第2話 認識学とメモ書きのページ、書き掛け

「我が弟子。そも、認識とは何ぞや。」


 題字の金箔がすっかり剥がれ落ちた本たちを丁寧に棚に並べながら、階上でくつろぐ師を見上げる。黄金色の瞳が、此方を見つめながらランプの焔に煌めいていた。上等な椅子に背を預けきり、つい昨日取り寄せたという紅茶に口をつけて。

 とりあえず邪魔にならない場所に残りの本やら触媒やらをよせ、移動式ラックに鍵をかける。ラックの壁面には《tyl)4》の文字が浮かび、この区画に収集し終わったことを示していた。疲弊した腕を解きほぐしながら、師の居る二階まで螺旋階段を上る。すっかり古書に慣れきった鼻に、バタークッキーの匂いが香ってくる。数枚を受け皿に移しつつ、師に対面するよう腰かけた。


「ん、今回のはなかなか旨く作れたぞ。よく味わうといい。」


 一枚を手に取り、噛み締める。油分にのって甘味が広がり、火と乳の香りが鼻腔を満たす。夕暮れ時の空腹を満たす、優しさの味だった。

 なんとも、懐かしく、寂しく、輝かしく、あたたかい味。過去に望郷の念を寄せる人間は幾万もいるが、元の世界に縁あるモノに触れるたびにその気持ちを理解できる。尤も、いまさら過去にすがっても師にいらぬ心労をかけるだけなのだが。

 努めて顔には出さず、先ほどの質問について師に訊ねる。なにゆえ、’認識とは’なんて哲学的な事を聞かれたのだろうか。

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