黎明の救国英雄譚

羽鳥(眞城白歌)

+ Prologue +

[序]ラディン=フェールザン


 踏み鳴らされる複数人の足音、ダンダンと乱暴に扉を叩く音。父は自分の肩に優しく腕を回し、奥へ行ってなさいと言った。


 自分は震えている。

 いやに冷静なもう一人の自分が判断する。


 音の主が恐いのではない。これから起きるだろうことへの、嫌な予感が身体を震わせているのだと。


 父が扉を開ける。

 恐い顔の騎士や兵士が家の中に雪崩れ込んでくる。


「——、——……!」


 彼らが何かを言った。

 聞こえない。憶えてないんだよと、またもう一人の自分が言う。


 父は頷いたように見えた。そして振り返る。

 優しく笑って、自分の肩に手を回し、父は囁くように言った。

 入り口に立つ恐い顔の他人たちには届かないように。


「いつか捜しに来てくれ。おまえには、真実を知る権利がある」


 目が熱くなる。理由わけなく涙があふれる。


「おまえの瞳は、きっとることができるから」


 言い残し、父は立ちあがった。

 別れを直感する。


「とうさん——!」


 叫んだ声が大人たちの心を動かすことはないと、知っていた。それでも叫ばずにはいられなかった。


 あれから十年。

 自分はまだ、あの日の約束を果たせずにいる。




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