第7話
翌朝サーヤとトーヤが目を覚ます前に起床し、兄達から代わりに与えられた部屋に窓から滑り込む。手早く着替えて、ギュールを呼ぶと、少しも立たないあいだに、扉がノックされる。
「どうぞ。」
「失礼します。御用は何でしょう?」
「ごめんねこんな朝早くに。兄達と話がしたいから、時間を取ってもらえるか確認してきて欲しいんだよ。」
「かしこまりました。しばらくお待ちください。」
そう言って、ギュールは部屋を出ていく。
ギュールが戻ってくるまでの間に、私財を纏める。腐っても王家の三男坊なのだ。存在が消されてようと、あるものはそれなりにある。流石にこの国の通貨は持ってはいないが、宝石類や本はある。ギュールに本はまだまだ高価であると聞いたことがある。
それらを売れば、それなりの額にはなるだろう。一番の難関は、足下を見られることか、舐められることで、不公平な取引をさせられることだよね。何せこっちの知識に頓着しなさ過ぎた。そのツケがだいぶ回ってきている。
ユウはそこそこ優秀だけど、知らないものは知らないし、どうすることも出来ない。だからこの世界に少しでも詳しい人間が欲しくて、トーヤとサーヤには声を掛けてはみたが上手くいくかどうかは分からない。
せっせと荷造りを終え、寛いでいると、ギュールが戻って来た。なんでも今すぐ会えるとのことで、アルテナは直ぐに会いに行った。
向かうのは、昨日と同じ長い机のある部屋。その一番下手(しもて)に座り兄達を待つ。今回はさほど待たずに兄達は現れた。
「何だね?お前の方から俺たちに用事とは珍しいものもあるのもだな。金でも欲しくなったか?」
部屋に入って早々に小馬鹿にしてくる長男のアルゴ。その後ろではネオが薄く笑っている。別にもう慣れたし、腹も立たない。それよりも話を進めることにする。アルゴの発言もあながち間違いではない。
「アルゴ御兄様、私は明日ここを立とうと思っております。その折に餞(はなむけ)を頂きたいと思いお願いに来ました。」
「ほう、愚弟が出ていくのだ可能な限り手伝ってやろうではないか。なぁネオよ。」
「ええ、その通りです。お前は何が欲しいのだ。」
アルテナそんなに目障りかな…?と思いながら、どこか兄達の機嫌が良い兄たちを見る。よっぽどアルテナがここから出ていくのが嬉しいっぽいし、なんとしても出て言ってほしいからこれ程までに協力的なのかね・・・と疑問に思いつつも交渉相手が上機嫌なのは都合が良い。雰囲気としては多少無理を言っても許して貰えそうだし、色々ふっかけてみようと、アルテナは決めた。
「はい、ここを旅立つと言っても私は何分世間知らずです。そして一人では心もとがないのです。ですから、ギュールを連れて行っても良いでしょうか?」
その一言で、入口で控えるギュールが驚く。しかし何も口は挟まない。
「ギュールをか……。おいギュール。お前が仮にここから居なくなったとして、この城の給仕に影響はあるか?」
「いえ、しっかりと後見も育ってきており、問題は無いと思われます。」
「そうか。ならば愚弟、ギュールを連れて出ていっても良いぞ。」
「ありがとうございます、アルゴ御兄様。ギュール、一つ質問があるのだが、私が外に出たとして必要なものとは何があるだろうか?」
ギュールさえ手に入ればあとは任せればいい。王家直属の執事が有能でないわけが無い。
昼までには話し合いが終わり、月々に王家からの支給が来ることになった。そして大きめの馬車一台も付けてもらえた。アルテナとしては十分であった。
ギュールに準備をお願いし、アルテナ本来の部屋である地下区画に向かう。扉を開けると、トーヤとサーヤが正座をして座っていた。
「答えは出た?」
アルテナが名乗らなくとも、声でわかるのか、はたまたこんなことを聞くのはアルテナだけだと分かっているのか分からないが、サーヤはコクリと頷いた。
「私とトーヤは、貴方について行くことは出来ません。」
彼らの出した結論は強い否定だった。
「私たちは、故意でなくとも人を殺(あや)めています。その罪から逃げることは出来ません。」
アルテナとしては連れて行けるものとばかり思ってはいたが、どうやら本人達は罪を償うつもりのようだ。この国の刑法なんて知らないが、殺人である。そう簡単ではないだろうことは簡単に想像はできる。
しかし、彼らが決めたのであれば部外者のアルテナが口を出す事はしない。
「そうか。じゃあね。またどこかで会おうよ。」
アルテナはそう言って部屋を出た。どこか悔しかった。自分が情けなかった。
そこにはギュールが立っており、準備が整ったと伝えてくれた。ここにいることを咎められるかと思ったが何も言われなかった。
