第50話/Determination
「お久しぶりですねぇ、メイダロッカ組さん。ヒヒヒッ!」
「お前……チャックラック組!」
そこにニヤニヤと立っていたのは、チャックラック組の組長、ファンタンだった。
「覚えておいででしたか。まあワタシは、忘れた日はありませんでしたけどね。あなたのその憎たらしい顔を!」
ファンタンはにやけ顔を一瞬で引っ込めると、歯を剥き出しにした。
「しかし、同時に嬉しくもありますね。これであなたたちに借りを返すことができます。今やあなたたちは巣を追われた鼠同然だ」
「なんだと?」
「だってそうでしょ?鳳凰会本家は木端微塵、あなたたちは残党狩りから逃げるのが精いっぱいだ」
なんだ。俺は会話がかみ合っていないのを感じた。やつの口ぶりは、まるで“自分が鳳凰会側でない”ようにしか聞こえない……
「まさか……お前!」
「ま、そういうことです」
ウィローはドブを這いずる鼠を見るような目つきで、こう吐き捨てた。
「貴様が、裏切者ですか」
「ヒヒヒ。さぁて、勝つ側に乗るのは、勝負師なら当たり前ではないですか?鳳凰会がもう少し頑張ってくれれば、ワタシも面倒が少なくてよかったんですがねぇ」
「それで私たちが納得するとでも?今この場に出てきたのがあなたの運の尽きです。腹をくくりなさい」
ウィローが鉄パイプをまっすぐに構える。対して、ファンタンは少しも臆する様子がない。だがそこが、俺は気にかかっていた。前はあれほど周到に俺たちを待ち構えたやつが、なぜのこのこと姿を現す?周りを見ても、ファンタン一人以外に、護衛らしき影すら見えない。
「ヒヒ、勇ましいことですね。ですが、止めといた方がいいですよ。“今のワタシたち”は、軍隊と互角に戦えます。ここにいる全員、無事じゃ済みません。あちらにいる、彼女もね」
ファンタンは、あごでホテルのほうをしゃくってみせた。
「貴様ッ!スーに手を出すつもりか!」
「いいえ。というよりか、彼女がこのままであることを望んでるんですよ」
「な、んですって……?」
つぶやくウィローの声は、蚊の鳴くように小さかった。
「彼女から名乗り出たんですよ。あなたたちの身の安全と引き換えに」
「何を……知った風なこと」
「そう思いますか?現に、彼女がああしてあそこにいる理由も、あなたたちは存じてないんでしょう?疑問に思いませんでしたか。お仲間の突然の行動に?」
ウィローはまるで胸を突きさされたような表情だった。顔に血の気がない。だってそれは、俺たちが予想していたことと同じだったから。ただ、それがファンタンの口から語られたのが痛い。
俺は言葉が出ないウィローの代わりに、ファンタンに向き合う。
「仮にスーがおまえの言ったとおりに考えていたとして、どうしてアンタがそのことを知っている?アンタは鳳凰会を裏切り、マフィアについただけのはずだ」
「ふん。どうしてその二つを切り離して考えるんです?」
「何だと?」
「彼女が身を売ったのが、マフィアだとしたら?マフィアとカルペディ家がつるんでいないと、どうして言い切れます?」
「まさか……カルペディは、マフィアを使ってスーを探していたのか?」
「さぁ、どうですかねぇ。ただ、彼女のしっぽを握ったのがマフィアだったことだけ、教えといてあげましょう」
「……いつだ。どこで、スーのことを」
「そいつはな、このオレ様だよ!」
男の高らかな声が響き渡った。いつの間にか、男が一人ファンタンの隣に立っている。その声の主は、顔に大きな傷がある男……
「チャックラック組の、ボジック……!」
そうだ。あの傷の顔、間違いない。汽車から飛び降りて姿をくらました、ボジックだ。どうやら生きていたらしい。ボジックは得意満面ににやぁと笑った。
「久しぶりだな?あんときゃ世話になったぜ。おかげで死ぬ思いだ。けどおかげて、ドでかい土産ができたってわけよ。なぁ?」
「……ワタシたちが彼女の尻尾を掴んだのは、つい最近のことでした。汽車に忍ばせておいた手下から連絡を受けましてね?大富豪の令嬢が、ヤクザと行動を共にしているってものでしたよ」
そうか。あの時、確かにボジックは様子がおかしかった。まるで、何かに気づいた様子だった。だがそれも、マフィアからスーの特徴を聞いていたならうなづける。
「後はあなたたちが知ってる通りです。ワタシたちがそれを彼女に教えてあげましたら、彼女は自分から名乗り出てきましたよ」
「……なぜそうまでして、スーを探す!カルペディに与する理由はなんだ!」
「あぁ?そんなの、金に決まってんだろ、か・ね!」
ボジックは、さも当然だろうと言う顔で言った。
「カルペディ家が血眼でお嬢さんを探しているのは知ってたからな。ちょいと話を持ちかけたら、気前よく報酬を弾んでくれたぜ」
くそ、カルペディ家……というよりアンカーは、スーを連れ戻すためなら手段を選ばなかったらしい。あの男、見た目以上に危険だ。
