第27話/Railway


外はいよいよ、前が見えないほどの雨脚となっていた。バケツをひっくり返したようとは、つくづくよく言ったものだ。

俺たちは例の隠し通路から抜け出た後、人目を避けるように土砂降りの中をひた走っていた。車は目立つから使えない。もし俺たちの動きが知れたら、ニゾーは必ず動き出すだろう。出発の前にこっそり覗くと、案の定、事務所の前に見慣れない車が一台停まっていた。おそらく、チョウノメ一家の監視役だろう。


「ユキ!見えてきたよ!」


キリーの声に顔をあげると目の前には、鉄の車体を連ねた汽車たちが、豪雨をものともせずに佇んでいた。駅に着いたんだ。


「ユキ、煙が出てる汽車を探して。それに乗り込むよ」


「え?切符を買わないのか?」


「もう普通の客車は終わっちゃったよ。ここにいるのはぜーんぶ貨物列車。その荷物のついでに、ちょこっと乗っけてもらうんだ」


それって無賃乗車じゃ……ええい、背に腹は変えられないか。

蒸気を吹き出す汽車はすぐに見つかった。この雨の中でも、もうもうと白煙を上げている。


「ユキー。ここココ!」


キリーがちょいちょいと手招きする。そこには分厚い鉄扉の貨物車があった。扉の止め金には、鍵が掛けられていないようだ。


「まぁ普通はこんな重い扉、開けられるわけないもんね。けどこっちには、唐獅子さまがいるのです!」


「……よしてくれよ。キリー、離れててくれ。今開ける」


俺は持っていたカバンをキリーにあずけた。スーの用意してくれた、旅の道具一式が入った大事な荷物だ。

俺は両腕に力を込め、扉をおもいっきり押し上げた。ギギギ、と唸って、鉄扉が少しずつ開いていく。


「ユキ、もう少し上げて!つっかえ棒がある!」


「よし、わかった……!」


おりゃぁ!さらにぐいんと持ち上げると、キリーはすき間から素早く中へ滑り込んだ。ほどなくして、ガチャン、と金具のはまる音がする。


「お疲れさま、ユキ。もう離して大丈夫だよ」


「よし、気を付けろよ」


鉄扉は一メートルほどすき間を開けて止まった。俺も続いて列車に滑り込む。つかえを外して元通り戸を閉めると、ほっと一息つけた。


「はあ、とりあえず侵入成功だな」


「そうだね。思ったより広くてよかったよ。けどこれ、なんの列車なんだろ」


「暗いな……待ってろ、確かスーがランプを……」


俺はキリーに預けたカバンの中から、手探りでランプを探り当てた。キリーのライターを借りて火をつけると、頼りない明かりが辺りを照らした。

車内には、木箱の山がいくつか積まれているだけだった。何を積んでいるんだろう?けど、今夜いっぱいはここで過ごすだろうから、寝る場所に困らないのはありがたい。


「ユキ、それで、へ、へ……ぃっくしゅん!」


「うわ。汚いぞ、キリー」


でろりと、キリーが鼻を垂らした。今まで冷たい雨に打たれてたからな、体の芯まで冷えているだろう。俺はポッケからハンカチを取り出した。こいつも濡れているだろうが……あれ?


「乾いてる……?」


「わっ、ユキ。いつのまに着替えたの?」


「えっ?いや、そんなことは」


どうなってるんだ?俺もずぶ濡れの濡れ鼠になっていたはずなのに、いつの間にか俺の服はほとんど乾いていた。


「ふわあぁ~……ユキ、すっごいあったかーい……」


キリーが俺の背中をぺたぺたさわる。確かに、背中の方が乾きがいいな。


「さっきので、唐獅子の力を使ったからか?」


「いいねぇ、湯たんぽみたーい。便利な墨だね」


「こんな効果もあったのか……っておい、キリー」


キリーは本格的に俺に抱き着いてきた。俺の腹の前で手がぎゅっと結ばれる。


「ちょっと、近いぞ」


「いいじゃん、寒いんだよぉ。はぁ、きもちー……」


キリーは俺の背中にぐりぐり頭を擦りつける。もぞもぞ動くもんだから、いろいろと当たっているんだけどな……


「あ、そうだユキ」


キリーはぱっと俺から離れると、なにやらごそごそやっている。


「はいこれ、ちょっとこれ持っててよ」


「へ?ああ……うん?」


これ、ズボンみたいに見えるんだけど……?


