第63話/Chief

第63話/Chief


俺は警官たちに猛然と突進した。警官は慌てて銃を構える。俺はともかく、リルに流れ弾が当たったらやっかいだ。

俺は腕に巻き付いたままになっている鎖をほどくと、それを鞭のようにしならせた。


バチーン!


「ぐぎゃ!」


「ごぼぉ!」


鋼鉄の鎖に鞭うたれた警官たちは、紙のように薙ぎ払われた。


「はっはぁ!いいぞ!」


「グオォ!」


「あ、ユキ!目の前!」


ビー!ビー!

鋭い警報とともに、目の前の廊下に鉄柵が下りてくる。脱走防止用だろうか、頑丈そうな作りだ。


「ルォオ!」


「え、ユキ?伏せてろって……うわぁ!」


俺は閉じゆく鉄柵に向かって、勢いよく飛び込んだ!


バコーン!ガラガラガラ……


鉄柵はいともたやすくバラバラになり、ふっとんだ鉄の棒が廊下のはるか先まですっ飛んでいった。


「……あきれたな。いっそのこと壁をぶっ壊して出口を探した方が早いんじゃないかい」


妙案だが、地下でそれをやると建物がもたなそうだ。


「あ、あそこ!ユキ、上だ!やつらが逃げていくぞ!」


む。足止めをくらった隙に、看守たちは一つ上のフロアに上がったようだ。俺たちの頭上を通る渡り廊下から、扉へと入っていく。

くん……扉のすき間から、かすかに雨と、土煙の匂いがする。これは、外の空気の匂いだ。ということは、あそこが出口だな。


「グオォン!」


「え?ユキ、なにを……うわぁー!」


バゴン!

俺は足に渾身の力をこめて、強く地面を蹴った。アスファルトがひび割れ、めくれ上がると同時に、俺も跳ね上がって両手を思い切り伸ばした。

ガシャァン!

鉤爪を無理やり食い込ませ、俺は渡り廊下へ這いあがった。力が強くなったから、ジャンプ力も相応に上がっているな。


「君……私がいること、忘れてやしないだろうね……」


リルはひぃひぃ言いながら、俺の背にしがみついている。悪いな、もうしばらく荒っぽい運転になりそうだ。

俺は拳を目いっぱい引くと、目の前の扉を殴りつけた。


ドガガァァン!


轟音とともに、鉄扉がぶっ飛んでいく。


「っ!ユキ、気をつけるんだ!」


「ッ!」


扉の向こうは、確かに外だった。しかし、その前に銃を構えた機動部隊が大勢待機していた。奴らは俺の姿を見るなり、一斉に発砲してきた。


「グルゥゥ……」


弾丸は紅い獅子の毛皮に阻まれ、俺の体を貫くことはない……が、そうは言っても鉛玉だ。当たれば痛いし、おまけにひどく熱い。それをずっと浴びせられるのだ、いい加減に腹も立ってくる。


「ガオォォォン!」


俺は両腕の鎖を解くと、それを左右に薙ぎ払った。機動部隊は構えた盾でそれを防ぐ。金属のこすれる轟音、飛び散る火花。ガガガガッ!


一筋縄じゃ行かないな……なら、上からはどうだ!

俺は鎖を跳ね上げるとその真っすぐ振り下ろした。重厚な盾を構えた機動隊員は、とっさに動くことができなかった。


ズドォン!

鎖に敷かれ、数人の機動部隊がぺしゃんこになった。俺は残りの連中がひるんだ隙に、左右の鎖で隊員を絡め、ぐいと引き寄せた。


「グルオォォォ!」


こっちへ飛んできた隊員を、俺は両手のラリアットで打ち返した。

ゴシャアァン!


「あ、あれだけの人数を一人で……君が逮捕されるのもわかる気がしてきたよ」


リルが、後ろで嬉しくない理解を示している。

だが、これで警備は全員たおしたか?ならここから出て行けば……


「……いやはや、さすがだ。やはりこの程度じゃ、足止めが精いっぱいだったか」


「んっ!ユキ、だれか来るぞ……?」


倒れた機動部隊の山の奥から、一人の男が歩いてくる。

灰色のスーツに、灰色の髪。淵の細いメガネの奥からは、鋭い目がのぞいている。


「みごとだよ。素質があるとは思っていたが、これほどとは思ってもみなかった」


素質?なにを言っているんだ?


「しかし……ここから出て行かれては困るんだ。おとなしく戻ってくれないかな」


灰色の男は、回れ右するように手振りした。


「……どうやら、味方ではなさそうだね」


「ガウ」


何者かは分からないが、立ち塞がるなら退いてもらうまでだ。

俺は腕の鎖をジャラジャラ回すと、男に向かって投げつけた。


「おっと。よしたまえ、喧嘩をしに来たわけではないんだ」


なっ……!何が起こったんだ?

