第61話/Visitor
第61話/Visitor
面会?俺に会いに来るのなんて、それこそメイダロッカ組くらいしか……だが、まさかな。彼女たちがのこのこ顔を出したら、それこそ俺と一緒に監獄行きだ。でも、だったら誰だろう?
「ったく、どうなってるんだ?ゼロ階の人間に面会だなんて……お前、変なこと企んでないだろうな!」
「はぁ?面会とそれと、何の関係があるんだよ」
「面会を装って、外部の仲間に助けを求めた、なんてことなんじゃ……」
「アンタ、スパイ映画の見過ぎじゃないか?」
「……うるさい!人の趣味にケチをつけるな!」
俺が連れてこられたのは、薄暗い小部屋だった。天井からぶら下がった白熱灯が、頼りなさげに辺りを照らしている。
「ここだ、入れ」
ドン、と肩を押され、俺はつんのめるようにして部屋に入った。
部屋の真ん中には、仕切るように鉄格子がはめられていて、その向こうに小柄な人影があった。
「……すこしぶりっすね、センパイ」
「……黒蜜か!」
そこにいたのは、意外にも黒蜜だった。いや、けど彼女も警察だから、ここにいるのは一番自然なのかもしれない。
「センパイ……少し見ない間に、老けました?」
「う、うるさいな。元気ハツラツな方がおかしいだろ」
「ま、それもそうっすね」
「……それで、なんだよ。何か用があったんじゃないのか?」
「む……用が無きゃいけないっすか」
「いや、別にいいけど……こんなとこまで用もなく来ないだろ?」
「それは……そうっすけど」
……?なんだろう、黒蜜はもじもじして、うつむいてばかりだ。俺の後ろで、看守がイライラと靴を鳴らしている。言いずらいことなのか?
「くろ……」
俺が声を掛けようとした、その時だ。
ピィーーーー!
「うお!」
「な、なんだ!?」
どこからか、笛を吹くような甲高い音がする。くぐもって聞こえるが、そんなに遠くないぞ。
「くそ、どこのどいつだ!おーい!給湯室の火がつけっぱなしだぞー!」
給湯室……あ、やかんの音か。
「おい!誰かいないのかー!……くそ、どうなってやがる。おい、妙なマネするなよ!やるだけ無駄だからな!」
看守は腹立たしげに部屋を出ると、どこかへ行ってしまった。
「……ふう。やっと邪魔者がいなくなったっすね」
「え。これ、きみの仕業か」
「ま、ちょっちょっとね。それよりセンパイ、そこの扉、開きます?」
え、扉?俺は言われるがまま、看守が出ていった扉をひねってみた。
「……ダメだな。さすがに鍵がかかってるよ」
「そりゃそうか。けど少なくとも、邪魔はされずらくなりました」
「黒蜜?きみはほんとに、何しにここへ……?」
「時間はあんましないんで、手短に行くっすよ。まず初めに、あのヤクザ連中について」
「ああ、キリーたちのことだな」
「彼女たちは今んとこ、逮捕されたりとかはないっすね。もしかしたら人知れずくたばってるかも知れないっすけど、ウチの聞く限りそういったこともありません」
「そうか。よかった……」
「で、次に世間の動きについて。センパイたちが何やったのかは知らないっすけど、カルペディ家は犯人をとっ捕まえたと公表して、もうこの事件は終わったことになってます。これ以上捜査を続ける気はないみたいっすね」
「なに、そうなのか。それならキリーたちはもう安全だな」
「いえ。むしろその逆です」
「え?」
「カルペディ側はもう動いてないっすけど、マフィアのほうは勢いを増してますね。今、プレジョンではヤクザの残党狩りが行われているっす。ここ数日は毎日のように、仏が見つかっている状態ですね」
「な、なんだって!」
「たださっきも言ったように、その中に少女の遺体があったという話は聞いてません。最近は報告自体も減ってきています。ヤクザだってバカじゃないでしょうから、逃げるか身を隠すかしてるんでしょうね」
「そ、そうか……しかし、マフィアはそんなに力をつけているんだな」
「ええ……警察の間でも疑念視されていますね。ひょっとすると小国の軍隊ほどの武力を、いったいどうやって手に入れたのか……まぁですが、今はこのことは置いておきましょう。大事なのはセンパイのこれからです」
