第20章 勇者ユース



 それからも修行は続けたのだが、不意に力加減をあやまってしまい、ちょっとだけ地面をえぐり取ってしまった。

 基本は周囲を荒らさないように心がけているのだが、慣れない事だったため気が緩んでしまったのだろう。


 深くえぐれてしまった地面から、大量の生暖かいお湯が降り注ぐ。


「……貴方達って、色々すごい」

「ええと、とりあえず言うわね。ツェルト、ごめんなさい」


 修行中に、温泉みたいなのがわき出してくるなんて思わなかった。

 そういえばゲームでもこんなイベントがあった。場所がちょこっと違うのが気になるが、ヒロインが修行をしているとその影響で温泉が湧いたみたいな感じのイベントが。

 一枚絵もあったから、よく覚えている。


 とすると、これ後で有効活用されるらしい。

 それは良かった。

 良かった……けど、今は良くない。


 私達は離れた所で、温かいお湯が降り注ぐのを見てあっけにとられてるけれど、その中で一人噴出した水の直撃を受けてしまった人がいるのだ。


「いや、これくらい温かいから平……はっくしょん!」

「ツェルト、着替えてきた方がいいわよ」

「うん、さすがにそうする」


 何がさすがになのか分からなかったが、濡れた服でいる事は不快だったらしくツェルトは大人しく校舎へと向かっていった。


「近くに温泉源でもあったのかしら。そういうのって校舎を立てる前に調べるわよね。という事は、地震の変化?」


 この間森の中で見た泉の事を思い出しながらあれこれ可能性を考えるのだが、その答えは意外な所からもたらされた。


「女神の加護が少しずつ回復してきている反動で、大地の恵みの力が大きくなったんだろうね。その影響だろう」


 それは、あの遺跡に向かった私達と例外でシェリカしか知らないことだ。

 一体誰が、と声をした方を向くと一人の男性が近づいて来る所だった。


「ツヴァイが弟子をとったって聞いてから、驚いて見に来たんだけど……あはは、確かにこれは特別気になってしまう逸材だ」


 声の主は優し気な顔立ちをした人だ。

 穏やかな顔つきをした人で、輝く様な金の髪に銀の瞳をしている人。


 私は冒険物語などはよく読むけれど、女性が好きそうな恋物語も多少知っている。

 そんな話には、こんな容姿の人が出てきそうだった。


「こんにちは、お嬢さん」


 その人は、物腰穏やかにそう挨拶してくるが、ただそこに立っているだけでも隙が無いことがよく分かった。


「ええと、こんにちは。どなたかしら」


 とりあえず挨拶を返しながら相手の様子を窺う。


 とても荒事には向いていなさそうな外見なのに、その立ち姿には全く隙が無い。


 一応の警戒をしっつも尋ねれば、シェリカが驚きのセリフを口にした。


「もしかして、勇者ユース? こんな所に来るなんて、珍しいわね」

「この人が勇者?」


 先生の師匠?


 目の前にいるこの穏やかな雰囲気の人が?


 けれど、その勇者様がなぜこんな所に来たのだろう。

 剣守として有名らしいシェリカが勇者というのなら、彼が勇者様で間違いないのだろうけれど、そうだとしたらこんなところにいないで、もっと他にやる事とか行く場所があるのではないだろうか。


 そんな事を考えていると、目の前の人はこちらの考えを読んだかのように頷いてみせた。


「驚かせてごめんね。悪気はなかったんだ。時々町をふらついていたりするとよく人から驚かれる事があるんだけど、僕は自分で自分の事をそう大層な人間だとは思ってないから」


 ああ、それは私も少し分かるかもしれない。

 まだ失望される前に王族だった時は、何もできないのに形式的にお姫様扱いされて居心地が悪かったし、自分の事を人の上に立つような特別な人間だとは思っていなかったから。


「ただちょっと興味がわくままに見に来ただけんなんだよ。僕が剣を預けたツヴァイが、どんな人を後継に選んだのかをね。剣守にとっては仕事がなくなって残念な思いをしたかもしれないけれど」

