第40話  11

 清架が金沢から出て来てから一週間が過ぎた。立てつづけに依頼があったから、あっという間に日が過ぎて行った。ひょっとしたら清架は「福の神」なのかもしれない。

 今朝も早くに起きた清架は、甲斐甲斐しく朝食を拵えてくれた。最近ではこれが当たり前のように感じはじめている良壱だが、心底は感謝の気持でいっぱいだった。でも気恥ずかしいからか、なかなか素直に表現することができないでいる。

「なあ、清架、このところばたばたしてたから清架のこと放ったらかしにしてたんだけど、どこか行きたいとこないのか?」

 良壱はやっとの思いでいう。どうしても何かお返しをしたかった。

「別にここといって行きたい場所がないわ。どうして?」

「だって、飯以外にどこも連れてってないから。あとで不満たらたらも嫌だしさ」

 顎を突き出すようにして良壱はいう。照れ隠しの意味もあった。

「そんなこといわない。どうしても連れてってくれるっていうんだったら、私ドライブがいい、どこか静かな場所」

 清架はテーブルを拭いた冷たい雑巾をバケツに入れながら良壱を見た。

「よし、じゃあ軽トラックじゃ遠乗りはしんどいから、レンタカー借りてドライブしよう」

 デスクを何度も叩きながら良壱はいった。

「だめよ」と清架が戒める。

「はあ? だめよって、どういうこと? ドライブに行くって行ったのは清架じゃないか?」

 良壱は怪訝な顔になって訊く。

「レンタカーなんて、もったいないわ。あのグリーンの軽トラックで充分よ。経費節減、節減」

「わかったよ、じゃあ軽で行こう。だけどあれだったらあまり遠くまで行けないからな」

「いいわよ」

 三十分ほどしてふたりは大通りを東に走りはじめた。名古屋の古くからのメイン通りで、中心部から東へ向かう主要道路だから平日でも交通量は少なくない。といっても渋滞するほどでもなかった。

 本山の交差点を右に折れ、四谷通りを南に走る。しばらくすると、突然道幅が広くなり、左手の小高いところに世界のトヨタが寄付した名古屋大学の豊田(とよだ)講堂が見え、右には広大な芝生のキャンパスが見えはじめる。残念なことにこの季節には青々とした芝は見ることができなかった。

この先さらに南に進めば名古屋第二日赤十字病院があり、さらに墓地と火葬場を有する八事霊園が見えはじめる。

 良壱は説明をしながらハンドルを握る。空はどんよりとして雪が降り出してもおかしくない色をしている。トラックの床から針で刺すように冷たさが伝わってくる。多くの車が白い息を吐きながら坂道を昇っていた。

 八事霊園の近くまで来たとき、急に車体が左右に烈しく揺れた。

「ヤバイ!」

 良壱が悲鳴のような大きな声を上げる。

「何よ、びっくりするじゃない。どうしたの」

 突然隣りで大きな声を発する良壱の肩を叩いた。

「パンクだよ、パンク。何できょうに限って……」

 清架をやっと連れ出したのにこんなことになってしまい、良壱は自分自身に腹が立った。

 トラックを路肩に寄せ、車を降りると案の定右の前輪が餅のように潰れていた。頻繁に車両の通行があるため、どこかタイヤ交換ができるところをと見回すと、ラッキーなことにすぐ先にコンビニがあるのに気づいた。良壱はトラックをコンビニの駐車場まで移動させ、店に許可をもらってタイヤ交換をはじめる。その間躰が冷えないように清架にはコンビニの店内で週刊誌でも読んでるようにいった。

 これまでタイヤ交換など経験したことがなかったが、それでも何とか二十分ほどで作業を終えると、店内に清架を呼びに入った。

「やっと終わったよ。ごめんな、せっかくのドライブなのに」

 良壱は後頭部に手を当てながら謝った。

「いいのよ。でも何か気が削がれちゃったから、帰ろうか?」

 もともとどっちでもよかった清架は、事務所に引き返してもいいと思っている。

「清架が帰りたいっていうんだったら、俺はどっちでもいい」

「じゃあ、ここでお弁当を買って家で食べようよ」

 良壱はわざわざコンビニで弁当を買わなくても、帰り道にどこかのレストランで食事すればいいと思ったが、また無駄遣いだといわれるのが嫌で清架のいうとおりにすることにした。

 レジをすませてトラックに戻ったときだった。胸ポケットのスマホが着信を知らせる。レジ袋を清架に渡すと、急いでスイッチを入れた。しばらく頷きながら話をしていた良壱はスマホを切ってトラックに乗り込んだ。

「仕事の電話だった」

 正面を見たままいった良壱はおもむろにキーを回した。「よかったじゃない」という清架の声がエンジンの音でかき消された。

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