第5話  3

 しばらくして良壱は原因不明の高熱に見舞われ、やむなく一週間会社を休んだ。

 熱が出たときすぐに病院で診てもらったのだが、医師はただの風邪だという診断しか下さなかった。入院するまでもないから自宅で安静するようにといい、注射一本と処方箋を書いてくれただけだった。

 医師にいわれたとおり一日三回薬を飲みながらベッドで寝ていたのだが、一向によくなる気配がなく、別の病院で診てもらおうと思った次の日、どういうわけか四十度近くあった熱が見事に下がっていた。

 しかしそうはいっても体力を消耗していることもあって、すぐには出社することができず、結局週が明けた月曜日にやっと顔を出すことができた。

 それ以来一週間の病欠が原因なのかわからないが、直属の上司がパワハラまがいの態度をとるようになり、何かと意見のぶつかることが多くなった。最初の頃はハイハイと従順であるように見せかけの返事をしていた良壱だったが、鬱憤が山のように積み重なったある日、我慢できなくなってとうとう破裂してしまった。

 結局、良壱は二年三ヶ月で希望に胸を膨らませて入った憧れの商社をあっさりと辞めてしまうと同時に、慣れ親しんだ社員寮を退去することになってしまった。同僚たちが口々に考え直すよう説得したが、性格的に一度口に出したことを翻すことができなかった。

 自分の短気さに散々後悔した良壱だったが、いまとなっては後の祭りだった。早急に今後の身の振り方を考えなければならなくていろいろ考えてみるのだが、いつも真っ先に脳裏に浮かぶのは、実家の金沢に戻ることだった。だが、薄っぺらな矜持ではあるがそれだけはしたくなかった。その証拠に会社を辞めてしまったことをまだ両親に話してない。この先も話すつもりはなかった。

 まずは生活拠点である寝起きする場所を確保しないことには先に進まないと考えた良壱は、不動産屋を何軒か回ったり、ネットで検索をしつづけて、地下鉄沿線からは少し離れるが、1DKの部屋を見つけることができた。

 引っ越しといっても所詮家財道具などないに等しいので、半日もかからなかった。

 良壱は次の日から就活に全力投球をはじめた。自慢できる最終学歴と誰もが知る一流商社の経歴があれば簡単に次の仕事が見つかると高を括っていた。ところが世の中はそんなに甘くはなかった。それならいっそ自分で何かを興そうと考えてもみたが、二十代半ばの若造にできそうなことはそう簡単に思いつかなかった。

 一週間、二週間――地球上で働いていないのは自分だけのような強迫観念にとらわれるようになった。そうなると、閉鎖的になってしまいまったく建設的な考えが湧いてこなくなってしまった。

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