黒蜜はぐっ、と身を乗り出した。
「センパイ。ここに収監される時、取り調べって受けました?」
「え?ああ、それがないんだよ。軽く名前くらいは聞かれたけど、それくらいだ」
「ま、でしょうね。なんせセンパイは、捕まっちゃないんですから」
「は?」
「ここに来る前に調べたんすけど、センパイが逮捕されたっていう公的な記録は存在しません。書類上、センパイは存在しない罪人なんすよ」
「は、え?どういうことだ?現に俺は逮捕されてここにいるんだぞ?」
「そこがおかしなところなんすよね……ただ、取り調べとかが無いってのは、それが理由かと。いない人間の調査なんてできるわけないっすから」
「なるほど……それか本当に逮捕したっていう、事実だけが欲しかったとかかな。きちんと罪状を整理すると都合が悪いから、記録には残さないとか……」
「そこは想像するしかないとこっすね。なんにせよ、センパイは今かなり特殊な状況にいるってことは覚えといてください」
「おう……まあそうだろうな」
投獄自体が普通じゃあり得ない体験だろうし。
「……さて、そろそろ時間切れっすかね。とりあえず、今ウチから言えることはそれだけっす。それじゃセンパイ、また何かあったら来ますね……」
黒蜜は立ち上がりながら、だが目だけは俺に向けたままで言った。期待がこもったような、熱っぽい目だ。
「あ、待ってくれ黒蜜!」
「っ!な、なんすかセンパイ!」
「キリーたちに会うことがあったら伝言してくれないかな。とりあえず、俺は元気だって」
俺がそういうと、黒蜜の目は一気に冷めたものになった。
「……あ、そうっすか。わかりました。じゃ」
「あ、それと。もしできるなら、キリーたちを守ってやってくれないか。ヤクザの手助けなんていけ好かないとは思うが、頼むよ」
「まぁ……センパイの頼みなら、努力はしますけど……」
「それと、なるべく身を隠すようにも伝えてくれ。間違っても俺を探しに来るなんてことの無いように」
「はい……」
「あ、それともうひとつ……」
「もう、なんすか!ウチは伝書鳩じゃないっすよ!」
「うおっ」
突然、黒蜜はバン!と机を叩いた。
「だいたいなんなんすか!口を開けばキリー、キリーってヤクザのことばっかり!ウチのことなんて二の次にすら出てこないじゃないっすか!こんな牢屋くんだりまで来てあげたのに、ありがとうの一つも聞いてないっすよ!」
「あ、そ、そうだよな。すまない。ありがとな、黒蜜」
「それに連絡の一つもよこさないで!気が付いたら逮捕されてましたなんて、すっごいびっくりしたんすよ!」
「いや、だって連絡先も手段もなくって……」
「そんなこと知ってるっす!」
「ええ……?」
黒蜜はひとしきり吠えると、はぁはぁと荒い息をついた。
「……ほんとに、びっくりしたんすから」
「……黒蜜?」
「センパイたちの本拠地が爆発したっていうし……テレビにはスーとかいう組員が出てるし……とか思ったら逮捕って……もう、なにがなんだか」
ぐす、と鼻を鳴らす音が聞こえた。
「黒蜜……泣いてるのか?」
「そういうこと、ふつう聞きます……?」
黒蜜は両手を目に当てて、ごしごしと涙をぬぐっている。
「ヤクザの拠点が吹っ飛んだって聞いて、ウチ、もしかしたらセンパイが巻き込まれたんじゃないかって……そう思ったら、ウチ、なんであの時センパイを引き留めなかったんだろうって……」
「黒蜜……」
ぽろぽろと大粒の涙をこぼす黒蜜。俺は彼女が、無性に愛おしく感じられた。やっぱり大切な家族だからな。
「そうだよな。お前にはいっぱい心配かけちゃったよな……悪かった、黒蜜。ありがとな」
「うぅ……そういうの鈍すぎるんすよ、お兄ちゃんは」
黒蜜は格子越しに手を伸ばすと、俺の頬をすり、と撫でた。
「けど、よかった。ちゃんと無事で……」
「あたりまえだ。兄貴がこんなところで、妹一人残して死ねるかよ」
「ふふ……なんすかそれ。ばかみたい」
黒蜜は小さく笑みをこぼした。
するとその時、扉の鍵がかちゃかちゃと音を立てた。
「っと、戻ってきましたね」
「みたいだな」
