『第3章 黒い霧、悪夢の織り手』

第16話 黒霧、這い寄る

悠とヴィスラが”欲深なドラン=ヴィスラの砦”から流されて丸1日、森の中を彷徨い歩いて居た。

途中で見たこともない果物やキノコ、そしてヴィスラが捉えた獣などを口にしつつ、深い木々の合間を歩く。



「ヴィスラ、こっちの方向で本当にあってんの? 人の姿なんて見えないんだけど」



「まァ、ヒュマン族じゃなくて耳とんがりのエルフがこっちから来てるらしいさね。アタシのアーティファクト”万物の声”じゃ、そこら辺の石ころからの声さえも聞けるけど、あまり詳しくは分からないさね」




 半ば獣道。踏み固められていない道を、木々の間を抜けて草を押し分けてヴィスラが指し示した方向へと進んでいく。

ヴィスラはまるで歩き慣れた道のように進んでいくのに対し、悠は息を切らしながらなんとかヴィスラの背を追う。



「魔法とかってさ、ハァ、まるでなんでも、ハァ。出来るかと思ったんだけどさ、ハァ。違うんだな、ハァ」



「ん?」




 上り坂となった道の途中、ヴィスラは動きを止めて悠へと振り返る。

悠の額からは疲れからか汗が流れ落ち、木の幹で体を支えながらやっとの思いでヴィスラについていっていた。



「まァ何でも出来る魔法なんてあったら、それこそ、その魔法を使うやつに支配されているさね。使い手の力量次第で威力も範囲も段違いに変るけど」



 ヴィスラは坂道を下り、悠へと手を伸ばしながら答える。

悠はその手を掴むと、ヴィスラの力を借りながらなんとか顔を上げて歩みを進める。



「空を飛べる魔法があったらこんな山道をわざわざ歩かずに済んだんだけどな」



「あるにはあるが、アタシには使えないさね。まァ、アーティファクトの中にはそれこそ”辺り一帯のもの”を全て浮かすものもあるらしいさね」



「なあ、ヴィスラ。俺が元の世界に戻るためにはそのアーティファクトが必要なんだよな?」



「そうさね。それが?」



「そもそもそのアーティファクトってなんなんだよ。魔法が使えるこの世界で、わざわざそんな不思議なアイテムを探すんだ?」



「アーティファクトは”邪龍の秘宝”とも言われていてね、大昔に神に戦いを挑んだ邪龍たちが作り出したらしいさね。本当かどうかは知らないけどさね、ただ、超常的な力を秘めていることは確かさね。少なくとも”次元渡り”なんてことが出来るのはアーティファクトの力に頼るしかないさね」



「ふぅん。まあ俺には帰るアテもないし、そのアーティファクトの力に頼るしかないか。 ……ん、あの霧はなんだ?」



 ふと、悠は黒い霧が出ていることに気が付く。

同時にヴィスラの耳に付けたアーティファクト”万物の声”が反応を指し示す。



「どうやら近くにアーティファクトがあるみたいさね。……霧の方向から反応か」



 ヴィスラはゆっくりと近づいて来る黒い霧を見ながら考える。

そして近くの枝を折ると、霧の中をその枝で探り始めた。



「取りあえず、この霧に触れたら溶けるとかじゃなさそうさね」



 黒い霧の中を探った枝を見ながらヴィスラはぽつりと呟く。

そして悠から手を離すと、ヴィスラは自ら黒い霧の中へと足を踏み入れる。



「えっ、ヴィスラ?」



「悠、アタシはこの先を見に行くさね。アンタも早く来るさね」



 ヴィスラは悠を残して黒い霧の中へと姿を消す。



(ああ、くそっ。行くしかないじゃないかっ)



 悠は思い切り息を吸い込んで、黒い霧を出来るだけ吸わないようにする。

そしてそのまま黒い霧の中へと足を踏み入れたのであった。

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