「だっはっは!おかげでマフィアでの俺の覚えもうなぎ上りだぜ!金もたんまりくれるしな。貧乏くさいヤクザとおさらばして正解だったぜ。なぁ、ファンタンさんよ?」
ボジックは、組長であるはずのファンタンの肩をバシバシたたいた。だがファンタンは、それに対して眉一つ動かさない。まるで、立場が入れ替わったかのように……
「あれ、気づいちゃったか?今はな、この俺のほうが兵隊を率いる側なんだよ!なんつったって、あの襲撃を成功に導いた立役者だからなぁ」
「……そうか。お前が、組を、ヤクザを裏切ったんだな!」
「そうよ!おかげで今は俺様が大幹部よ!俺の価値を理解できるのはマフィアだったってことだな。バカなヤクザと違ってよ!」
ガハハハ、とボジックは唾を飛ばしながら笑った。
「んで、かわいそうだから“元”チャックラック組の連中は俺の下っ端にしてやったのさ。俺の価値がわからないバカなこいつらでも、無いよりはましだからな」
「……」
「んでもって、今てめえらをぶっ殺すのも簡単だけどな。あのお嬢さんが、お前らには手を出すなっつっててよ。したら自分の喉を掻き切ってやるってね。なかなかどうして、気概のあるお嬢さんだなぁ?」
「……くそが」
「キッキッキ!俺らとしても、あのお嬢さんに死なれちゃ報酬が減っちまう。彼女に免じて、今回は見逃してやるよ」
ボジックがさっと手を振ると、町並みに溶け込んでいた何人かの人影が、のそりと動いた。俺たちを監視していたんだ。いつでも見張ってるぞ、ということらしい。
「ま、せいぜい慎ましやかに暮らしてくれや……いつまで続くかは、わからんがな!」
ボジックは高笑いをしながら、歩み去っていった。
「……ちっくしょう!」
ガランガランガラーン!
ウィローが叩きつけた鉄パイプが、道路の上を転がった。
「おかえりなさい、みなさん。それで結果は……」
隠れ家に帰ってきた俺たちを見て、レスは悟ったように言葉を濁した。
「よろしくなかったようですね」
「ああ……思ったより、事態はややこしいことになっている」
「詳しく聞かせてください。何があったんですか?」
レスは椅子を引いて、俺たちに座るよう促した。
「そうでしたか……チャックラック組が手引きを……」
レスは、ぐったりとうなだれながら息を吐いた。予想はしていても、身内からの裏切りはこたえたらしい。キリーはそんなレスをうかがいながら、虚ろな目で言った。
「……これから、どうしよう?」
「……どうもこうもないでしょ。あの娘がいなくっちゃ、ウチはメイダロッカ足り得ないんだから!なにがなんでも取り戻すしかないじゃない!」
アプリコットが当然だと声を荒立てる。しかし……
「……けど、それを彼女は望んでいない。むしろそれをすれば、俺たちは確実に壊滅する。自分のせいで組が潰れたと、彼女は苦しむことになる」
「う……うるさいわよ!じゃあどうしろっていうの!?あの娘を見殺しにして、それで助かったってなんの意味もないわ!」
「アプリコット!落ち着いてください。気持ちはきっと、みんな同じはずです……」
アプリコットは一瞬カッと耳を逆立てたが、すぐにへにゃりと力なく垂らした。
「……こんなときに言うのも、どうかと思うのですが。実は、いい知らせもあるんです」
レスは実に言いずらそうにしている。“いい知らせ”とやらは、ろくなものじゃなさそうだ。
「今日になって、電話が何件か繋がった組がありました。比較的大きな組は、なんとか持ちこたえているようです。身を潜めることにはなりますが、ここを耐えしのげば、再興はありうるかもしれません」
「それって、まだ望みはあるってことだよ……ですよね?」
キリーが確かめるように言う。しかし、その表情は明らかに浮かない顔だ。
「ええ。ですが」
レスが言葉をとぎる。そのためには、ある条件が必要なんだ……
「それは、俺たちがおとなしくしていれば、の話なんだよな?」
「……ええ。そういう、ことです」
おとなしくしていれば。つまり、もめ事も、けんかも、起こしてはいけないということ。もちろん……
「……それって、スーを助けに行ったらいけないってこと?」
「……」
「そういうことだよね?わたしたちが暴れてマフィアの目を引いたら、こんどこそ鳳凰会はおしまいってことなんでしょ……?」
「……」
レスは、何も言わなかった。その沈黙が、なによりも肯定を示していた。
「……今日は、もう休もう。みんな疲れているだろう。そんな状態で話し合っても、いい案は出てこない」
俺の提案に、みんなはのろのろとうなずいた。今日の一件がそうとう応えているようだ。スー一人がいないだけで、こんなに違うものなんだな……
だとしたら。
俺は、ひとつの決意を固めた。
続く
《投稿遅れ申し訳ございません。次回は木曜日投稿予定です》
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