「センパイ、ウチのほうでも今回のことは調べてみます。おかしな点が多すぎますから」
「ああ、頼んだよ黒蜜。それじゃ……またな」
がちゃりと扉が開く。看守の男が、息を切らして部屋に入ってきた。
「おい、そろそろ時間だぞ。はぁ、三百二十一番、房に戻れ。ふぅ……お前ら、何もおかしなことしなかったろうな?」
「するわけないでしょう。なんにも、ね」
黒蜜は俺だけに見えるように、小さくウィンクして見せた。
俺が房に戻ると、リルはまだ寝息を立てていた。
なるべく静かに腰を下ろすと、俺はさっきの黒蜜との会話を思い返した。
「存在しない囚人、か……」
余罪も追及せず、牢にぶちこむ。俺がやったことを考えれば、捕まるのは当然だろうが、それを隠す意味が解らない。普通に罪状を追及して、懲役を科せばすむことだ。
それをあえてこんな回りくどいことをするということは……
「……俺を公の場で裁く気が無い、ってことか」
俺を是が非でも絞首台にぶら下げたい……警察側がこう考えているならつじつまが合う。裁判なんかすっ飛ばして、裏でさっさと“処理”するほうが手っ取り早いし、確実だ。
「あまりうかうかしてられなさそうだぞ……」
マフィアが活動を強めてるのも気になる。キリーたちにもしもがあったら……
しかし、かといってどうしたものか。俺はぐるぐる巻きの自分の腕を見て、途方に暮れた。せめてコレがなければ、唐獅子の力でどうにかなったかもしれないが。
「はぁ……まいったな」
「ぅん……?ユキ、戻ったのかい?」
もぞりと、リルが体を起こした。
「あ、すまない。起こしてしまったか?」
「構わないよ。しかし、驚いたな……本当に戻ってこれるとは」
「え?」
「いや。それよりどうだった、面会とやらは?」
「へ?あぁ……状況はあまり芳しくなさそうだ」
俺は黒蜜から聞いた、俺の存在が隠されていることと、マフィアの魔の手が迫っていることを話した。
「ふぅむ……」
「どう思う?」
「あながち的外れでは、ないかな……この際だから言ってしまうが、この“ゼロ階”っていうのは、まともに裁かれない罪人の行きつく、掃き溜めみたいな所なんだよ」
「掃き溜め……」
「ああ。政治犯や、テロリスト……公にすることが好ましくないとされた罪人が、送られてくるのがここなんだ」
「なら、きみは……?」
「私かい?私の場合は、野放しにしておくのが危険だからだろうな。というか、恐らく彫師という職業がアウトだ。考えてもみてくれ、君みたいな能力を持った人間がごまんといたら、世の中大混乱になってしまうよ」
ああ、そういえば……キリーも、彫師は貴重な存在だと言っていた。それは技術者としてだけではなく、存在が許されないという意味もあったんだ。
「つまり、私は君と同じパターンかな?罪状ははっきりしないが、警察としては捕まえておきたい……そうして連れてこられた囚人たちは、存在すらも抹消されて、ここで“その時”を待つことになるんだ」
「その時……?」
「そう。ここに来た人間は、やがてここを出ていくのさ。だけどそれは、決して釈放ではない。私たちは“存在しない罪人”なんだからね。そして、戻ってきた人間は一人もいない」
「それって……」
「推測の域は出ないよ。もしかしたら、彼らは明るい日の光の下を歩いているかもしれない。けれど私は、秘密裏に処理された可能性のほうがはるかに高いと思っている」
処理……それはつまり“処刑”されたということだ。
「ならここにいれば、遅かれ早かれ殺されるってことか」
「ああ。君の推測は正しいよ」
「なら、なおのこと早くここを出なければ……」
「出る?あっはは、どうするつもりなんだい?」
「それは……」
「私だって、自殺志願者じゃないんだ。脱出を試みてないと思ったのかい?けど、どれも無駄だった」
「……何を試したんだ?」
「いろいろさ。檻を壊せないか、鍵穴をこじ開けられないか……看守をたぶらかそうとも思ったな。けど、全部うまくいかなかった」
「……」
「まず第一に、ここがどこだか分からない。罪人には一切ここの情報が与えられていないんだ」
そういわれれば、ここが地下ゼロ階と聞かされたきりだ。正確な場所はさっぱり分からない。
