第3話
「大翔君、なーに読んでんのっ」
後ろから掛けられた声に身体が硬直する。声だけでも緊張するのに名前を呼ばれるなんてもっと緊張する。てかなんでいきなり下の名前なんだ。男たらしか。それとも天然か。
「え、えっと。これは、」
「言いたくないならいいよ」
彼女は言葉に詰まる僕を見て、薄く微笑みながら言った。
「そ、そういうわけじゃなくて、」
「じゃあどういう訳よ」
ニコニコしながらこちらを見ている。転校生のくせにグイグイ来る。
彼女が笑った時の涙袋の浮き出様はなぜか心を固まらせる。
「突然でびっくりして」
「ごめんごめん」
なぜ転校生に押されているんだ僕は。本来質問攻めにすべきは僕のほうじゃないか。
そう思った僕はとりあえず無難な質問をする。
「な、名前はなんていうんですか」
「佐藤恵梨花よ。よろしくね。」
「赤城大翔っていいます。よ、よろしく!」
変に大きな声になったよろしくを言った後、僕は恥ずかしくなって照れ笑いを浮かべた。彼女も微笑んだ。口に出して言わないだろうが、おそらく変人と思われているだろう。そんな彼女の気持ちがわかる故に、とても居心地が悪い。
「そういや、なんで敬語なの。ため口でしゃべろ?」
言われて気が付いた。僕らは同じ学年で同じクラス。敬語よりため口のほうがよっぽど適切だ。
「そ、そうだね」
彼女は言いにくそうなため口でしゃべった僕を見て、ふたたび微笑んだ。
「へーんなの」
とうとう言われてしまった。自分でも自分が普通ではないということは重々承知しているが、改めて他人に言われると少し落ち込む。
「佐藤さんはどこの県から来たの?」
「私は大阪よ。」
「僕ももともと大阪からここに引っ越してきたんだ」
「ほんと!奇遇ね。でも大翔君ぜんぜん大阪弁ちゃうやん」
大阪弁を急に意識したからかわからないが、佐藤さんの口調にすこし大阪の風味が出た。
「佐藤さんも今初めて大阪弁使ったよ」
「ばれちゃった?」
「ふふふ」「あはは」
僕らは笑った。
「大阪のどこに居たの?」
「それは内緒。そのうち教えてあげる」
「う、うん」
予想外の規制線に会話の調子が崩れる。自分の想定している返答以外が来ると困ってします。もう少ししつこく聞こうと思ったが、彼女の笑顔の裏に少し陰りが見えた気がしたのでそれ以上聞くことはやめておいた。
「大翔君は何か部活動してるの?」
次は僕があまり聞かれたくない質問だ。僕の勝手な判断だが、世の中ではやはり、文化系や体育会系のどちらかでもいいから、部活動をしているほうが好感度が高そうだからだ。いつも部活の質問をされて、帰宅部と答えると相手は反応に困る。そう思いながら、少し小さくなった声で答える。
「なにもしてないよ。帰宅部」
「そうなんだ。わたしもここに来る前、帰宅部だったのよ」
意外な共通点だ。
「大翔君の帰宅部はどういった活動をしているのかしら」
「え、えーと。僕の帰宅部は、、」
なんだ。僕の帰宅部って。初めて聞いた。みんなが部活中にしている事の事かな。それなら釣りとか......。頭をフル回転させる。
「釣りとか、んーと。た、探検?かな。今は受験勉強で忙しいからあまりできないけれど」
「探検かー。...なにそれ」
「行ったことのない道を探すことかな」
「前、山の中に続く道を通ってたらイノシシに出会って死ぬかと思ったよ」
「えー!おもしろそう!」
そう言いながらこちらを見る彼女の目を見ると、僕はもっと話したいと思った。
「放課後、見学に来る?」
普段の僕が女の子に対して絶対に言うことのないであろう言葉が口からこぼれた。
「いいの?嬉しいけど、、、」
「イノシシは嫌よ?」
二限目を知らせるチャイムと同時に、先生が教室に入ってきたところで僕らの会話は終了した。
背中の汗は、一時間経っても乾いていなかったがそんな事を気にしている場合でもなかった。
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