第28話/Passage

俺は、夢を見ていた。


(ここは……学校か?)


学生服を着た俺は、廊下を足早に歩いている。妙にリアルな夢だな。まるで映画の中に入り込んだようだ。

ふいに、声がかけられる。


「センパイ。そんなに急いで、どこ行くんすか?」


声の方へ振り返ると、セーラー服の少女が立っていた。見慣れないな、誰だろう?

しかしそんな心とは裏腹に、“俺”の口は勝手に動き出した。


「なんだよ。お前には関係ないだろ、『黒蜜くろみ』」


クロミ、と呼ばれた少女は、むっとした表情を浮かべた。


「ふーん……どうせまた“引本ひきもとセンパイ”に会いに行くんでしょ。バレバレっす」


「なっ……べ、別にいいだろ。生徒会の打ち合わせに行くだけだよ」


「ウチ、なんの用かなんて聞いてませんけど。なに焦ってるんすか?」


(ははは、なかなか言うな)


この“俺”は、この子に敵いそうにないな……他人事じゃないけれど。


「~っ!もういい、話がないなら行くぞ!」


「あっ、うそうそ!からかいすぎましたっ!」


黒蜜はパタパタと駆け寄ってきた


「実は……またうちのクラスメートが泣かされて。たぶん、“苅葉かるはセンパイ”の仕業かと」


「なに?またあいつか……!」


カルハ?泣かされるなんて、物騒な話だ。不良か何かだろうか。


「まったく、なにが不満なんだ!いつもいつも、問題ばかり起こして!」


「そんなの、分かりませんよ……そもそも、言葉分かってるんですかね?」


「さあな……あいつが日本語話してるの、見たことないよ」


「父親がマフィアだって噂もありますしね。危険度満点っす」


(おお……すごいキャラづけだな)


どうやらその苅葉とかいうのは、日本人じゃないらしい。それも、マフィアの子か……


「わかった、俺から言っておくよ。その泣かされた子、他になにかされなかったのか?」


「はい。物を盗られたりとかは、特には」


「そうか。不幸中の幸いだな……っと。じゃあ、俺はそろそろ行くよ。黒蜜、お前も早く帰れよ」


「そんな、母さんみたいなこと言わないで下さいよ……では失礼します、センパイ」


黒蜜はぺこりと一礼して、廊下をたたたっとかけていった。

それを見送ると、俺も反対方向に歩き出す。茜色の廊下には、俺の足音だけが寂しく響いた。パタン、パタン。


(不思議だな……妙に懐かしい、というか)


ここが夕焼けの校舎だからそう感じるのかもしれないけど。だがそれだけじゃない。胸の底をちりつかせるような、そんな郷愁を感じた。

もしかして、これって俺の……


「……!」


その時、“俺”がはたと足を止めた。俺一人だけだと思っていた廊下には、もう一人の先客がいた。

長いブロンドの髪をした少女が、廊下の壁にもたれている。彼女も俺の姿を見とめると、こちらをキッと睨んだ。その眼は碧色だ。

“俺”はたまらずこぼした。


「苅葉……!」


えっこの子が、例の不良の?だって、女の子じゃないか。

苅葉。そう呼ばれた少女は俺を睨んだまま、壁を離れてまっすぐ立った。こうしてみると、なかなかの迫力だ。女子でありながらも長身で、俺と目線が変わらない。ド派手なブロンドヘアーと、つり目がちな紺碧の瞳は、日本じゃかなり目立つだろうな。俺はキリーたちで見慣れてるが……

苅葉は俺をただ見つめるだけで、一言も発さない。


「……なんだよ」


「……」


「……言いたいことがあるなら、はっきり言えよ!黙ってちゃ何もわからない。そんなんだから、みんなに疎ましがられるんだろ」


「……ッ!」


苅葉はギリッとこちらを睨みつけた。もとが派手だから、すごい迫力だ。


(怒らせちまったな。“俺”も言い過ぎだ)


苅葉はぷいっとそっぽを向くと、そのまま俺の脇をずんずん通り過ぎる。だが去り際に、俺の向こうずねを思い切り蹴飛ばしていった。ガツン!