「仮に独房を脱出できたとして、そこからどこに向かえばいいのか、どこに罠がしかけらているのか、出られたとして逃げ場はあるのか……一切が不明だ」
いざ出てみたら、絶海の孤島だった……なんてこともあるかもしれない。ここに連れてこられるとき、俺はほとんど気を失っていた。プレジョンからどれくらい移動したのか、見当もつかなかった。
「第二に、人がいない。看守自体、めったに顔を出さないんだ。君が来てからだよ、こんなに賑やかになったのは。そのおかげで、外部の情報が何一つ入ってこない。誘惑しようにも、相手がいないんじゃ話にならないよ」
話し疲れたように、リルは頭を振った。
「なるほど……事情は分かった。けど、かといってこのまま死を待つだけでいいのか?」
「……いいわけないだろう!」
リルが突然ヒステリックに叫ぶ。
「ああそうだ。死ぬのは怖いよ。けど、ここから連れ出された先には、死よりもおぞましいものが待っているかもしれないんだ!男はマシさ、頑丈だから。せいぜい実験用のモルモットにされるだけで済む。だけど脆い女は、それにすら使われない。死ぬまで慰み物だ!」
「……それは、本当なのか」
「噂だよ。これだけ閉鎖された空間だ、噂なんかあっというまに蔓延する。けど、それを審議する情報すらここには存在しない!」
リルはがばりと起き上がると、俺に枷のはまった両腕を突き出した。
その手首には、ひっかいたような傷跡が無数に刻まれている。
「見ろ!そんな目に遭うならと何度も断ち切ろうとしたが、いつも怯えて踏み出せないばかりだ!結局のところ、死ぬのが怖くて振り切れない!」
リルの勢いに押され、俺はぐらりとバランスを崩した。上からリルが覆いかぶさる形になる。
「……これでわかったろう。君の手前、気丈にふるまって見せたがね。私もとっくに限界なんだ。ここから逃げ出すことはできない。いつか来る終わりを待つしかないんだよ」
「リル……」
リルは力なくうなだれると、俺の胸にだらりと手を置いた。
「リル」
俺は力を込めて、上半身を起こした。後ろに倒れそうになるリルの体に、俺は縛られたままの腕をすぽりとはめた。
「ひゃっ。ゆ、ユキ?」
「リル。俺と賭けをしないか?」
「か、賭け?」
「ああ。命と、自由をかけた賭けだ」
「……どういう意味だい」
「リル、今だけでいい。俺を信じてくれ。俺がきみを自由にしてやる」
「……そのために、私は何を“張れ”ばいい?」
「協力してくれ。俺一人じゃここからきみを連れ出せない」
「……君が賭けるものは?」
「命」
リルはぽかんとして俺を見上げた。
「俺の枷を外してくれ。そうしたら俺は、命がけできみを外へ連れ出してみせる」
「失敗したら?」
「その時は、俺が死ぬだけだ」
「……その場合、私もお終いな気がするんだが」
「そんなことはさせない。俺が死んでも守り抜く」
「信じられない。そんなことをすれば、私は間違いなく“移送”されるだろう。私が死ぬまで輪姦されることになったとして、君はどうしてくれるんだい?」
「絶対、そうさせない。だけど、もしそうなったら……」
「……」
「俺が、きみを殺してやる」
「………………は」
リルは目をまん丸にしたかと思うと、くくく、と小さく、押し殺したように笑った。
「ひひっ……まさに、殺し文句というわけだね……ぐふっ」
「いや……しゃれたつもりは……」
「くくくっ……しかもくだらない……」
「……」
「はーっ……いいだろう、乗った」
「!ほ、ほんとうか!」
「ああ。ただ、私は絶対失敗すると思っているけどね。けど正直、先の見えない恐怖におびえる毎日に疲れ切っているんだ。君がそんな日々に終止符を打ってくれるなら、それはそれで悪くない。私にはね、君が私に巡ってきた死神に見えたんだよ」
「……ああ、終止符は打ってやる。けど、ここから逃げ出す、という形でだ」
「ふふ……あいにくと、そこまでは君を信用できないよ。だから、これから証明してくれ」
「ああ。もちろんだ」
続く
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