お隣に住むことにしました

葵菜子

afterglow

石畳がひかれ、レンガの建物が多いこの街。そこに一際目立つステンドグラスが張られた家がありました。この家にはおじいさんとおばあさんの2人が仲良く住んでいました。

おばあさんはおじいさんが起きるより1時間早く起き、朝の支度を整えおじいさんを起こしていました。そしておじいさんは朝起きると必ずステンドグラスの光が差し込むリビングで朝ごはんを食べます。この日の朝食はフレンチトーストでした。

「おばあさん、今日も美味しいよ」

「ありがとうございます。あなたに美味しいと言って貰えるのが1番嬉しいわ」

「あっ、そうだ。今日の夜は予定を空けておいてね。夜ご飯も作らなくていいよ」

「分かりました。でもどうして?」

「それは秘密だよ」

そう言っておじいさんは朝食を食べ終え、身支度を整え街の広場へと向かいました。

このステンドグラスが張られた家は、おじいさんとおばあさんが一生懸命働いて買った家です。元々教会だったのを改造して作られています。朝日と夕暮れが差し込むと、ステンドグラスは神々しくも優しい光を放っていました。その光を浴びておじいさんとおばあさんは長く暮らしていました。この2人は街でも評判のおしどり夫婦で、誰からも愛される存在です。そして互いに互いを尊重し、大切にしている人格者でもあります。そんな高齢夫婦ですが、おじいさんはメーデーに出向いたり、おばあさんは野菜を育てるなど、元気でした。

今日はメーデー、広場には町中の労働者が集まっています。

「今日は賑わってるなぁ」

おじいさんは人の波に揉まれながらも広場の中心へ向かいます。やっとの思いで広場中央の演説台に辿り着いたおじいさん。壇上へ登ります。時間はちょうど9時です。

「今から労働組合長のお言葉をいただく。皆静かにするように!」

おじいさんの隣で幹部らしい人が叫んでいます。

「諸君、君たちは資本家の犬ではない。自己が資産なのである。決して権力に屈するな。己の権利を振りかざそう!」

おじいさんの言葉に周りが熱気と共にドッと湧きます。そして長い演説を終えたおじいさんは家に帰りました。

おばあさんはおじいさんが共産党員なのを知っていました。共産党員と共に人生を過ごせば自信の評価がどうなるかもよく分かっていました。それでも結婚を選びました。街での評価は厳しいものでしたが、長く街に貢献する夫婦を見ていた人達は次第に彼らを認めるようになったのです。

時間は午後6時になっていました。この家のステンドグラスが夕焼けに照らされ、綺麗な光を反射し室内を照らしています。そしておじいさんは帰ってきました。

「おかえりなさい、あなた。夕ご飯はどうするの?」

「ただいま。今すぐ家を出れるように、支度をしてくれ」

「分かりましたわ。ちょっと待っててくださいね」

そう言っておばあさんは外行き用の服に着替えてきました。おじいさんの顔は自信に溢れたような笑顔、おばあさんは少し不安のある顔をしています。そしてこの2人を優しいステンドグラスの光が包んでいました。

「じゃあ行こうか」

おじいさんは扉を開け、歩いていきます。その傍におばあさんはついています。石畳の街にも電灯がつき始めました。数分ほど歩いたのでしょうか。2人は立派なレストランに着きました。

「あなた、もしかして.....。」

「今日は君と出会った記念日だろう?お店を予約しておいたんだ」

「まぁ、わざわざ。ありがとうございます」

おばあさんの顔が笑顔で緩みました。

白いテーブルクロスがひかれた、少し豪華なお店。値段はそれなりにするでしょう。ウェイターが2人の傍により、コースの前菜を運んできました。やはり前菜も高級感溢れるものです。

「じゃあいただこうか」

「はい、いただきます」

さっぱりとした野菜の風味と、薄いながらも濃厚なドレッシングの味が2人を幸せにします。談笑している2人に、コースの目玉であるステーキが運ばれてきました。高齢者でも食べれるよう小さく切ってあります。

「これは美味しそうだね。でも胃がもたれそうだ(笑)」

「そうですね。でも口当たりはいいですね」

おばあさんが肉を食べていたその時。

「神は偉大なり!」

叫び声がレストランに響きます。そして間髪入れずに男が服を脱ぎ機械物を晒しました。

「危ない!」おじいさんは咄嗟の判断でおばあさんを守ります。

ドン!という爆発音と共に無数の鉄片や鉄球が飛んできます。そう、これは自爆テロです。おじいさんとおばあさんは吹き飛ばされました。そしておじいさんが気がつくとそこはいつもの家でした。

ベッドから起き上がると、いつものステンドグラスにビニールが貼られています。

「おじいさん聞きました?カラスが町長さんの帽子を取ってしまったそうですよ。賢いカラスですね」

おばあさんの少し暗い声が聞こえます。リビングの方です。おじいさんは早足で向かいます。そこには二人分の朝食が用意されていました。

「いつもすまないね。ありがとう。でも今日はなぜ起こしてくれなかったんだい?」

おじいさんはそう言いながら朝食を食べようとしました。が、おばあさんは何故か朝食を運んでいってしまいました。

「ちょっと、おばあさん。まだ食べてないよ?」

おばあさんは聞こえていないのでしょうか、おじいさんを無視して朝食をキッチンに運んでいきました。

「ちょっとおばあさん」

そう言っておじいさんはおばあさんの肩を掴みました。しかしその手はおばあさんをすり抜けてしまいました。

「ひっぃ、なんだよこれ。私の体はどうなっているんだ?」

おじいさんは理解できませんでした。これはどういうことなのか。

「思い出せ、なんだ?何があったんだ?」

おじいさんは思考を巡らせます。そして重要な事を思い出しました。

「そうだ、あの時自爆テロに巻き込まれて.....」

全てを察しました。自分は死んだのだと。

あの時おじいさんはおばあさんをかばいました。テロ犯が仕込んだ爆弾は鉄球や鉄片が含まれており、その破片がおばあさんを庇ったおじいさんに突き刺さったのです。そしておじいさんはおばあさんの代わりに亡くなりました。家のステンドグラスがビニールで覆われていたのも、爆発の影響で割れてしまったからです。おじいさんは成仏出来ず、この家にさまよっていたのです。

「あなた、ありがとう」

おばあさんの声が聞こえます。おばあさんはさっきの朝食を持っておじいさんの写真に祈っています。

「あなたのおかげで私は生きています。あなたと暮らせたこの人生が最高に幸せでした。ありがとうございます。私がそちらへ行くのにはまだ時間がかかるけど、待っていてくださいね」

おばあさんの声を聞いたおじいさんは涙が止まりませんでした。そして、この世に残すものはないと思いました。

「私は先にあっちで待っておる。おばあさんは私の分も生きてくれ。私はあっちで気長に暮らしておるよ」

そう言って、おじいさんの体は光に包まれ天国へと旅立ちました。この家にステンドグラスの光や、夕暮れの優しい光が降り注ぐ事は二度とありませんでした。おばあさんとおじいさんは、今は離れて暮らしています。

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お隣に住むことにしました 葵菜子 @fuwafuwamodern

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