「いってぇ!」


うわぁ、今のは痛そうだな。夢の中だからか、俺は何も感じない。


「おい、待て!」


“俺”は足を引きずりながら、苅葉を追いかける。彼女の肩を掴もうとすると、苅葉はぶんっ、と身を翻した。ブロンドの髪がぶわりと舞い踊る。次の瞬間。


「キャーーーーーー!」


うわっ。苅葉が耳をつんざくような叫びを上げた。


「お、おいっ」


「オソワレルーーーーー!」


「ばっ、バカ!なんて事言うんだ!黙れ!」


“俺”は苅葉の口を塞ごうとやっきになり、苅葉は苅葉で俺の手に噛み付いたりと全力の抵抗を見せた。二人ともひっくり返っての大乱闘だ。


(な、なにやってるんだか……)


はたから見てる俺からしたら、子ども同士の大ゲンカだ。あ、ホントに子どもだっけ。

最終的に、“俺”は無数の引っ掻き傷と噛み跡と引き換えに、苅葉を黙らせることに成功した。単純にお互いのスタミナが切れただけだが。

苅葉は長い髪をボサボサにして、はぁはぁ荒い息をしている。“俺”もぜいぜい言っていたが、無理やり口を開いた。


「お前……なんだって、すぐに人に突っかかるんだ。さっきだって……」


苅葉は無言で俺を睨む。これは単に、息切れで声が出せないからだろうけど。


「……話してみろよ。じゃなきゃ、なにもわからない。お前、誰かを待ってたんじゃないのか?」


苅葉が碧い目を丸くした。


「お前が黙ったままだから、みんなもお前を遠ざけるんだ。せめて俺にくらい話せ。こんだけもみくちゃになって、今さらカッコつけてもしょうがないだろ」


「…………」


苅葉は、迷っているようだった。碧い目を右に、左にとさまよわせている。

その時、パタリと、廊下に小さな足音が響いた。


「……木ノ下君?どうしたの?」


声の方へと振り返る。そこにいたのは、長い黒髪の少女だった。きりっとした目元が印象的な、きれいな娘だ。弓道具だろうか、錦模様の細長い袋を抱えている。


「『手綱たづな』……」


“俺”にたづな、と呼ばれた少女は、パタパタとこちらへ駆けてくる。苅葉はそれを見て、苦々しげに呟いた。


「ヒキモト、タヅナ……」


ひきもと?ということは、彼女が黒蜜の言っていた、“引本センパイ”か。


「なんだか、すごいことになってるみたいだけど……なにかあったの?」


「いや、それが……」


パタン。“俺”が口を開きかけたその時、苅葉が何事もなかったように立ち上がった。その顔には、始めのころの険しさが戻っている。


「あ、おい……」


「あら、あなた……苅葉・アトゥーバさん、だったっけ」


「……」


手綱の呼びかけを苅葉は完全に無視した。ど、どうしたんだ?いきなり……苅葉はスカートの裾をポンポンと払うと、手綱とすれ違うように歩き出した。


「あれ、行っちゃうの?何か話してたんじゃ?」


「……オマエと話すことなんかナイ」


それだけ言い残すと、苅葉はスタスタと夕焼けの廊下を歩いていってしまった。


「まったく……あの子にも困ったもんよね。木ノ下君、大丈夫?」


「あ、ああ……」


手綱が差し伸べた手を掴もうとする。

するとその時、ガタンと物音がした。

なんの音だ?それに、なんだかさっきから聞こえてたような……?ガタン、ガタン……

瞬間、目の前の景色が掻き消えていく。夕日が、廊下が、手綱の手が、次々にぼやけていった。


(こ、これは……)


煙が立ち込めたような視界の中、俺の意識は急速に浮上していった。


続く


《次回は土曜日投稿予定です》

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