第48話

「そうなんだ。父さんに心配かけたこと、謝っといて。もう少して落ち着いたらそっちに帰るから」

「帰って来るの?」

「ああ、そのつもりでいる。正月に帰らなかったし、今回のことで心配かけたから」

「いつ頃になるの?」

 母親は息子の帰りを楽しみにした。

「はっきりしてないけど、あと一ヶ月くらいかな」

 良壱は話の成り行きでそういってしまったが、もともと予定などしてなかった。

「わかったわ。でも帰る前にはちゃんと電話入れなさいよ」

「そうする」

 良壱は、電話切ってから視線を天井に向けて大きく息を吐いた。

「お母さん心配してたでしょ?」

「ああ」

「早く連絡すればいいのにさ。あたり前じゃない、誰だってひとり息子が入院したと聞いたら居ても立ってもいられないでしょ」

 清架は、自分の息子が不義理をしたかのように眉間に皺を寄せていった。

「俺だってそれくらいわかってるさ。でも俺には俺なりの理由があるから、そこんとこわかってくれよ」

「それはわかってるつもりよ。いま自分のしている仕事を内緒にしてるってことでしょ?」

「ああ、そういうこと。それより清架、ありがとう。君がいなかったら間違いなく俺は向こうに行ってしまっていた。仕事以外で本当に向こうに行ったらシャレにならない」

 良壱は照れ隠しのつもりか冗談めかした口調でいった。

「そんなことはいいんだけど、本当に躰のほうはいいの? あんまり心配かけさせないでよ」強い言い方だったが、いい終わったときの清架の目もとには安堵の色が浮かんでいた。「……で、これからどうすんの? もう店仕舞いしちゃうの?」

「いや、閉店するつもりはない。躰の調子が元に戻ったらこれまでと同じように宅配屋をつづけるつもりだ。だって、ほら、俺が休んでる間にこんなに以来が来ている」

 良壱はスマホの着信履歴を清架に見せた。幸いといったらいいのか、良壱が受けている宅配の仕事は配達先と受取人が特殊なこともあって、日にちを指定されることがない。依頼人はこちらの都合に合わせていつまでも待っていてくれるから急いで店を開けることはないのだ。

「確かに。でも、前にいってたじゃない、一件依頼をこなすと体力を消耗が半端ないって。もし本気で続行するのなら、アスリートのように毎日の食事から見直さないとまた同じことを繰り返すと思うよ。そのへんはどう考えてるの?」

 清架の言葉は厳しかった。でもそれは良壱の仕事を充分理解しているからのことだった。

「わかってる、清架のいってることはよおくわかってる。でもそれって結構難しいんだよな」

「何いってるの、プロとしてやるんだったらそれくらいの覚悟をしなさいよ」

「清架のいってることに反論の余地はないくらいまともだよ。でも、こうして病気になるとこれまで健常だったときのことを忘れて、自分でも不思議なくらい弱気になってしまい、考えることがすべてマイナス思考になってる」

 良壱はまともに清架に顔を見ることができなかった。

「だめ、そんなこといってちゃ。心配しないで、良壱の健康管理はこの私が徹底的に面倒見るから」

「ええ? そ、それってどういうことなんだ?」

 良壱は思わず首を傾げた。

「いってなかったっけ、私、栄養士の資格持ってるの。正直いってこれまで良壱の健康に関して真剣に考えてなかった。だけど、これからは本腰を入れてがんばるから」

「へーえ、清架、栄養士の資格持ってるんだ」

「そうずいぶんと前に取得したんだけど、なかなか活かせることができなかった。ここに来てようやく日の目を見ることができるわ」

 良壱の仕事をリスペクトしている清架は、やっと自分も貢献できる位置を見つけたようだ。大きな目を細めて嬉しそうにいった。

「それって清架が俺の躰を管理するために食事の世話をしてくれるってことなのか?」

「そう、そうよ」

「だって……」

 良壱は少し戸惑いを見せながらいった。

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