第18章 看病
ウティレシア邸 私室
頭が痛い。
ガンガンする。
アルコールは駄目だ。
もはや凶器だ。
勉強会を装った酒盛りが終わってから一日経った。
もう一日だ
けど、悪影響が残っている。
まさかここまで影響が出るとか。
こんな体たらくでは、いけない。
お酒はもう金輪際飲まない方がいいだろう。
ベッドの上から起き上がれないでいると、先生の顔が目に入った。
ニオ達は普通に登校したのに私だけいないものだから、何が起こったのかと思ったらしい。
天変地異でも起こったのか、みたいに言わないでほしかったが、心配してくれたのは嬉しかった。
それで、授業後に先生が私の具合を見に来てくれたのだ。
先生は私のおでこに解熱作用のあるシップを張り付けて、罵倒。
「馬鹿だろ、お前」
「ぅぅ……」
「アルコールの過剰摂取で起き上がられなくなるとか、お前馬鹿だよな。ばーか。知ってるか、ニオが言ってたぞ。そういうの脳筋って言うらしいな。馬鹿の能筋か、救えねぇな」
バカバカ言わないで。
十分反省してますから。
「すみません」
「また俺の世話になるなよ」
「心配かけてごめんなさい。もうしません。一生しません」
今の先生は白衣を着たお医者さんモードだ。
お薬だって持ってきてるし、診療器具だって用意してある。
その手際の良さは小さい頃と、全然変わらない。
私はただベッドの上で、大人しく聞くしかなかった。
叱られるのは苦手だ。
別に誰からも叱られない環境で生きて来たと言うわけではないが、私は身近な人に叱られるのに弱い。
その人が自分の事を心から心配してくれていると分かっていると余計に。
「反論できない事、先生から言われると……心にグサグサくるのよね」
「こなかったら、とんでもねぇ人間だろうが」
確かにそうだが。
罪悪感とか反省の感情以外もあるような気がして、不思議なのだ。
ちょっぴり嬉しい。
……私、変態じゃないわよね。
「でも、こうしてると何だか不思議な感じ。あの頃に戻ったみたい。だって先生なんか白衣着てますし」
「着てちゃ悪いかよ」
「そんな事言ってません。やっぱりそっちの方が合ってますね」
「そうか?」
先生の様子は特に普段と変わったところが無いけれど、やっぱりこっちの方が良いと思うのだ。
うまく説明できないのだが。
格好良く剣を振っているところもいいけど、優しく心配してくれる方が、先生って感じがする。
「剣を握るよりもずっと良いと思います。先生優しいですから、きっと本当は戦うのとか嫌いなんでしょう?」
「たわけ」
……なんて言ったら、否定されてしまったが。
「たわけって何ですか?」
「知らねぇのかよ……。とりあえずもう寝とけ」
布団にくるまって横になると、辛いはずなのに妙な安ど感が湧いてくる。
昔に戻ったような感じがする。
ずっと今まで、あの頃は辛い事の方が多いって思ってたのに、案外そうでもなかったのかもしれない。
楽しい事もあったし、嬉しい事もあったのだ。
あの時はそれに気づけなかっただけ。
「医者の方が似合ってる……か。俺は俺が分かんねぇままだよ。医者でも騎士でも救いたい奴が救えてねぇんだから」
「先生は誰かを救いたい人なんですね」
「似合わねぇだろ? 俺は、俺が何になれば良いのか、何になれば大切なもんをちゃんと守れるのか分かってねぇんだ」
「それって、そんなに大事な事なんですか? 何かになるって」
「あぁ?」
ステラは視線でツヴァイの使っている鞄を示す。
医療道具の入っている鞄を。
それは、ずっと前にステラが贈った物だ。
魔物に襲われてできた怪我が、ある程度治った時、王都の町を見て回った事がある。
その時に露店で買った物を、お礼としてプレゼントした。
先生はあの時、外に出た思い出に何か買ってくれるって言ったんだけど、私は特に買いたいものなんてなかったから、贈り物を買ったのだ。結局先生のお金で買った物だったので、贈ったと言っていいのか分からないけど。
でも、あの時の私には、先生以外に贈り物をあげたい人なんていなかった。
「私は騎士になりたいけど、それは先生を見たから。先生がきっかけだったからです」
私にとって騎士を目指すのは、それが恰好よくて人を救えるからじゃない。
先生みたいになりたいという動機があったから。
今では人の為にもなりたいと思っているけど、始まりはそうじゃなかった。
私は、何かになる事がそんなに大切な事とは思わない。
どうしてそれになりたいのか、それになって何をしたいのかが大切だと思っている。
「きっと、他の人と出会う機会があの頃の私にあれば、私は騎士じゃなくて医者を目指していたり、ひょっとしたら相談者……カウンセラーみたいな人を目指していたのかもしれません。もしかしたら勇者に憧れてた、なんてこともあったかもしれませんね。まあ、勇者も医者も先生ですけど」
あの頃の私の近くにいた大人はたまたま先生で、ボロボロでも恰好いい人間味のある頑張る騎士さんだった。
それを知ったから、だから私はそんな騎士になりたいと思ったのだ。
「何になって助けるかじゃなくて、助けるために自分が何をするか……それが大切なんじゃないかなって思うんです。私は、先生が騎士だったからじゃくって、先生がツヴァイ・ブラッドカルマという優しい人だから今の夢を目指してるんです」
だから、私は自信を持ってそう自分の考えを言うのだ。
すると先生は、なぜか私が被っていた布団を掴んで持ち上げた。
え?
と思ってる内に、再び布団投下。
私はすっぽりふんわりとした布団に、全身包まれてしまった。
頭部も含めてだ。
息苦しい。
「ほんっとお前ってやつは……。その気もねぇのに、よく言う口持ったな。ガキの頃から俺を驚かせすぎだろ。薬置いとくから、ちゃんと飲めよ」
「は、はい……」
もそもそと布団から顔を出せば、見えるのは扉に向かうツヴァイの背中だけ。
言われた薬は近くのテーブルに置かれている。
「お前はそう遠くない未来に、俺を追い抜くだろうな。そんなお前に力を託すために生き残って来たのだとしたら、俺の命にも意味があったんだな」
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