第32話/In The Storm
「みんな、ただいま!」
「遅くなってすまない」
「いいえ、まだ滑り込みセーフです。実害は出ていません。ステリアに動いてもらえて助かりました」
「そっか。ありがとね、ステリア」
「かまわない。私はもう被害受けてるし」
「そうよ、あいつらが動き出すのも時間の問題だわ。ねえ、本家と交渉はうまくいったの?」
「ううん……会長は言ったことを変えてくれなかったんだ」
「そんな、それじゃあ……」
「けど大丈夫!ユキが機転を利かせてくれたから!」
「え?どういうこと?」
みんなの目が俺を見る。俺は咳払いを一つすると、皆に説明した。
「会長の助力は得られなかったけど、代わりに自己解決を認めてもらったんだ。簡単に言うと、これから俺たちでチョウノメ一家を倒せば、万事解決だ」
「ね?大丈夫だったでしょ?」
キリーがにっこり笑う。あれ、だがみんなの様子が変だ。ウィローはあんぐり口を開けているし、あのステリアですら目を見開いている。
「……本気で言ってるんですか?」
「へ?そうだけど?」
「あれ、だってチョウノメ一家は、そこまで大きい組じゃないんだろ?」
俺の問いに、ウィローは首を縦に振り、すぐに横に振った。
「確かに、規模はそこまででもないです。おそらくチャックラック組のほうが大きいでしょう。ですが……」
「ですが?」
「だって、あそこには“雷獣”がいるじゃない!」
アプリコットが叫ぶと、まるでそれに呼応するかのように、窓の外で雷鳴が轟いた。ズズゥゥン……
「……説明、してくれないか?雷獣ってのは、いったい……?」
「雷獣。ジャコウネコ科ハクビシン属に分類される肉食獣の通称。学名はPaguma larvata……」
「ステリア、あんたは黙ってて。話がややこしくなるわ」
「……小粋なジョークなのに」
「雷獣というのは、いわゆる通り名です。彼のおもむくところ、必ず嵐が吹き荒れるということから名付けられた……」
「誰なんだ、そいつは?」
「ユキ、あなたも会ったことがあるでしょう。ニゾーの兄貴です」
ニゾー!あいつが……
「けど、その一人だけだろ?こっちにはウィローだっているんだし、気にすることないじゃないか」
俺がそういうと、ウィローの顔はにわかに曇った。
「……正直、私が勝てると、胸を張って言い切ることはできないです。恐らく、実力は五分五分かと」
「そんなに……」
「“パコロの雷獣”の噂は、首都でも有名なはずです。それだけ確かなものを持っているんですよ、あのひとは」
そういえば、会長も雷獣とかなんとか言ってたような……そんなに有名なのか。
「……けど、自分で言ったことには、自分でケジメをつけないとな」
「ユキ……わかりました。どのみちこれしか手はなさそうです」
「そうだよ!わたしたち全員で、ここを乗り切ろう。ここが大一番だよ!」
その時、ビルの下から怒号が聞こえてきた。何人もの男たちの声が、雨音をかき消すように辺りに満ちる。うおおぉぉ!
「ひゃっ。み、みんな!チョウノメ一家の人たち、乗り込んでくるみたいだよ!」
スーがあわあわと階下を指差す。
「ちっ、とうとう動きだしたか!」
「ユキ、行きましょう!」
「よし、いくぞっ!」
階段を使っている暇はない!俺は窓を大きく開け放つと、そのまま階下へ飛び降りた!
バシャーン!
雨に濡れた地面が、大きな水しぶきを立てる。着地した俺の周りからは、唐獅子のオーラが立ち上った。突然の俺の登場に、連中は度肝を抜かれてざわついている。
「……ユキ、あなたは日を追うごとにデタラメになっていきますね」
普通に階段を使って、ウィローが下りてきた。なんだよ、俺が変なヤツみたいじゃないか……その後ろからは、なぜかステリアも続いている。不思議そうな俺の視線に気づいて、ステリアは先に答えた。
「私も加勢する。店を壊されたら困るから」
「え?でも……」
「大丈夫、無理はしない。私が狩れそうなザコだけ片付ける。危なくなったらすぐ逃げるから、そのつもりで」
「そうか、いや十分ありがたいよ」
俺たち三人は、ずらりと事務所の前に並んだ。男たちも動揺から立ち直って、鋭い視線を投げかけてくる。するとその人波の一部がざっと割れ、一人の男が近づいてきた。
「……これは何のマネだ?メイダロッカ組よぉ」
「ニゾーの、兄貴……」
ニゾーの兄貴は怒鳴るでもなく、淡々とした口調で問いただした。
「俺たちも本家に掛け合って、認証をもらってきました。つきましては、今後のメイダロッカ組の方針は、今夜の“対談”をもって決めさせていただきます」
「……なるほどな。テメェらのなかにも、一人くらいは頭の切れるやつがいるらしい。いや、小賢しいと言ったほうが正しいな」
ニゾーの兄貴は、ふん、と鼻で嗤った。
「つまりは、おとなしく言うことを聞く気はないってことだな、メイダロッカ組諸君?」
「……そちらが話を聞いてくれれば、俺たちも穏便に済ませられるんですがね」
「残念だが、そりゃノーだ。俺たちは話を聞く必要なんかない。ここでオメェらを潰せば、それで丸く収まるんだからな」
それだけ言い残すと、ニゾーはくるりときびすを返した。
「お前ら、もう遠慮はいらねぇぞ。ぶっ殺せ」
「待て、ニゾー!」
「……口の利き方に気を付けろよ、坊主」
ニゾーは顔だけ振り向いて、こちらを睨んだ。
「用があるなら、そっちから来い。……生きてこられたら、の話だがな」
ニゾーは雨霧の中に消えていった。後にはチョウノメ一家の黒服たちが、ぞろぞろと立ちふさがる。
「くそ……まずは、こいつらを倒さないとか」
「人数的にも、おそらくチョウノメの総戦力が集まってるでしょうね。連中も本気です」
「なら、ここが踏ん張りどころだな」
俺たちはそれぞれ武器を構えた。
俺の武器は怪力だ。唐獅子の紅いオーラを纏い、グッと拳を握りしめる。
ウィローの武器は鉄パイプだ。背中は青い燐光を放ち、振るったパイプは雨を切り裂く。
以外だったのは、ステリアだ。ステリアはどこからか取り出した工具を両手に握っている。そしてその背中からは群青色のオーラを放っているではないか。
「ステリア、それ……」
「ん?刺青。彫師が彫ってないわけない」
ステリアのオーラは蒼く輝いたかと思うと紫、黒とその色を鮮やかに変える。まるで光を反射して、キラキラと輝いているようだ。その背に描かれているのは、
「鴉。英知、知識の象徴。神の使いとも称される、神聖な鳥」
「知識、か。きみらしいな」
紅、蒼、群青。三人のオーラは濡れたアスファルトにきらめき、宝石のように煌めいた。
「よし……気張るぜ!行くぞぉ!」
「ええ!」
「了解」
俺たちは一斉に走り出す!
