異世界の英雄よ、現実世界でもう一度

ヘンリー

一年後のプロローグ


 三月三十一日。


 それは出会いと別れのちょうど境目。

 本来であれば、桜がそれを祝福してくれるはずだった日。


 だが今目の前に広がる光景はビルの残骸や割れたアスファルト、そして死体ばかり。

 かつての大都会としての面影は既になく、そこにはもはや日常などというものは存在しない。

 まるで昨年まであった季節模様など所詮幻想であったと嘲笑あざわらうかのように、その景色はただひたすらに「死」という現実を主張している。


「――いよいよ最後か」


 そんな死と滅びの渦の中、一人の男がいた。

 血と砂埃で薄汚れたシャツに、一振りの剣。

 たったそれだけを携えたまま、その男は瓦礫に座り何をするでもなく目の前の光景をただ眺めている。


「大学二年最後の日が、まさかこうなるとはな」


 それはかつて異世界にて『英雄』と呼ばれた男。

 そして一度はその称号を捨てた男。


 男は今から生涯最大の敵に対し、生涯最後となるであろう戦いを挑みに行く。

 誰に頼まれるわけでもない。

 ただ、この世界に生きる人々を救うために。


「――なんで俺は、人のために戦うんだろうな」


 瓦礫から立ち上がりつつ、男は呟く。


 いつからだろうか、それは男が自分自身に問い続けてきた言葉。

 ずっと心の中で済ませてきた自問。

 だけど今回ばかりは口に出してはっきりと言わねばならない。


 男は元々、人間のことが別に好きでも嫌いでもなかった。むしろ無関心に近かったと言ってもいい。

 けれど異世界の『英雄』として様々な人たちと共に困難を打ち破り、男は人間というものを少しだけ好きになることが出来た。

 現実世界に帰還し、『英雄』でなくなった後もそうだ。今度はただの「人間」として、男は様々な人たちと触れ合い続けて来た。


 必死に生きた人達がいた。


 背中を押してくれる人達がいた。


 自分のことを好きだと言ってくれる人達がいた。


 だから。

 だから、俺は――――!



 剣を握る手に、力が入る。


 一度捨てた『英雄』を、再び手に取る。

 今度は紛れもない、自分の意思で。


 あの時よりも、ずっと重いと感じる。

 でも、もう二度と手放したりはしない。



「――俺はもう一度、『英雄』になる」



 男は再び『英雄』となり、死地へと向かう。



 そう、これは真なる『英雄』が生まれるまでの物語。


 その最後の一年間をつづるものである。

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