王城出口には大きな二頭引きの馬車があった。その荷台には幾つもの荷物が乗せられてはいるが、十分に広い。
アルテナはその荷台に乗り込むと、ギュールは御者の席に着く。荷台の後ろをアルテナは見たりしない。見送りの人なんていない。手を振るなんてこともない。ギュールはアルテナが乗っていることを確認して、ゆっくりと馬車を進ませ始めた。
「アルテナ様、どちらに向かいましょう?」
ギュールがこちらも向かずに聞いてくる。無理やり連れてきたのは不味かったかな……?ギュール怒ってるっぽいよね。
「国外が良いな。出来る限り兄達の手の届かないところがいい。」
「では、東に向かいましょう。私にお任せ下さい。」
何故か沈黙になるのを恐れたアルテナは話を続ける事にした。
「僕にに着いてきたくなかったよね。ごめんね巻き込んで。」
「いえいえとんでもありませんよ。何分、アルテナ様のご機嫌が優れないようでしたから、隠しておりましたが、私とてもワクワクしております。」
振り向きながら、ギュールは笑顔でそう言ってくれる。
「でも、 家族とかいないのか?定職を失ったわけだし…。」
「家族ですね……。アルテナ様に私の身の上話などする機会などありませんでしたからね。」
こっちは向かないが、どこか照れくさそうである。ギュールの新しい側面が見られそうだ。
(……ユウ?)
《はい、何でしょう、マスター?》
(適当に会話するからさ、ギュールの身の上を覚えておいて欲しいのだけど…。正直覚えておける自信が無いからさ。)
《承知しました。念入りに、注意を凝らし記憶します。》
ちょっと大げさな気もするが、これで大丈夫。ギュールとの話に花を咲かせることにしよう!
「私には家族がいました。私には勿体ない位の妻と息子と娘の四人家族でした。しかし私は職業上、家にいることがほとんどありませんでした。しかし妻は文句一ついいませんでした。それどころか、貴方は国に使えているのです。私は全力で貴方に仕えましょう、なんて言って、私に尽くしてくれました。時折帰る私から見ても家は隅から隅まで綺麗に掃除されていました。」
ギュールが昔懐かしそうに語る。アルテナとしては、ギュールがこれ程話す人だったとは知らなかった。生まれてずっと近くで支えてくれていたにも関わらずだ。自分が情けない。それだからこそ、ギュールの話に耳を傾ける。
「アルテナ様がお生まれになる五年ほど前に流行病があったことはご存じでしたか?私の妻はそれにかかり、寝込んでしまった。それなのに私には何も出来ませんでした。」
(うーむ……。ユウ?)
《マスター、私が対処しましょうか?》
(出来る?聞きたくないわけじゃないんだけど、ちょっと…。)
《承知しました。少し脱力してください。身体の主導権を頂きます。》
力を抜くと少しずつ、体から意識が乖離してゆく。すると、自分の身体の行動が俯瞰的に見れるようになった。そんな浮遊した感覚の中、思考も浮遊する。会って間もなかったが、アルテナはあの二人のロスを味わっていた。
不安が大きい。あの二人を無理矢理にでも連れてくるべきだったか本気で悩んでいる。今からでも間に合うのでは無いかとか、兄達に掛け合えば何とかなるのではないか。
そうは思うものの、決して捨てられない可能性ががひとつある。
《それはあの二人が、マスターの今後を見据えた可能性ですね。》
(そう、ユウの言う通りだ。てかあれ?体の方は?)
《それ程意識を割かずに出来ています。マスターとの会話も可能です。》
(そうなの。ならアルテナの気持ちの整理に付き合ってよ。)
《もちろんです。》
(あの二人はどうしてついてこなかったと思う?)
《マスターの未来を見据えていた可能性が高いと判断します。》
(何で?)
《マスターは世間知らずです。》
(…………。何も言わないよ?)
《それは王城の中で、ギュールなどのお世話の中で自由気ままに生きていたからです。しかし、外の人間は守らなくてはならないルールの中で生きています。マスターの前世でもあったようにです。サーヤとトーヤにも人を殺めた自分達の未来は容易に想像が着くでしょう。》
ユウの言葉が重く伸し掛る。けれど、兄達に掛け合えば何とか……。
《その可能性は限りなくゼロに近いでしょう。何故マスターの兄達はマスターにトーヤとサーヤの身柄を隠したのでしょうか?》
(…………。あぁ、やっぱり無理か。)
落胆の下、思考を放り出した。
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