第8話
良壱は何とかあの老人の期待に応えることができたことで、人の持っていない特殊能力が具わっていることを自覚し、その後も何度か別の依頼も成功させた。
そのときは一生懸命だったために余計なことを考える余裕がなかったのだが、少し落ち着いてみると、人のためになることは充実していて楽しいのだが、こんなことをつづけていたら自分の生活がだめになってしまう、どうしたらいいのだろう……今度は別の悩みが頭を擡げて来た。
散々悩んだあげく、良壱はひとつの結論を導き出した。
(ひょっとして、この能力をビジネスに利用できないだろうか? そうすれば依頼するほうもこちらも、双方にメリットが生じるではないか)
確かに良壱の考えは間違ってはいない。だがそれをビジネスに持って行くには表立った行動をしなければならない。まさか大々的に新聞広告を刷るとかホームページを拵えるとかいろいろ考えるのだが、この特殊な仕事をそんな風に公にしていいものかどうか判断がつかなかった。
そんなある日、花畑で会った老人の奥さんから聞いたという人物からスマホに連絡が入った。その人物というのは、奥さんの妹で最近連れ合いを亡くしたらしく、やはり渡し忘れたものがあるから届けて欲しいという依頼だった。
ふたつ返事で承諾した良壱は、レンタカーを借りて依頼人の家に出向き、ダンボール箱に入った三冊の本を預かってきた。未亡人の話では、ご主人は大学の先生で人類学の研究をしていたのだが、大事にしていた研究に関する本を棺桶に入れるのを忘れたので届けて欲しいとのことだった。
良壱は決心した。人助けというのは大事なことに違いないが、やはり第一義としては自分自身の生活が充実していることだ、そうすることで心に余裕というものが生まれる。そうでなければまともに他人へのアシストなんかできるはずがないと思った。
そこでとりあえずいまの貯えでしばらくやっていき、貯えが底をつく前にもう一度考えることにした。それまではこれまでどおり口コミでの依頼者を待つことにした。
行動に移すのは早かった。まず事務所を借りることにした良壱は、以前のようにいくつもの不動産屋を巡ったり、ネットで物件を探すようにした。そして偶然見つけたのがいまの住居兼事務所の物件だった。
次は営業車を手に入れたいと思った。いつも依頼者が品物を持って訪ねて来るとは限らない。こちらから出向くことが必要な場合もあるからだ。かといって予算のこともあるので必要最低限の車でよかった。
そこで良壱は軽自動車専門の中古車屋に行って、濃グリーン色で車検つきの軽トラックを二十万で購入した。そして屋号を『432宅配店』とした。この店名には意味があった。432というのはただの数字の羅列ではなく、あの世を指す言葉の「黄泉路(よみじ)」から取ったのである。業種は宅配便の仕事なのだが、そのへんの道路でよく見かけるストライプ柄のユニホームを着ている宅配便とはちょっと違った。
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