先頭はウィローだ。ウィローは姿勢を低くし、猛スピードで突っ込んでいく。すさまじい速さだ、目には青い残像しか映らない。
コォン!
「ぐはぁ!」
黒服の一人が鉄パイプに打たれた。
「クソッ、このアマ!」
別の男がウィローを捕らえようと飛びかかるが、ウィローはパイプの先を男の襟に引っかけると、そのまま俺のほうへぶん投げた。
「ユキ!」
「ナイスパスだウィロー!」
俺は飛んできた男の腹を、ラリアットで打ち返した。
「ぐう゛っ」
「おらあぁぁ!」
くの字にぶっ飛んだ男は、他の連中にもぶつかってはじき飛ばした。
「ぎゃあぁぁ!」
「くそ、その二人は放っておけ!他を潰すんだ!」
チョウノメ一家は俺たちに背を向けると、ステリアが陣取る事務所の入り口へ向かっていく。
「ステリア!」
「ふふふ……いい度胸」
次の瞬間、彼女の持った工具が、恐ろしい唸りを上げた。彼女の右手には電動ドライバー、左手にはやすりの取り付けられた、アイロンのような機械が握られている。
「ふっ」
ステリアはステップで男の攻撃をかわすと、その腕にドライバーを容赦なく突き立てた。
「ぐぎ……っ!」
「やぁ!」
ガガガガ!ドライバーは激しく振動し、男の腕をえぐって深々突き刺さっていく。
「ぎゃぁぁぁぁあ!」
男はたまらず時面をのたうち回った。ステリアがガンマンのようにふっと息を吹く。
「インパクトドライバー……回転のほかに、衝撃による打ち込みを行う工作機械」
「このクソ女、よくも!」
別の黒服がステリアに殴りかかる。だがステリアは冷静にドライバーを引き抜くと、飛んでくる拳を左手のやすりで受けた。
「があぁぁぁ!」
黒服は弾かれたように腕をひっこめた。その手は擦りむかれたような傷だらけだ。
「オービタルサンダー。やすりを高速で振動させる工具。手で触れると危険」
ステリアの戦い方は俺とも、ウィローとも対照的だった。最小限の動きで、チクチクと相手を攻め立てるスタイルだ。
「唐獅子、私の心配は無用」
「……みたいだな。まったく、頼もしいよ」
彼女はほっといても平気そうだな。俺は正面へと向き直った。半分ほどはウィローが片付けたようで、男たちの数はずいぶん少なくなった。ウィローは一人で何人も相手にしながら、まったく引け劣らない立ち回りを見せている。
「ウィロー!残りは俺が引き受けた!」
俺は連中の車の一台に手をかけると、力まかせにひっくり返した。ガシャアン!
「うおおおお!」
俺は横倒しの車に肩をつけ、そのまま押し始めた。ガリガリガリガリ!
ウィローと闘っていた男たちは、何事かとこちらを見る。その隙にウィローは、タッとその場を退いた。
「おらぁ!」
ドガンッと体当たりをすると、車は火花と水飛沫を同時に飛ばしながらスライドしていく。その先にいた男たちは、わきに飛び退く暇がなかった。
ドガーン!
「ぎゅう……」
車と壁にぺしゃんこにされ、男たちは声も出せなかった。
「よし、これで全部片付いたな。あとはニゾーだけだ」
「やつはこの道を真っ直ぐ行きました。この先には、波止場しかないはずです」
「わかった。そこが決戦の鉄火場だな……ステリア、ここは任せていいか!」
「もとからそのつもり。あんな大物は、私の手に負えない。あとはお願い」
ステリアはひらひらと手を振った。
「わかった。ウィロー、行こう!」
「ええ。ユキ、気を引き締めてくださいよ。ここからが本勝負です!」
激しさを増す雨の中を、俺たちはひた走った。
続く
《次回は日曜日投稿予定です》
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