第28章 アリアとイグニス



 王宮 屋根上


 広間にいる聖獣……ではなく大きな獣は、勇者様達が相手をしてくれている。

 だから、心配は要らない。

 きっと大丈夫だろう。 


 会場の物達をなだめるには、知名度のある者達に任せるがベストだったはず。

 心配してしまっては、かえってあの場を任せた彼等に失礼だ。


 それに、あそこにはレットとアンヌがいる。

 二人は、勇者様と肩を並べられる事がとても嬉しそうだった。


 仲直りができたのかどうか分からないけれど、特に見たところぎくしゃくした様子はなかった。

 気兼ねなく接する事ができる仲間がいるのだから、きっときちんとやってくれるはずだ。


 そして、私達は広間を出た後、王宮の屋根の上に上がって人影を探していた。

 相手があんなにも派手にこちらを襲って来るとは思わなかっったが、何かをしてくる事だけは分かっていたから、王宮のどこに人が隠れていても、探し出せる自信はある。


 魔物使いだと聞いたけれど、魔物操るにはそう遠くには離れられないとも聞いた。

 なら、必ずこの近くにいる。


「たまに登ったりはしてたけど、夜は初めてね」

「ステラちゃんって、子供の頃からお転婆さんだったんだね」


 呟けばニオがそんな風に反応。

 生暖かいような、若干何かを諦めたような顔だ。

 そんな事はないと思うけど、他の面々を見ればツェルトもライドもニオみたいな顔してる。


 別に期待の王女というわけでもないし、子供なんだから他の遊びに飽きたら屋根の上にのぼるくらいするわよ。

 これくらい普通だと思うんだけど。

 例えば国の中で一番偉い人が……レアノルド兄様とかが登ったら、大変な事になりそうだが。


 そんな会話に割り込むのは先生とエルルカだ。


「無駄話くっちゃべってねぇで、集中しろ」

「見つけた、あそこ」

「アリア! イグニス兄様!」


 そしていると、広間のあった場所から少し離れた所の屋根で、アリアとイグニスがいた。


 それと、アリアの背後に見知らぬ男の人。

 丈の長いローブを身につけた、先生と同じくらいの年の白髪の男性。

 知らない顔だ。


 待ち構えていた様子の三人に、私達は対峙する。


 最初に声を発したのは、ヒロインだった。


「こんな所まで来るなんて、ステラード・グランシャリオ・ストレイド!」


 忌々し気なアリアの言葉に、私は言い返す。


「今の私はステラード・リィンレイシアよ。ねぇアリア、どうして私の命を狙うの」


 ずっと正面から聞いた事はなかったが、兄さまたちと違ってアリアには私の命を狙う理由がない。

 思い付く理由があるとすれば、それはただ一つだけだろう。


 私が問いかけると、アリアは信じられないとでも言うような顔をした。


「しらばっくれないでください。貴方が私を殺そうとしているのは分かっています。だからこれは正当防衛です。貴方みたいな人に咎めるられる謂れはありません」

「それは……アリア」


 当然だが、私はアリアの命を狙ってなどいない。


 でも、その言葉で分かった。

 やはり彼女も前世の記憶を持っているのかもしれない。

 私と同じ世界で生きていて、この世界の事を知っているのかもしれない。


 それとも、エルルカの様に未来の事が分かる? 

 ……のだろうか。

 いいや、それはありえない。


 アリアにはそんな力はなかったはずだ。

 私は彼女の事については、よく知っているのだから。


 魔物に呼びかけて、説得するくらいの事はできるようだけれど。

 

