遡行不良
夕凪
遡行不良
目を開けると、俺は一面真っ黒の謎の空間に立っていた。
ここはどこだ?
昨夜、いや、今夜なのか?俺は風呂を出て読書もそこそこにベッドに入って眠りについたはずだ。
自室ではない。
6歳から12年間も暮らしてきた部屋の空気くらい、肌で分かるというものだ。
じゃあここはどこだ?
まあ、夢だろう。受験のストレスで良くない夢を見ているんだろう。
「夢ではありません」
全身黒。それが彼女の第一印象だった。
しかしよく観察してみると見覚えのある顔だ。
なんて言ったかな。そうだ、八牧だ。
中学の同級生で、俺の四恋目くらいの人だ。
「ここは現実…ではないですが、夢でもありません」
へえ、夢じゃないのか。
えらく感覚がリアルな夢だなとは思ってたけど。
そう思っていると、いきなり目の前の空間が光り始めた。
リビングにある家庭用テレビより少し大きいくらいのスクリーンだ。
子供が走り回る映像が映し出されている。
「私です。3歳の頃ですね」
はあ。可愛いね、としか言えない。
1分ほど遊び回る場面を垂れ流した後、映像が切り替わった。
今度は幼稚園か何かの合唱会の様子だ。
「これは5歳の頃ですね。歌、子供にしては上手いでしょう?」
いや、混じりすぎててどれが君の声か分からないよ。
胸元に付けられている名札には八牧と書かれている。
何を見せられているんだ?
しばらくするとまた映像か切り替わった。
教室で算数の授業を受けている彼女が映っている。
短く切り揃えられた髪に半袖短パンの彼女は、一見すると美形の男子のようだ。
「7歳の私です。よく男子に間違えられました」
まあでも、可愛い。
決してロリコンではないけど。
次は少し成長した彼女が国語の授業を受けている映像だった。
ショートカットに眼鏡の彼女は、僕の記憶に残っている彼女の印象と重なっていた。
ここにいる彼女の姿をした何かを見ると、真っ黒のコートのポケットから眼鏡を取り出し、掛けてくれた。
「9歳の私です。ここから6年間眼鏡でした。高校に進学してからはコンタクトだったので、なんだか懐かしい気分です」
そこからもテンポ良く2年ごとに映像は進んでいった。
11 13 15 17…19。
あれ、19?
暗い部屋に灰色のジャージで座り込むいかにもといった感じの引きこもりになった彼女についての説明を受けていた僕は、飲み下せない違和感につい首をかしげてしまう。
「そう、これが問題なんですよ」
問題?
まあ他人の未来がこんなよく分からない場所で見れてしまうのは問題だが、それ以外にもツッコミポイントは無数にある気がする。
まあいいよ。それらについては無視を決め込むことにしよう。
「あなた、高校生活に不満があったりしました?」
あったよ。
友達が出来なかった。
おかけで高3の1月に入ったってのに思い出一つもなし。
全く、嫌になっちゃうね。
「どおりで…フフッ。実はこの映像、視聴者の直近の青春相手の人生を振り返っていくものなんです。」
青春相手?
いやそれはおかしい。
俺と八牧は付き合ったりしていないし、話したことも片手で数えられるくらいしかない。
「あなたの場合、他にこれといった経験もなかったんでしょう。あまりに無さすぎて、中学時代まで遡って好きだった相手の人生を見ているというわけです。面白いでしょう?」
いや、面白くないが。
悪趣味が過ぎるよ、このシステムを考えた奴は。
「この先は見たくないらしいので、映像はストップします。まあ、よく分からない目に合わせてしまったことへの謝罪という意味も込めて、あなたに1つヒントを」
彼女はニヤケながら歩み寄ってくる。
なんだなんだ。
「彼女も受験のストレスでちょっと不安定になっている時期です。毎晩散歩しているみたいですよ。あと、最近近所に引っ越してきたみたいです。あ、2つ教えてしまいました。じゃ、さようなら」
早口でそう言うと八牧みたいな謎の女は笑いながら去っていった。
なんだったんだ?と考えていると、急に目の前が歪んで_____
目を覚ますと、そこは見慣れた自室のベッドの上だった。
ベッドから降りて時計に目をやる。
午前1時ちょうど。
1時間半も経っていたのか、体感30分くらいだったんだが。
俺は少しにニヤケつつ、ドアに掛けてあるコートを手に取り、階段を音を立てないように下りる。
サンダルを履いて玄関から出る。
見慣れた町の知らない顔を見てしまい、俺は少し恥ずかしくなる。
俺は普段夜は外に出ない健全な男子高校生だ。
3年間貫き通すつもりだった信念は、卒業を目前にして折れてしまったようだ。
コートのポケットをまさぐると、500円玉が入っていた。
自販機でホットミルクティーを買い反対側の道路を見ると、ついさっき会った女の本体が、青いコートを着てこちらを見ていた。
手を振って挨拶する。
ちょっとおどけてみたつもりだ。
彼女は一瞬驚いたような顔をしたあと、笑いながら手を振り返してくれた。
「久しぶり、こんな時間になにしてんの?」
それはこっちのセリフでもある。
ミルクティー、もう一本買っておこう。
今日は話したいことがいくつかあるんだ、八牧。
遡行不良 夕凪 @Yuniunagi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます