌは慌ててハンドバッグからハンカチを取り出そうとする。
しかし相当焦っていたのか、ハンカチに引っ掛かって中に入っていたポーチが一つ、テーブルの上に落ちた。
それはキーホルダーが何個かついた、白いシンプルなデザインのポーチだったが、その中のひとつに見覚えのあるキーホルダーがあった。
「それって……仮面ウォリアー……?」
「!?
ハイ! そうです!」
カトリーヌは驚いたのか、すごい勢いで顔を上げる。
「もしかして好きなことって……」
「ハイ。仮面ウォリアー、です」
カトリーヌは少し赤くなり、頷いた。
仮面ウォリアーとは、日本で何十年も続いている特撮シリーズだ。
内容としては主人公が仮面を被ったヒーローに変身し、怪人を倒すというもの。
何十年も続いているシリーズというだけあって、英人もシリーズ全てを追えているわけではない。でもキーホルダーとなっているウォリアーはちょうど見ていたシリーズのものだったので、すぐに分かった。
「そのキーホルダー、仮面ウォリアーシャイニングだよね? 俺も昔見てたよ」
「ハイ! 私これが一番好きなんです!」
さっきまでの表情が嘘のように、カトリーヌは目を輝かせて反応する。
「主人公の
「ソウなんです! 平成ウォリアーでは珍しい兄貴肌で人情味あふれる主人公、というのがこの作品の最大の売りなんです!
そもそも平成ウォリアーは基本的には現代の価値観に準じた性格をしていて、そのほとんどが優しいお兄さんとか「やれやれ系」なんです。
でもシャイニングはその風潮に真っ向から立ち向かうようなまるで昭和の劇画のような性格で、そこが魅力的なんです。
もちろん主人公以外にも怪人である『ジャハム』や舞台となる異世界『ヴァナヘイム』といった世界観の設定も
そしてそれ以外にも……」
まるで洪水のようにカトリーヌは一気にまくしたてる。
さっきまでの途切れ途切れの話し方はどこへやら。
やはりオタクが自分の得意分野を話すときは早口になるのは万国共通なんだな……と思いながら英人は彼女の話を聞いていた。
「じゃあそろそろ席替えしましょー!」
カトリーヌと話し始めてから約三十分後、幹事が声を上げた。
どうやら席替えタイムのようだ。
「ア……すみません。私ばかり話しちゃって」
カトリーヌは恥ずかしそうに顔を赤くする。
「いや全然。楽しかったよ」
英人は微笑む。
実際、熱心に話すカトリーヌの姿見るのは楽しかった。
やはり互いが共通して好きなことを語り合うというのは、いいものだ。
ア〇ゾンプライムで今度別シリーズも見てみるかな……
そんなことを考えていると、幹事が
「……これは?」
「席替えのクジですよ。ささ、引いてください」
席替えで移動するのは男子だけで、幹事が手に持つクジは五本。
つまり最初に引くのは英人のようだ。
待たせるわけにもいかないので早速引いてみる。
袋の先に書いてあったのは、数字の1だった。
「これは……」
「一番ということは……あそこの席ですね」
そう言って幹事が手を向けた先は……
「……何よ」
ミスガチビンタこと
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