なんで私が早応大に!?②
「よし、じゃあ今日も始めるぞ」
「はいはい」
英人が隣に座ると、美智子はなんとも面倒くさそうに机から起き上がる。
これでも英人が家庭教師を始めたばかりの頃に比べれば、いくらかマシな反応だ。
その高身長とモデル顔負けのスタイルは本来であれば十七歳という年齢に比べてかなり大人びた、というか色気のある印象を与える。
しかしそういった「デキる女っぽい」外見とは裏腹に性格は超がつく気まぐれのめんどくさがり屋。
要するに猫みたいな性格であり、見た目とのギャップが大きい娘だな、というのが英人の第一印象だ。
またそんな性格なので勉強は進んでやる方ではなく、成績は下の上から中どまり。科目によっては赤点を何とか回避しているという現状である。
美智子の通っている女子高、早応大学女子高等学校は付属校なので卒業さえすればエスカレーター式でそのまま早応大学に入ること自体は可能だ。
しかしやはり留年なんて事態は避けたいところであるし、高校の成績によってはせっかく進学しても行ける学部が限られてくる。
美智子の両親としてもそのあたりを危惧して、家庭教師のあっせんをヒムニスに頼んだのであろう。
ともかくやる気がひと欠片でもあるうちに進めてしまおう。そう思い英人は机に参考書とノートを広げた。
「んじゃまずは前回の復習から始めるぞ。世界史の教科書を開いてくれ」
「はいよー」
再び間の抜けた返事が返ってくる。
英人は自身の調子が若干狂うのを感じながらも、授業を開始するのだった。
………………
…………
……
「――アレクサンドロス大王率いるマケドニアがアケメネス朝ペルシャを破ったガウガメラの戦いは、紀元前331年。
『ガメラ
授業を開始してからしばらく。
英人は参考書の解説を続け、美智子はそれを黙々とノートに取っている。
語呂合わせについては完全に英人のオリジナルだ。大学受験の時に自分で作っていたものをそのまま流用している。
「ガメラ3再放送……ガメラって何?」
その質問に英人は思わずショックを受ける。
こ、こいつガメラを知らないのか……!?
英人とて平成ガメラをリアルタイムで見たギリギリの世代であるが、やはり10歳以上もの年齢差は大きかった。
「どったの先生? ……というかそれより疲れたー。そろそろ休憩しない?」
英人がジェネレーションギャップの現実を突きつけられてひるんでいたところ、美智子は再び机に突っ伏し始めた。
既に授業を始めて一時間たつ。
一説によると人間の集中力は五十分程が限界らしいのでここらが潮時だろう。
「失礼します。お茶のお代わりをお持ちしました」
英人がいったん授業を切り上げようとした時、部屋が開き青葉がティーセットとともに参上した。
茶葉の匂いだろうか、どことなく甘い香りも漂ってくる。
「ありがとうございます。
じゃ、一旦休憩にするか」
「やたー!」
ちょうどよいタイミングであるので、二人はそのままティータイムに入ることにした。
「うーん、やっぱり青葉さんが入れてくれる紅茶は最高だよねー」
ほっこり顔をしながら紅茶を飲む美智子。英人もここに来た際は毎回ごちそうになっており、密かな楽しみにしている。
彼自身紅茶に関してそれほど詳しいわけではないが、それでも香りといい味といいかなり上質な茶葉を使っているのが分かる。それに加えて青葉が茶葉の旨味を存分に引き出した淹れ方をしてくれているのだろう。
「先生ってさ、今一人暮らし?」
英人が通ぶった顔をして紅茶を堪能していると、ふと美智子がそんな質問をしてきた。
今までも「彼女いるのー?」とか「大学ではぼっちなのー?」とか心無い質問攻めに遭うこともあったが、なんとなく今の聞き方はいつもとは毛色が違う。
「三月からな。だから家賃を稼ぐために今こうして家庭教師をやっている」
「じゃあちょっと前まで『子供部屋おじさん』ってことじゃん(笑)」
……止めてくれ美智子、その言葉は俺に効く。
美智子の言葉に英人はうろたえる。
美智子はそんな英人の様子をネタにして少し笑った後、
「……実家から離れて暮らすのって楽しい?」
再び言葉のトーンを元に戻した。
「うーん……ぶっちゃけ人によるとしか言えないな。
とりあえず自立したい! って奴なら楽しいかもしれないが、そうじゃなければ学生のうちはよっぽど実家と学校が離れてない限り、する必要はないと思うぞ?」
決して自己弁護しているわけではないぞ、とでも言いたいように英人は持論を展開する。
「ふーん」
「お前は一人暮らししたいのか?」
「……分かんない」
「だったらやめとけ。親御さんも心配するだろうしな」
「……そうなのかな」
いつものマイペースな美智子らしくない回答に英人は少し違和感を覚えたが、疲れているだけだと思い特に気にはしなかった。
「……よし、そろそろ再開するか」
「はーい」
結局、その日もいつも通り授業を終えた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
次の日、英人は書店で本を見るために横浜に来ていた。
別に大学や英人の自宅周辺にも書店はあるのだが、やっぱり大きい街にある書店の方が規模も大きいし品ぞろえも良い。
それに毎週この日は講義が終わる時間も遅いので、横浜で本を見てからついでに夕飯も外で食べるというのが英人のちょっとした習慣になっていた。
地下にあるホームから地上に出ると、辺りはもう暗かった。
駅周辺は仕事終わりのサラリーマンや繁華街に遊びにきた学生でごった返しており、さながら大都会の本領発揮、といった雰囲気だ。
その雑多な景色を堪能しつつ、英人は書店を目指して人ごみをかき分けながら進む。
すると、ある光景が目に入った。
「なあなあ、俺らと一緒にご飯いこーよ。
いい店知ってるからさ!」
「もしおなか空いてないんだったらお茶でもいいし!」
「あとカラオケとかダーツとかで遊ぶ?」
男三人が女一人ににグイグイ詰め寄っている。
……つまりはナンパというやつだ。
確かに今でも「今日ナンパされた!」みたいなつぶやきはSNSでもちょくちょく見かけるが、ここまで露骨なナンパを見るのはなかなか珍しい。
英人とて人生で初めて目の当たりにする光景だ。
せっかくだし「面白い酔っぱらいを見つけたから観察しよう」ぐらいの野次馬根性で、自身が巻き込まれない程度にその光景に近づいてみる。
(……ん?)
しかしある程度近づいたところで、英人は目を細める。何か様子がおかしい。
もしかして――その微かな疑念は、すぐに確信へと変わった。
「あはは……困ったなー」
そこには、見知った顔がいた。
服装こそ露出多めで高校生にしてはやけに背伸びしたものだったが、間違いなくあのナンパされている少女は英人の生徒である都築美智子だ。
英人は思わず大きなため息をつく。
「……ったく、こんなとこで何やってんだよ」
今夜の予定が狂った瞬間であった。
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