第11話
「これなんですが……生前主人がお茶を嗜んでいましてね、いくつも抹茶茶碗を持っていたのですが、この楽焼の茶碗だけは余程気が乗ったときぐらいしか振舞わなかったものなんです。許される範囲でお棺のなかに生前使用していたものをいくつか入れてあげたんですが、さすがにこういったものは……」
夫人のいうとおりで、棺桶には不燃物を入れることができない。
「おっしゃるとおりです。でもこういうのってお高いんでしょうね」
「たぶん。私は無作法でまったくそういったものには知識がないんです。ただ亡くなった主人がことあるごとにこれはいいもんだ、と聞かされてましたので。でも金額の多寡じゃないんです。主人が喜べばと思ったものですから」
夫人は亡くなった旦那さんのことを余程愛していたに違いない。普通なら遺されたものであれば自分の思うように処分するのだろうが、亡くなっても旦那さんの気持を大切に思って、この茶碗を届けようとしているのだ。
「なるほど。それで今回うちをご利用になろうと……」
「はい。いかがでしょうか?」
夫人は不安げな顔で上目がちに良壱を見る。
「この大きさなら何も問題ありませんよ。ただし、電話でもご説明しましたように、先方に届けることができたとしても、残念ながら認印もサインももらうことができないんです。できることといえばこのスマホでご主人に会ったという証拠写真を撮ることぐらいです。でもそれも必ず映るという保証がないことをお含みおきくださいますか?」
そこの部分をきちんと説明しておかないと、ほとんどの依頼品は高価なものばかりで、なかにはとてつもない金額の品物さえあるのだ。
「はい、充分承知いたしております。手元に置いてこれを眺めていると、主人を思い出してしまって、なかなか気持の整理がつかないので、こちらに依頼すれば諦めもつくというものです」
夫人はバッグからハンカチを取り出して、何度も目頭を押えた。
「わかりました。当方もご期待に沿えるよう努力しますのでご安心ください。それでは、スナップ写真をお預かりします。恐れ入りますがここに必要事項をご記入ください」
そういって良壱はブルーのクリップボードを夫人の前に差し出した。そこにはA4用紙に依頼人の名前と連絡先、届け先の氏名、品名を書くように四角い枠が印刷されている。スナップ写真は、届け先の人がどんな顔をしているのか必要だった。
夫人は流れるように美しい字で必要事項を書き終えると、
「お代金はお聞きしている金額でよろしかったですね?」
と確認しながらバッグから白い封筒を取り出し、向きを直して良壱の前に置いた。
「確かに。いま領収書を切りますからお待ちください」
封筒のなかかを覗いた良壱は、頭を下げて拝受すると、デスクの引き出しから領収書を取り出し、夫人とは比較にならない向きが一定でない字をゆっくりと書いた。
「では、ご主人に無事お会いして依頼品をお渡しいたします。そして戻りしだいその様子の移っている写真をお送りしますので、それまでお待ちください」
「よろしくお願いいたします」
夫人は丸イスから立ち上がると、前で両手を合わせて何度も頭を下げた。
「モウカエルノカ。アリガトウゴザイマシタ」
またしてもバタやんが声を張り上げる。この鳥はどこまでわかっているのか不思議だった。
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