恐らく、鎖の勢いをいなして、弾いたんだろう……手首の先だけで。

男が手を一振りすると、俺が放った鎖はパンと弾かれてしまった。


「グルルゥ……」


「手強そうな相手だね……」


同感だ。

俺はリルをそっと背中から降ろすと、立ち塞がるように男とにらみ合った。


「やれやれ、どうしても拳を交える気かい?そちらは本業ではないのだが」


男は灰色の髪を撫でつけ、ポキポキと首を鳴らした。


「ユキ、気を付けるんだ。あの厄介そうな男もそうだが、そろそろ継ぎ足した墨の効果が切れそうだよ」


それは、俺も感じ始めていた。噴き出す炎の衣は明らかに勢いを失っているし、爪も丸まってほとんど元に戻っている。早いとこケリを付けたいところだ。


「グルォ!」


俺は男に飛びかかった。俺の怪力を知らない奴は、大抵常識で測って拳を受けに来る。継ぎ墨の効果で何倍にもなっている今のパワーなら、なおさらだ。


「……」


思った通り、男は真正面から俺を迎え撃つつもりだ。

なら、この一撃で沈めてやる!

俺は拳を奮えるほどに握りしめ、思い切り打ちだした。


パァン!


え?気が付くと俺は、宙を高々と舞っていた。投げ飛ばされたのだと気づいたのは、地面が目の前に迫ってきた時だ。

とっさに身をひるがえして、なんとか着地する。一方の男は、涼しい顔でこちらを眺めていた。


「ふむ……大抵はこの一撃で気絶してくれるんだがね。厄介なものだ」


同じ算段だったのか……こいつ、見た目は細身だが、そうとうのやり手だ。


「だがこれでお互い、力量が分かったわけだ。ここからはじっくり時間を掛けていこうじゃないか」


冗談じゃない。こっちにはお前と遊んでる時間なんかないんだ……!

俺は腕の鎖をピシリと伸ばすと、男の四肢に向かって打ち振るった。やつはニゾーと同じ、力をいなしてくるタイプだ。まっすぐ突っ込んだのでは相手の思うつぼだが、単純な力勝負に持ち込めれば、俺の独壇場だ。


「くっ……」


やつもそれを分かっているのか、必死に鎖を避けている。一度でもやつの手足を捕らえたら最後、俺の力に敵う術はない。

だが、俺の武器はそれだけじゃないぞ!


「グォン!」


男が鎖に気を取られた隙に、俺は地面を蹴って突っ込んだ。体全体を使った、シンプルな人間砲弾だ。単純がゆえに、いなすことは難しい。

男はまともにそれを受けると、大きく後ろに吹っ飛んだ。


「ぐっ……」


だが、倒れはしない。両足を踏ん張って、耐えきった。こすれた革靴の跡がコンクリートを黒く焦がす。


「まっ……たく、すごい力だ。まともに喰らったら一たまりもない」


男はスーツの襟をつかむと、ピシリと整えた。

余裕をかましていられるのも今のうちだ。俺は腕の鎖を引き寄せると、ジャラジャラと鳴らした。力なら、確実に俺が上回っている。このまま押し切れるはずだ……

俺は鎖を投げようと、身体に力をこめた。


その時だ。


「グぉ!?」


か、体が……!

全身がひきつけを起こしたように、痙攣して動かない……!


