なかなか出てこない「あれ」

 少しずつ秋めいてきましたね。

 朝晩が過ごしやすくなり、ほっとしたのもつかの間。

 夏の疲れが一気にきたらしく、母様との会話に代名詞が増えました。



「まるちゃん、あれ知ってる?」

「どれですか?」

「こういうの」


 何かを持って、腕を前後に……


「コロコロですか?」

「ううん」


 クリーナーではなかったようです。

 母様が別のヒントを考えています。


「こういう風にできるの」


 蛇行しますね。そして持ち方は変わらない。


「こう持って、こう……」


 自分でもジェスチャーをしてみます。

 うーん……わかりません。



『説明している物の名称を答えなさい。ヒントは徐々に増えていきます』



 クイズにしたら、こんな感じでしょうか。


「ここに、こういうがついてて」

「刃?」

「だからね、ここに──」

「あ、すいません。聞き返したんじゃないです」


 横に刃のついた……前後に動かせる……


「ピザカッターですか?」

「似てるけど……ブッブー」


 腕を使って〝バツ〟を表す母様。

 ちみたんが生まれてから、仕草が一層可愛らしくなりました。


「切るのは布よ」

「布……?」


 ──あっ!


「わかりました!」

「ほんと!?」

「でも、名称が出てこないです」

「あら~」

「すいません」


 困った時は、ぐーぐる先生ですね。

 〝布を切るコロコロ〟的な言葉をスマホに入力して……


「〝ロータリーカッター〟だそうです」

「そうなのね。覚えておかなきゃ」

「そうですね」


 と言いつつ、しばらくすると〝布を切るコロコロ〟に戻ると思いますよ。お互いに。


「とりあえず、名称がわかってスッキリしましたね」

「そうね。──じゃなくて」

「はい?」


 違うんですか?


「どこにあるか、知ってる?」

「場所を訊いてたんですか」

「そうよ。名称もわからなかったけど」

「あー……なるほど」


 最初の、


「あれ知ってる?」


 は、


「あれ〝どこにあるか〟知ってる?」


 だったんですね。

 いつもなら、ニュアンスでわかるんですが……夏の疲れのせいでしょうか。


 ともかく、探しに行かなくては。


「えー……少々お待ちください」


 ──約30分後──


「……お待たせしました。どうぞ」

「ありがとう。探すの大変だったのね。ごめんね」

「いえ……ダイジョウブデス」


 捜索した部屋を思い浮かべ、ハハハ……と乾いた笑いしか出ません。

 もともとは、物を分散して収納してあることが原因だとわかってはいるんですが。

 あの惨状をどう収拾つけようか……と考えるだけで、さらにHPが減っていくような気がします。


 ……寝ている間に、小人さんが来てくれたらいいなぁ……と、思わず遠い目になった、週末のひとときでした。

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