第6話

 気分が晴れなくて、たまには繁華街にでも出てみようと思い、大須に行ってみることにした。大須という場所は、電気部品やパソコンの部品、あるいは衣料とか雑貨の店が犇くアーケードで、昨今若者の町として賑わっている街である。

 アーケード内にある織田家の菩提寺である万松寺の前を歩いていたときだった。偶然前の会社の先輩と出会った。その先輩も事情ははっきりしないが良壱より一年ほど前に会社を辞めていた。

 久しぶりに会ったことでふたりは目についたタコ焼き屋で昔話に花を咲かせた。

「そうか、君も辞めたのか。まあそれもわからんでもないな、あの上司なら」

 先輩は笑いを浮かべながら懐かしむようにいった。

「先輩はいま仕事は何をされてるんです?」

 良壱はどうしても話がそっちの方向に向いてしまう。

「俺はちょっと躰を壊してしまって、これといった仕事には就いてない。君は?」

 そういわれれば以前会社にいたときに較べると、少しやつれた気がしないでもない。

「僕もいまはプー太郎です。ちゃんと就活はやってるんですが、なかなか決まらなくて、きょうも気分転換にここへ来たんです。そしたら偶然先輩にお会いしたんです」

 この時点では良壱は会社の先輩に遭遇したのはあくまでも偶然と思っていた。

「そうか。でも就職も恋愛と同じで相性というものがあるから、お互いに縁がなければ成立はしない。まあ、焦らず気長に恋人の現れるのを待つことだ。俺も君とまったく同じ状況だったよ。君は真面目だからきっといい就職先が見つかる。それは俺が保証してやるよ」

 そういって先輩はまだ冷めてないタコ焼を口のなかに放り込んだ。

「そうだといいんですが……」

 良壱はおざなりであっても、先輩の言葉でずいぶん気持が楽になった。

「大丈夫だ。いくら待っても勤め先が決まらないようなら連絡して来い。俺が何とかしてやるから」

「本当ですか?」

「ああ本当だ」

 しばらく店のなかで話をしていたふたりだったが、店が混んで来たので再会を約束して店の前で別れた。

良壱はアーケードを歩きながら少し自身が沸いて来たような気がした。


 ある晩、良壱は電気をつけないまま部屋の隅で膝を立て、そこに頭を押しつけて何かを考えていた。そんな薄暗いなかで不甲斐ない自分を追い詰めていた。

 しばらくそのままで考え事をしていたとき、突然鉄の棒でギリギリと頭を締め付けられるような感じがした。孫悟空が頭に被っている金冠みたいなものだ。じりじりと締まっていくのがわかる。このままだと脳みそが電子レンジに入れたゆで卵みたいになって、部屋中に撒き散らされることになると思い、たまらず両手で耳の上あたりを押えた。

 目を開けようとしたが、目蓋がまるで溶接でもされたようにびくともしない。少しの灯りもないので当然真っ暗なままだ。その漆黒の闇のなかへずんずんと引き込まれて行き、もうだめだと諦めた瞬間に、今度は逆にすとんと躰が軽くなった。

 肩の力を抜き、大きな息を吐き出すと、不思議なことにいままでどんなに頑張っても開けることのできなかった目蓋が、まるで鳥の羽根のようにふわりと開いたのだ。

 良壱は目の前の光景に愕然とする。そこには、白、赤、黄、ピンク、紫の色のコスモスに似た花畑が拡がっていた。花畑のほかには何もない。あるのは、青い空とわずかな白い雲だけだった。それと、なぜか白いペンキを塗られた木製ベンチが一基ぽつんと置いてあった。

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