「ユキ!まずい、刺青が……!」


俺の動きが止まった隙を、男は見逃さなかった。

俺は気付けば、夜空を背景に吹き飛んでいた。


「ぐぁっ!」


「ユキ!ユキーっ!」


俺の意識は、目の前の闇夜に塗りつぶされていった……




「さて……席を外してくれないかね。行ってよし」


「は!長官、失礼いたします!」


警官はビシッと敬礼すると、扉を開けて出て行った。あとに残されたのは、ぶすっと不機嫌な俺とリル、そして長官と呼ばれた、灰色の男だけだ。

長官は手でふい、と目の前の椅子をさした。


「この先は長い話になりそうだから、座ったらどうかね」


くそ、誰が!俺は未だズキズキと痛む後頭部を手で押さえた。さっき投げ飛ばされた時に打った所だが、その相手を前にくつろぐ方が難しい。

ここは、留置所内の一室だ。ずるずる引きずられて、ここに放り込まれたのをおぼろげながら覚えている。


「ふむ……ま、好きにしたまえ」


たいして、男は悠々としていた。一度は俺を倒した余裕からだろうか、俺たちに手錠もはめず、護衛の警官もさっき下げてしまった。


「ではまず、自己紹介をしようか。私はリーマスという。さっきの者が言っていたように、ここアストラの警察の長だ」


長……警察庁長官といったところか。アストラ中の警察のトップだ。


「そして君についてだが、実はあらかた調べがついている」


「え?」


「ユキ・キノシタ君。単刀直入に言うが、我々に協力してくれないかね」


「ちょ、ちょっと待ってくれ。なんのことだか……」


「なに、簡単なことだよ。君は我々に力を提供し、その見返りに我々は自由を保証しようというんだ」


……意地でも説明する気はないらしいな。


「……話を聞かせろ」


リーマス長官は満足気にうなずいた。


「さて、今年の始めにとある反社会的組織が爆破、襲撃されたことはご存じだろうね」


俺はこくりとうなづいた。知らないはずもない、鳳凰会が襲われた事件だ。


「うむ。あの一件は我々警察にとってもかなり手痛い出来ごとだったよ」


「え?ヤクザが壊滅したのに……?」


リルが不思議そうに首を傾げた。


「ああ。片方だけ潰れても意味がないんだよ。どうせなら共倒れしてくれればよかったものを、ろくに反撃も出来ないとは……実に情けない」


「そんな……」


「……」


「というわけで、プレジョンアストラにはマフィアどもだけがはびこる形になってしまった。今までは二大勢力同士がお互いに牽制しあっていたが、その近郊が崩れてしまったのだよ。どうなるかは、火を見るよりも明らかだ」


リーマスはパキパキと首を鳴らした。


「連中は以前から力を蓄えていたようでね。想定以上に武力を持っているそうだ。そこで、君の出番というわけなのだよ」


「……俺に、マフィアを倒せと?」


「ま、簡単に言えばそうだ。手段を問わず、連中を弱体化させてほしい」


「はっ……情けないのはどっちなんだ?それは本来、警察の仕事だろ」


「勘違いしないでほしいのだが、別に我々はマフィアに手を焼いているわけではない。むしろ力量差は歴然だ。制圧にはさほど時間は掛からんが、ここが首都(プレジョン)、ということが厄介だ」制圧にはさほど時間は掛からんが、ここが首都(プレジョン)、ということが厄介だ」


リーマスはす、と地面を指さした。


「この地で派手な抗争というのはあってはならないのだよ。市民の安全を守る警察(われわれ)警察(われわれ)なら、なおさらだ。だがしかし、マヌケなマフィア共はすでに賑やかすぎる祭りを始めてしまっている。実際、市民たちはずいぶんざわついているのだ」


「警察としては動きずらい……そういうわけだな」


「うむ。だが君なら単独で大きな力を持ち、かつ非(・)合法的に動ける、というわけだ」「うむ。だが君なら単独で大きな力を持ち、かつ非(・)合法的に動ける、というわけだ」


「……ずいぶん高く買われたもんだな。もし俺が失敗したらどうするつもりなんだ?」


「それならそれで構わん。警察としては身元不明の死体を一体処理するだけだ。私は巡らせていた案の一つを失うだけであり、痛手は何もない……なにせ、君は“存在しない罪人”なのだから」


存在しない……黒蜜に聞いた話と一致している。なぜか俺は、罪人として登録されていない……


「……まさか、最初からそのつもりだったのか。俺を、マフィアへの当て馬にするために……」


「ちょうどいい時にちょうどいい駒があったものでね。なに、そんなに悪い話でもないだろう?君は自由を手に入れる、我々は面倒を避けられる、賭されるのは君の命だけ、といわけだ」


「チッ……俺は“猟犬”、てわけかよ」


ノーリスク・ハイリターン。しかも元手がゼロでいい。警察からしたら、どうやったって負けようがない賭けだ。


「そんな……じゃあゼロ階の罪人たちは、今までもそうやって利用されてきたの……?」


リルがわなわなと震えながらこぼす。


「いつもこうという事はないが、概ねは。適材適所と言うだろう。汚れ仕事は汚れた人間に、というわけだ」


「話の虫がよすぎる……!私たちは、ちゃんとした人間なんだぞ!」


「そうかね?私としては、毎回対等な取引にしたつもりなのだが。今回もきちんと彼にうまみはあるし、それに見合う協力はさせてもらうつもりだよ。なにか、望みがあるなら言ってみるといい」


へ、嘘つけ。

まず間違いなく、リーマスは俺が生きて帰らないと思っているはずだ。口約束だけして、後で白紙にする魂胆だろう。きっと、今までと同じように。


だが、何もかも思惑通りになると思うな。一つくらい、チップをもぎ取らせてもらうぜ。


「……なら、連れていきたいやつがいるんだが」


「ほう?助手をご所望かな」


「ああ。人を二人ほど借りたい」


「……いいだろう。言ってみたまえ」


リーマスは、少し気に食わなそうにこたえた。


「一人は、俺の隣の女だ」


「え?」


隣のリルが素っ頓狂な声を上げた。


「彼女も一緒に外へ出せ。それが条件だ」


「ふむ……罪人を釈放しろと?」


「もちろん、出た後は俺を手伝ってもらう。あんた達からしたら、使える駒が一つから二つに増えるだけだろ?」


俺の問いかけに、リーマスは少し沈黙した。が、回答は早かった。


「わかった。連れていきたまえ」


「なら、もう一人のほうだが。こっちは警察関係者をよこしてくれないか。あんたたちの動きがわからないと、足並み揃えずらいだろ?」


「……して、こっちにもご指名相手が居るんじゃないのかね?」


リーマスはやれやれと首を振る。魂胆はバレバレのようだな。俺はにやりと笑った。


「ご名答」


続く

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