「あとこれも」


次に出てきたのはシャツだ。待ってくれよ、ズボンとシャツがない恰好っていうのは、つまり……


「こらっ、キリー!」


「おっと、動いちゃだめだよ。ほら、ユキは服乾かしてってば」


再びキリーに捕まえられると、座るように促された。なすがままに座ると、まっしろな足が絡みついてくる。


「……勘弁してくれよ」


俺は両腕に濡れた服をぶら下げ、さながら洗濯物干しの気分だった。


「ふいぃ~、生き返るよ~……」


キリーは暖を取ろうと、より密着してくる。


「……キリー、前々から思ってたんだけどな」


「ん?」


「あのなあ、この辺じゃどうなのか知らないが、そうほいほい男に抱き着くもんじゃないぞ」


「あっはは、しないよぉ。するのはユキだけだって」


え。それって、どういう……


「なーんかユキって、オスって感じしないんだよねぇ。なんだろ、お父さんって感じかな」


「……そうかよ」


ほめ言葉だ。ほめ言葉として、納得しておこう。くぅ……




「さて!お腹すいちゃった、ごはんにしようよ」


ぱりっと乾いた服を着たキリーが、腹をなでながら言った。


「そうだな。待ってくれ、スーが持たせてくれたんだ」


俺はカバンの中をごそごそやると、新聞紙の塊を二つ取り出した。開いていくと、中にはスー特性のサンドイッチが包まれていた。こげ茶色のパンに、肉や野菜がこれでもかと詰め込まれている。あの短時間で、よく作ったものだな。

俺たちは外の雨音を背景に、遅めの夕食をとった。

そうこうしているうちに、列車がガタンと揺れた。続けて、力強い汽笛が聞こえてくる。いよいよ出発だ。


「ふぅ、ごちそうさま。いやぁ、いいお嫁さんになるねぇ、スーは」


ガタゴト揺れる貨物車の中、食べ終わったキリーが手を払いながら言った。


「躾もきちんとしてるし、とてもわたしたちと同じ出身だとは思えないよ」


「え?きみたち、同郷だったのか?」


初耳だ。確かあの組は、みんな根無し草だったんじゃ?


「ああ、違うちがう。わたしたちはみんな孤児なんだよ」


「ああ、そういう……」


「そ。生まれた場所も、生んだ親もわからない。そういう意味で、わたしたちは“同じ出身”なんだ。だからみんな、苗字は言わないでしょ?わたしは便利だから“メイダロッカ”って名乗ってるけどね。誕生日も分かんないから、歳も適当なんだよ」


キリーはなんてことないように言うが、壮絶なバックボーンだ。みなが当たり前に持っている、親も苗字も、自分の年齢さえも知らないなんて……それはなんだか、とても寂しいことのように思えた。


小窓から差し込む町明かりが、目の前の床をビュンビュン通りすぎていく。ガタン、ガタンと規則正しい揺れは、まるで揺りかごのようだ。


「ふわぁ……ユキ、そろそろ寝ない?」


そう言うキリーの目は、もう半分閉じている。長い一日だったもんな。


「そうだな。明日はいつくらいに着くんだ?」


「たぶん……朝方じゃないかな。この汽車も“首都”行きだと、思うから……」


首都……文字通り、このアストラ国の中心部だ。鳳凰会本家は、そこに居を構えていると、キリーから聞いていた。


「なあ、首都って……」


ぱたりと、小さな物音。俺がキリーの方を見ると、床に倒れこんで、すぅすぅと寝息をたてていた。


「……緊張してたんだろうな」


いつも通りに見えたが、さっき抱きつかれた時、彼女の手がまだ震えているのに気づいた。もちろん、寒さのせいもあるだろうが……この旅は、組の命運をかけた大一番だ。彼女の小さな肩には、重すぎる重圧だろう。

俺はジャケットを脱いでキリーにかけてやると、この線路の先に待つ決戦に思いを馳せた。


続く


《次回は木曜日投稿予定です》

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