ソエル・ド・オルコンド

エリー.ファー

ソエル・ド・オルコンド

 勇者は帰ることにした。

 魔王を倒したし、すごく気分がいい。

 近くにあったチャラ箱に行こうと思ったがなんとなく疲れていたし、公園の噴水あたりで休憩をすることにした。

 かなり出店が出ていたので、とても明るかったが、人通りは少なかった。

 よく見ると年配の人間ばかりがいて、たぶん、町内の人ばかりで構成されているのだろう。

 焼きそばと、焼き鳥を買った。ビールを買おうかと思ったがなんとなくやめておいた。魔王の討伐までは酒を飲まないようにしておこうという、決まりを自分に課していたのだが、なんとなく酒を受け付けない体になっていることに気が付く。

 酒って不思議なものなのだ。

 あんなにも欲していたのに、今や、正直どうであってもいい。というか、お酒を飲まなくなった分、財布の中に金が残ることが多くなった。

 少し太ったような気がするが、まぁ、そういうものだと思うことにする。

「勇者様ですか。」

 いつの間にか隣に少年がいたので、焼き鳥を一本渡した。

「そうだよ。君は。」

「この町に住む少年です。」

「そうか、少年か。なるほど、では、少年。あのあたりで少し話しをしよう。」

「焼き鳥もう一本くれたらいいよ。」

「焼きそばももう一つ買って二人で食べよう。」

「わあ。」

 公園の真ん中にある噴水は弱々しく水を噴き出させては、風に煽られてもなんとかその体を保とうとしている。

「勇者様は、どうして、こんな町に来たの。」

「さっき、向こうの茂みでね。」

「うん。」

「魔王を倒してきたんだ。」

「え。この辺りに魔王いたんだ。」

「うん、いたんだねぇ。」

「怖い。」

「大丈夫だよ、もう退治してきたから。魔王はいないよ。」

「今度、コンビニでお母さんに魔王除けのスプレー買ってもらう。」

「それがいいよ。季節も季節だし、ポーションを開けたままにしておくと、湧いたりするから。」

「気を付ける。」

「うん。」

 噴水の水の勢いが弱まり、静かになっていく。

 いつの間にか夜が深くなっていることを気づかされる。そうやって一日一日が過ぎていくのが、本来の時間の使い方なのだろう。所詮、勇者でしかないのだ。こういう時間の使い方という点で言えば、私は下手糞もいいところなのだろう。

「お母さんは、この町はいつか消えてなくなるって言ってた。」

「そうかい。」

「それって、魔王のせいかな。」

「いや、過疎化じゃないかな。」

「そっか。でも、過疎化って何。」

「人がいなくなることさ。」

「お父さんが出て行っちゃったことも、そうなの。」

「それは離婚だけれど、言ってしまえば、家族内の過疎化と言うこともできるかもしれないね。」

「家族内って。何のこと。」

「親がいて、子供がいて、まぁ、形はそれぞれかな。」

「ふうん。勇者様の家族内はどうだったの。」

 足を組み直して焼きそばを一気に啜る。具が少なく、ダイレクトで麵が胃袋へと侵入し、違和感が生まれる。しかし、これがいい。これがなくては焼きそばを食べた意味がない。

「父は魔王の討伐で帰ってこなくなったし、母は余りステータスのいい人じゃあなかったから、姑との仲が悪くて大変だった。弟がいたけれど、小さい頃にモンスターに襲われたからな。」

「勇者様のお兄様が僕くらいの頃。」

「うん、そうだね。」

「じゃあ、今日だけ僕がお兄さんやってあげるよ。」

 噴水がまた水を噴き出させて、風に乗せて雫を運んでいく。

 電飾の光が雫の中に閉じこめられ、そのまま空気中で固定されたかのようにさえ感じる。

 私は長く息を吐いて鼻で笑う。

「一言いいかな。」

「なあに。」

「ありがとう。」

「どういたしまして。」

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