第9話  4

 そんな良壱の宅配店だが、早いものでもう一年半が過ぎた。

 ある土曜の午後、玄関ドアがノックされた。良壱は返事をして椅子から立ち上がったとき、ドアの隙間から中年の男が遠慮がちに顔を覗かせた。黒縁メガネに野球帽を被り、半袖のTシャツに下はジーンズ姿だった。

「あのう、宅配便をお願いしたいんですが……」

 事務所の様子を見た男は、何もない殺風景な室内に戸惑いを隠せない。

「イラッシャイマセ」

 バタやんが久しぶりの客に羽根をばたつかせながら甲高く喋る。

 愕いた男は、両手で抱えたダンボール箱を落としそうになりながら、場違いのところに足を踏み入れたという顔をした。

「どうぞ」

 良壱は男を赤い丸イスに手のひらで勧める。

「失礼します」

 男は机の上にダンボール箱を置いてから丸イスに腰掛けた。

 何度もここを通ることがあり、きょうも日泰寺にお参りに来るついでに顔を覗かせたということだ。

「で、品物はこれでしょうか?」

「電気掃除機なんですけど……」

「掃除機ですか?」

 はじめて取り扱う品物に良壱は訊き直した。

「ええ、掃除機は送ってもらえませんか?」

 男は困った顔で良壱を見る。

「そんなことはありませんが、ダンボールの寸法を測らないと何ともいえません」

「寸法が必要なんでしょうか?」

「はい、ここに書いてありますように、寸法が決まってるんです」

 良壱が指差す壁に、A4の用紙が貼りつけてあった。

『料金 一律 ¥25,000―(税込) 但し、箱寸法は三方の合計100センチ以下とします』

 と、書かれてある。ダンボール代込みの値段だ。

「えッ! 送料がこんなにするんですか?」

 男は貼り紙を見て目が跳び出しそうな顔になっている。

「はい、申し訳ありません。うちはこの値段でやらせて頂いてます。それとこのダンボール箱は規格外の寸法ですので、お取扱ができません」

「そうですか、わかりました。じゃあほかを当たってみます」

 男は立ち上がると逃げるように店を出て行った。

「マタドオゾ」

 こういった勘違いの客は始終あることで、別に気に留めることではない。事前にスマホにかけてくる場合は説明することができるのでお互い気まずい雰囲気になることはないのだが、432宅配店がどんな店かわからずに突然訪ねて来る客はいまの客のように驚きの顔で帰って行く場合がほとんどだ。

 だいたいの客は貼り紙の料金を見てびっくりする。当たり前のことだ。どこの宅配店に行ってもこんなべらぼうな金額を提示してあるところはまずない。これだけの金額だと、簡単な引っ越しなら結構遠方まで搬べる料金だ。

 しかし良壱には良壱の考えがあった。この宅配は誰にでもできる宅配ではないので、良壱ひとりでやらなければならない。人に配達してもらうわけにはいかないのでこれぐらいはいいかなと踏んでいる。

遺族にしてみれば、葬式や墓地に見られるように、故人に対してできる限りのことをしてやりたいと思うはずだが、それがあまり安い金額であると、吝嗇と思われがちになるのを避ける意味でそれくらいのほうがいいと考えた。

その証に、結構口コミでの依頼人が多い。もし受け入れられない金額だとしたらこれだけの件数はないだろう。

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