「私を殺そうとしているんでしょう。ステラードさん。その為に一生懸命剣の腕を磨いていた、違いますか?」

「誤解よ、アリア。私はただ、そうするのが好きだったから」

「こんな場で、剣を振る為に振るなんて……、そんな理由が通用するとでも思ってるんですか」


 もう少し早く話し合いができていたら、こんなにもややこしい事にはならなかったのかもしれない。

 アリアはもう、そうだと思い込んでしまっている。

 彼女を止める為には、もう説得では無理だ。


 やはり、アリアが「私が命を狙っている」とずっと勘違いしていたのではないだろうか。

 もしそうだとしたら、それは……、なんて悲しいすれ違いなのだろう。


「もう、どうやっても私の話を聞いてくれないの……?」

「ええ、何を言っても私は聞く耳をもちませんから。私の代わりにここで死んでください、ステラード」


 アリアは、剣を手にして構える。

 戦う気満々だ。


 直接彼女と剣で戦った事はない。

 こうして接するまで、私はアリアが剣を使えるなんて知らなかった。


 そんな私の方にツェルトが手をおく。


「ステラ……、どんな答えを出しても、俺達はステラの味方だから、忘れないでくれな」


 それに同意する様にニオやライドも言葉をかけてくれる。


「そうだよ、ステラちゃん! ステラちゃんがニオの事、信じてくれて味方になってくれるように、ニオも同じだからね!」

「ま、剣士ちゃんには日ごろからお世話になってるし、こういう時にちょっとした世話を焼くぐらいなら、ね」

「……ありがとう、皆」


 話がまとまったところを見てか、先生が声をかけてきた。


「最後はやっぱりケンカで決着ってわけか、誰に似たんだかな」


 先生にですよ。

 もっと他の人にお世話になってたら、狂剣士だなんて呼ばれてません。


「まあ、いい。俺はあっちの方とケリつけなきゃならんからな」


 先生は顎で示す先には、先ほどから沈黙を貫いている、顔も知らない第三者。

 その人は、こちらに興味がないような素振りで、ただじっとアリアやイグニスの様子を窺っているみたいだった。


 けれど、先生が声を上げた瞬間、こちらに視線を向けて、一瞬だけ表情を歪めてみせた。

 そこに何があるのかは、私には分からない。


 けれど、戦わなければならない理由が、二人にはあるのだろう。


 エルルカが話の流れを察して、こちらに声をかけてきた。

 そして、小さな声である事を押してくれる。


「ステラ、あそこと、あの場所だから」

「ええ、ありがとう。頼りにさせてもらうわ」

「頑張って……」 


 彼女の視線の先にあるのはただの屋根だ。だが、そこに何かがあるのだろう。

 助言してくれたエルルカは、先日遺跡で手に入れた水晶を持った。

 その動作に何かに気が付いたようなそぶりを見せるローブの男性が、その場から離れていく。


 それに合わせて、先生とエルルカが後を追い、そして……。


「あっちは俺がやる。ステラード、占い士は借りてくぞ。ニオとライドは好きな方選べ」

「じゃあ、ニオもそっちで! 後でね、ステラちゃん」

「ニオちゃんがそっち行くなら、俺も行かないとな」


 ニオとライドもそちらに向かうようだった。


「あいつは、ニオがこてんぱんにしてやらなくちゃ。ステラちゃん、そっちの人もボッコボコにしちゃえって言いたいところだけど、闇堕ちは駄目だよ! 後悔しないようにね!」

「ニオちゃんは倒さなくちゃいけない敵が多そうで、大変だな」

「ライド君もそうだけど?」

「俺も!?」


 賑やかなニオが離れていくとその場が一気に静かになる。






 

「じゃあ、ステラはアリアと一対一で決着つけたいだろうから、俺はあのいけすかない野郎を相手にするか」


 ツェルトは、イグニスを相手にするようだった。

 申し訳ないけれど、正直助かる。

 アリアとは、しっかり決着をつけたいと思っていたから。


 その気持ちは彼女もおなじだったらしく、こちらに応じるように一歩前に進む。


 しかし、彼女が身動きをする前に、横からイグニスがその方を掴んだ。

 この場に来て初めて、私の兄と目が合った。家族だけれど、小さい頃に私の事を切り捨てた人と。


「レアノルドが邪魔をしなければ、会場の床ごと爆破させて亡き者にしたものを。アリア、必ず決着をつけろ。仕損じる事は許さんぞ」


 彼の口から聞かされる事実に、驚くしかない。

 そんな事をするつもりだったなんて。

 そんな事をしてしまったら、何の関係もない人達が大勢巻き込まれてしまう。


 こんな状況であっても、私と言葉を交わそうとしない兄に、憤りが込み上げてくる。


「イグニス兄様、貴方は私の兄ですよね」


 だから、そう一言だけ話しかけたのだが、相手から返って来たのは同じように一言だけだった。


「ステラード・リィンレイシア、つまらない事を聞くな」


 だからそれがどうした。

 とでも言いたげな表情だった。


 血のつながりなんてものは、彼にとって意味のないものだったらしい。


 そんな私の代わりにか、ツェルトが口を開く。


「それでもステラの兄貴なのかよ。家族を大事にできない人間が国を大事にできるとは思えない」

「王子だからこそだ。犠牲なくして、何かを成せるほどこの世界は甘くない」


 それはそうかもしれないけれど、けれどどうしても必要な犠牲だとも、その方法しかないとも思えなかった。


「無駄口を叩く暇などない、さっさと決着をつけるぞ」


 しかし、これ以上話し合う事はないといわんばかりに、会話の機会が失われる。


 彼らは剣を手にして、敵であるこちらに切りかかって来た。



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る