奇妙な宅配店

zizi

第1話  1

 いつもの食堂で昼食をすませて外に出ると、参道は昼の休憩時間にもかかわらず人影は疎らだった。

 この参道は日本でもここにしかない超宗派である日泰寺につづいていて、表通りから三00メートルほど歩くと、寺の正門に辿り着く。毎月二十一日が弘法さまの縁日が開かれ、境内はもちろん参道にまで露店が軒を並べるので、各方面から参拝を兼ねて老人たちが買い物を楽しむ。だが、その他の日はほとんどこんな調子だ。

 その昔は道の両側に黒松が等間隔で植えられていたのだが、参道の整備と共に松の本数が削られ、その代わりにハナミズキが春先には白やうす紫色の花をつけて参拝者を和ませてくれるようになった。

 最近では昔ほど人の出も多くなくなり、古くからの店がどんどん閉めていく一方で、若者が経営するドーナツ店やケーキ屋などの新しい店が増えていることも事実だ。

 三戸良壱みのへりょういちは散歩がてら秋の匂いを感じながらのんびりと参道を歩き、少し遠回りをして事務所に戻った。

良壱の借りている事務所は住居兼事務所となっていて、参道の一本西の通りにある。そこは生活道路になっているので、ほとんど参拝者の姿を見ることはなく、思うより静かな環境だった。

 間口は二間ほどしかないが、奥に長く、二階に六帖と四帖半の和室がある建物で、一年半前に偶然見つけた。

アルミ製の玄関ドアの磨りガラス部分には『432宅配店』と白いアクリル板に黒字で書かれた看板が貼り付けてある。

 良壱はドアノブに手をかけると、躊躇なく手首を回した。普段カギをかける習慣を持ち合わせないので、日中は遠出するとき以外ほとんどカギをかけない。だが、さすがに寝る前には用心のためにサムターンを回す。

 カギをかけない良壱だが、これまで一度だけ空き巣に入られた経緯がある。ここを借りて半年ほどしたある朝、階下に降りてみると、玄関のアルミドアの下半分にはめ込まれてあるアルミ板の隅がバールのようなものでこじ開けられた痕跡を見つけた。幸い進入はされなかったが、今後のこともあるので一応警察に被害届は出した。

 大家にいってアルミ板の部分をもっと厚みのある鉄板に変えてもらったのだが、しばらくの間ひとり二階で寝るのに不安がついて回った。

そんな良壱だが、玄関ドアにカギをかけなくなったには三つの理由があった。ひとつは、施錠されてない室内には誰かが在宅しているという逆転の発想であり、ふたつ目は事務所には金目のものを何も置いてないということ。残るひとつは想像もつかないことだ。


 ドアを開けて室内に入るや否や、頭に突き刺さらんばかりの甲高い声が聞こえて来た。

「オカエリ」

「はいよ」

 良壱は面倒臭そうに返事をしながら事務所の椅子に腰を降ろした。

 この甲高い声の持ち主は、半年前に仕事から戻ったときに、玄関先の電線にとまっていたオウムで、その後もまったく家の前から放れようとしなかったので、冗談半分で手を差し伸べて呼んだところどういうわけか良壱に懐いてしまい、そのうちに飼い主が現れるだろうと思いながら飼っているうちに現在に至ってしまった。

 オウムは体長三十センチくらいで全身が白、胸のあたりに朱色の月型がある。嘴の形が一般的なオウムと少し変わっていて、細長くて下に長い逆L字型をしている。あまりにも珍しかったので、ネットで調べてみたところ、このオウムはテンジクバタンといって、オーストラリア原産で寿命が長く、言葉を覚える特技があると書いてあった。確かにここに来て覚えたのか依然から知っていたのかは判然としないが、とにかくよく喋る。

 仕事や食事から帰って来ると、近所のペットショップで飼ってきた少し大きめのステンレス製の鳥かごのなかから、お辞儀をするように何度も頭を下げながら話しかけてくる。最初の頃は面白くて相手になっていたのだが、それが毎日つづくとついには面倒になってつい無視をしてしまう。すると、オウムはまるで幼子のように相手が返事をするまで何度も同じ言葉を喋るのだ。やがて根負けして良壱は仕方なく返事をすることになる。

 そんなオウムだが名前がわからなかったから、このお喋りオウムだったら時分の名前くらいいえるかもしれないと思い、何度も訊ねてはみたのだが、それに関しては一切口にしなかった。仕方なく思った良壱はこのオウムに『バタやん』という名前をつけてやった。

 このバタやんこそが、無施錠でおられる三つ目の理由だった。飼い主の良壱にはもちろんのこと、お客が入って来たときや出前でラーメンを頼んだときなど、とにかく人の姿を見ると誰彼構わずにキーキー声を発する。そのとんでもない金切り声に、聞き慣れているはずの良壱が愕くのだから、はじめてここに訪れた者は必ずひるんでしまうのだ。


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