「いえ、ユース様。私達はそんな事は、まったくありません。剣の保管は退屈そうですので」


 きっぱりと未練もみせずにそう応じたのはシェリカだ。


「あはは、気持ちいいくらい即答してくれるね君」

「私は別に一族の掟にも仕事にも興味がありませんから」

「ふふ、ツヴァイの仕事場には面白い子が多くて楽しそうだね」


 どういう会話をするのが正解なのか私は知らないのだけど、勇者様とする会話とは果たしてこんなもので良かったのだろうか。


 私の知ってる身分ある人達の会話はもうちょっとこう礼儀が必要だったり、口調がかしこまっていたりしたはずだが……。


 予想外ばかりの勇者様はこちらを見ながら、にこやかに微笑んだ。

 勇者様はとても気さくだった。

 衝撃の事実だ。


 でもそれもとうぜんかもしれない、あんなちゃらんぽらんな先生の師匠なのだから。

 いやそこまでは、言い過ぎだっただろうか。


「彼の事よろしく頼むよ。素直じゃないし、意地っ張りだし、面倒くさがりだし、優柔不断だけど、悪い奴じゃないから。彼を支えてやってくれないかな」

「それは、はい。もちろんです」

「うん、良い子だね。ツヴァイは良い弟子を持ったみたいで良かった」


 頼まれ事に自信をもって頷けば、満足そうな笑みが返って来た。


「じゃあちょっと様子を見にきただけだから、邪魔してごめんね」


 今日の一日のハイライトはこれだろう。

 学校の敷地内に温泉が湧いたら勇者様が現れた。


 このまま聞くと、自分でも何言ってるのかよく分からないが。








 そしてその後、エルルカの部屋に寄ったり、私の屋敷に来て修行したいと言ったツェルトを窘めたりして一日を終えた。

 その帰り際。


「と、いう事があったのよ、びっくりよね」

「ああ、俺もびっくりだ。その驚きの報告を一番最初に俺にしてくるステラに超びっくり」


 その日の出来事を二人で話していた。

 勇者と会った事は、あの場に戻ってきたツェルトに一番に聞かせた話の内容だ。


「私、何かおかしな事行ったかしら」

「いや、だってそういう事は……ほら先生とかに言うのが、ステラとしては普通の行動かも……みたいに思ったりさ。別にそうしてほしいわけじゃないけど」

「私、そんなにいつも先生を頼ってそうなイメージかしら」

「ああ、めっちゃある。結構ある。俺が思わず嫉妬して闇討ちしたくなるくらいある」

「そうだったの……」


 自分ではそういう事はよくわらかないが、ツェルトにそうまで言われたのならそうなのだろう。

 私としては、いつも子供に見られないようにできる事はきちんとやって、出来ない事でも余裕があればちょっと背伸びをしてきたつもりだったのだが。


「ねぇ、ツェルト。転生者って言葉、聞いた事ある?」

「ん? どういう意味の言葉だ。新しいステラ語か?」

「聞いた事ないなら良いの」

「よく分かんないけど、あんまり良い意味とかじゃないっぽい?」


 別にそんな事はないし、良い意味も悪い意味もこの言葉自体にはないのだが、私の表情で彼はそう判断したのだろう。


「ええと、そうね。知ってる知識が最初から多くて、これから起こる事がある程度予想がつくようになる人の事、でもあるかしら」

「へぇ、凄い人なんだな」

「もしそうだとしたら、ツェルトはどうする?」


 ツェルトは、「うーん」と数秒悩んだ。

 想像もした事が無かったのだろう。

 彼は自信がなさそうに口を開く。


「どうなんだろうなぁ。実際にそうなってみないと分かんない事ってあると思うけど。たぶん、悪い事が分かったらそれを防ぐために行動するだろうし、良い事が分かったらそれがちゃんと起きるように頑張るんじゃないかな」

「私とお揃いね」


 彼の態度をみて、私は安心する。

 こちらの意見としても大まかに一致するというのもあるが、彼に拒否感がないところが。


 胸のつかえが少し取れた気分だ。

 ツェルトに引かれたら、ちょっと結構ショックを受けてしまうかもしれないと、思っていたから余計に。


「えっと、あのツェルトに聞いてほしい話があるんだけど、ちょっと驚く様な話ばかりなんだけど、時間があった時で良いし、暇な時で良いから、聞いてくれる?」


 だから、私は思わずそんな事を言ってしまっていた。


「えっ?」

「えっ?」

「いや、どうしてステラが自分で驚いてるんだ?」


 自分で自分の発言に驚く。


 まったくそのつもりなんてなかったのに、どうしてそんな事を言ったんだろう。


 秘密を打ち明けようだなんて。


「あ、今のは聞かなかった事に……してくれる? その、えっと」


 私は慌てて先程の発言を取り消そうとするのだけど、そうすると彼がとても悲しそうな顔をしたので困った。


 一度言った言葉を取り消すのは、どうなのだろう。


「そ、そうだよな。まずステラは先生だし、分かってる、大丈夫。俺、泣かない強い挫けない子のツェルトだから。こういうのって順番があるし……くそ、先生後で闇討ちしてやる」


 何やら途中から物騒な事を言っている様にも聞こえるが、総合的には彼は悲しかったのだろう。


 私は内心で凄く焦った。

 彼を困らせたくない事でこんなに困った事なんて、きっと今までにない。

 私は、どうするべきなのだろう。


「私は……」


 先生は当然困らせたくない。

 だって私は先生の弟子だから。頼むばかりでなく、先生の力になってあげたい。


 なら、ここで勇気を出す時なんじゃないだろうか。

 逃げるべきではないのではないだろうか。


「私……」


 声が震えてきそうだった。

 拳をぎゅっと握りしめていると、ツェルトが私の手を取った。


「大丈夫だよ、ステラ。ステラが何を言いたいのか分からないけど、俺はちゃんと待ってるから」

「ツェルト……」

「ステラは出来ない人じゃない、出来る人だって信じてるから」


 けれど、その一言で私の覚悟は決まった。


「ううん、大丈夫、ありがとうツェルト。私、話すわ、長くなるから、家に来てくれる?」


 きちんと踏み出そうと思った。

 長い事足踏みしていたこの場所から。



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