弾波テツオの大異世界 ――転生したらどうなる――

烏川 ハル

転生したら驚いた!(1)

   

 昔。

 電車で中学・高校に通っていた俺は、文庫本を読んでいて夢中になり、乗り過ごすことが何度もあった。

 そして今。

 歩きスマホで Web小説を読んでいた俺は、周りをよく見ていなかったせいで、小型トラックにはねられた。

 結果。

 こうして、俺は、何もない真っ白な空間に送り込まれている。

 ここにいるのは、俺と、もう一人。よくわからないが、それでも何となく、人知を超えた存在であることだけは理解できる。つまり、今俺の目の前にいるのが、いわゆる神様ってやつなのだろう。

 まず俺は、律儀に挨拶をした。

弾波だんぱテツオです。よろしくお願いします」

 まあ、長い付き合いになるとも思えないが。とりあえず、礼儀正しい態度を示しておくに越したことはない。

 神様は、頷いてみせたようだった。だが、何も言わない。

 だから、俺の方から要求を口にすることにした。

「俺……。異世界に転生させてもらえるのでしょうか?」

 こんな質問をしてしまった俺は、Web小説に毒されていたのかもしれない。

 夢見た幸福はチート無双、願った愛はハーレム。生前の知識を活かして大活躍、そして異世界の美少女に囲まれてウハウハ……。

 そうした今後を思い描く俺に対して、神様は、初めて口を開く。

「異世界転生……? それが、お前の望みなのか?」

 確認の必要はない。それが願いさ、それが夢さ。

 満面の笑みで頷く俺とは対照的に、神様は、少し顔をしかめているようにも見えた。

 それでも。

「よろしい。ならば、行くがよい。お前が望んだ、異世界に……。冒険の旅が待っておるぞ!」

 神様の言葉に励まされて。

 意識が遠くなりながら、俺は『異世界』へと送り込まれた。


 冒険が始まる。そう思った俺の心の中では、ドキドキが始まるはずだった。本当の何かが動き出すはずだった。

 しかし。

 意識を取り戻した時、目にした光景は、期待とは大きく異なるものだった。


 目前に広がるのは、ファンタジー世界の町や村ではない。一面の荒野だった。

 少し転んだだけでも痛そうな、ゴツゴツとした茶色の岩肌。高熱を発していそうな、赤い大岩もある。

 ただし『一面の荒野』とは言っても、正確には、全く何もないわけではない。一つの大きな装置があり、その周りに、人々が集まっていた。

 地面に突き刺さった太い棒を軸として、ゴロゴロと音を立てて回転する、不思議な器具。パッと見た感じ、巨大な巨大な石臼のように思える。周囲には何本もの取っ手があり、それぞれに一人ずつ取り付いて、いかにも重そうに押し回していた。

「これって……?」

 一瞬、俺の頭の中に『人力発電』という言葉が浮かぶ。

 その装置を頑張って動かしているのは人間たちなのだが、よく見ると、さらに周りに「自分は何もせず、ただ眺めている者たち」がいた。しかも、傍観者たちは、人間ではなかった。

 人間より一回り大きな体躯で、肌の色も違う。赤いやつ、青いやつ、緑のやつ……。革服の隙間から主張する筋肉は、人並み外れた腕力を主張しているようにも見えた。

 バケモノだ。モンスターだ。ゲームや漫画で見た中で最も近いのは、ゴブリンと呼ばれるアレだろう。

 そんなゴブリンの中の一匹が、俺の存在に気づいたらしい。集団の輪から離れて、こちらにやってきた。

「こら、サボるな! それとも、お前、新入りか? ならば今すぐ、こっちに来い!」

 驚いた。この世界のゴブリンは、人間同様に、しゃべれるようだ。

 ゴブリンは鞭を手にしており、威嚇するかのように、地面をピシリ、ピシリと叩いている。

 百歩譲って相手が美人のお姉さんなら「むしろ、ご褒美です。ありがとうございました!」と強がることも出来るかもしれない。だが、ゴブリンに鞭打たれるなんて、痛くて嫌なだけだ。

 いつのまにか、その一匹だけでなく、何匹ものゴブリンが俺の方に目を向けているし……。逃げるのも立ち向かうのも無理な気がして、とりあえず俺は、命令に従うことにした。

   

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