第17章 心配事たくさん



 追いかけて具体的にどうするつもりかは考えていなかった。

 取りあえず何か言わねばと思ったのだが、エルルカはなかなか足が早かったらしい。

 途中で私が使用人とぶつかりそうになってしまったのも大きかっただろう。


 玄関口にはすでの影も形もなかった。


 扉を見つめながらどうしたものかと考えていると、背中に声がかかる。

 振り向かなくても分かった。

 こんな時に声をかけてくれるのは、いつも彼だ。


「エルルカ、帰っちゃったのか?」

「ツェルト」


 部屋からいなくなった私達の様子が気になったのだろう。


「ええ、ちょっと心配になって」

「あー、俺もさすがに気になるな。エルルカってステラと似てる所があるし」

「ツェルトから見てもそう思うの?」

「そうそう、色々とな」


 私と彼がどんな点について似ていると言っているのかは、分からないけれど。

 見ていて心配になるのは大いに頷けた。


 エルルカと接していると、まるで先生と出会う前の自分を見ているような気分になってくる。


 とにかく、今から追いかけても間に合わないだろうから、諦めるしかない。

 話を切り替えて、私はツェルトに質問する。


「気になるけど、部屋に戻りましょう。あ、そうだ。今日の夕方はどうする? レットに稽古つけてもらう?」

「うん、まあそんな感じだな。勉強大変だけど、そっちもやんなきゃだし。レットさんを存分に頼ろう。ステラも大変だったら、俺を頼ってくれて良いんだぜ?」

「……ありがとう」


 一人でやる事に限界はある。

 エルルカが何か悩んでいるなら助けになりたい。

 けど、人の心配をする前に、自分が覚悟をきめないであやふやな状態ではいけないだろう。


 まず私が、アリアに命を狙われている件とか、ツェルト達に話さなくていいのだろうか。


 そんな私を見てツェルト苦笑する。


「そういうところがなぁ、似てるんだけどな」


 






 勉強会自体は予想に反して、順調に進んだのだが、やはりそれは途中までの話だった……。

 

 私達が部屋に戻ったら、予想とは別の大変な事が起きていた。


「にゅふふー、えへへー」

「ちょ、ニオちゃん。これお酒じゃないの!? 未成年なのに、何買っててきてんの!」


 ニオが酒を飲んでいたらしい、場の空気がおかしくなっていた。

 ライドが止めているが、彼女は聞いてないし効いてない。


 なぜ、お酒があるんだろう?

 この世界では15歳から成人扱いで、この場にいる皆はとっくに15歳を過ぎているが、お酒を嗜む趣味は無かった。

 それに今日は勉強をする為に集まってきたのであって、誰も食べ物や飲み物は持ってきていないはずなのだが。


 そうライドに聞けば、使用人がエルルカ用に間違えて持ってきたとか何とか。

 剣守の一族の人間はみな、お酒に強くて銘柄に煩いとかそういう噂があるらしい。

 剣守の一族にとって酒は水と同じ物だという。

 エルルカやシェリカもそうなのだろうか。

 

 しかし、勉強会にお酒って、どうなんだろう。

 ちょっとおかしくないだろうか。

 後でアンヌに聞けば、それが歴代の剣守をもてなす時の常識とか言われてしまったが。本当だろうか。


「あ、ステラちゃんこれ、飲んでみなよ。おいしーよー」

「ニオ。私、お酒はちょっと……」

「いいから、ね? ね? う、うぇぇぇん、すてらちゃーん」

「ええっ? どうして突然泣き出したの?」


 飲酒をやたらに進めつつも、喜怒哀楽の変化が掴めない友人の対応にどうすれば良いのか、もう分からない事だらけになってしまう。


「うわぁ、大変だ。ニオが出来上がってる」

「ニオちゃんって、お酒弱いのな」

「どうしよう……」


 ニオはコップの中身をあおって、ふらつく頭に振り回されている。

 目を話したら、倒れてしまいそうでかなり心配だった。

 これ、ちゃんと帰れるんだろうか。


 ニオは学校の寮に住んでいるから、そこまでちゃんと送ってあげた方がいいかもしれない。

 

 学校から帰って来たのに、また学校に戻らなければならくちゃいけないのね……。


 そう思うと、何だか心の中がもやもやしてくる。


「……ずるい」

「ステラ?」

「皆ばっかりずるい、わがままばっかり言って、私を困らせてもっと反省しなくちゃ駄目じゃない。いつまで甘えてちゃだめなんだから、きらいきらいきらい」


 ひとたび文句を口に出し始めると、何故だか止まらなくなった。

 頭がぼーっとしてきて、顔が熱い気がする。


「私だって人に甘えたいときがあるんだからぁ。しっかりしなきゃって思ってても、まだ子供でいたいのに。皆も、もうちょっとしっかりして……」

「な、何でステラまでニオみたいに……。はっ、まさか」


 ツェルトが視界の中で「うわっ」とか、「これは」とか言ってるが、どうでも良い事だと思うので、気に留めない事にした。


 彼は、テーブルの上に置いてあるお菓子の残りやら袋やらを確認して顔をしかめている。


「これ、お酒入ってる。お菓子だからって油断したんだな。うわぁ、どうしよう。そんなに食べてなかったはずなんだけど、あれだけで酔っ払っちゃったのか」

「うふ……これ、お酒だったのね。どうりで体がおかしいと思ったわ。熱いわね、脱いじゃおうかしら」

「ちょ、ステラ駄目だろ、こんな所で、いや、行為自体は別に駄目じゃないけど、他の野郎がいる所では駄目って言うか……。あー、やっぱり二人っきりでも駄目だ正気に戻ってくれ!」


 朦朧とした意識の中で見る部屋の様子はまるでカオスだ。


 ライドがニオを宥めようとしているが、ニオが見事な暴れっぷりで彼を翻弄している。

 こっちはこっちでツェルトが何か言ってるが、頭に入ってこないので、効かない。


 他人事みたいにそう思うが、思考が上手く回らないので対処のしょうがない。


 みんな楽しんでる。

 とてもハッピー。

 ならそれで良いんじゃない。

 それでオッケー。


 頭の中身が大抵そんな感じで横道にそれてまとまって、それ以上先に進まない。


「ニオ、王様になる。命令ね。めーれー」

「ちょ、ニオちゃん急に立ち上がらないでって、おわっあぶねっ!」

「一番の人が二番の人にちゅー」

「いや、何も始まってないから。ていうかニオちゃん、ちょっと重いんだけど。どこが言わないけど、当たってるんだけど!」

「三番の人が四番の人にぎゅー」

「無視された!」


 混沌という言葉が似合いそうな部屋の様子なのだが大丈夫だ。

 何が大丈夫なのか分からないが、きっとなんとかなるだろう。


「あーあ、俺の思いが報われる日はくるのかね。ツェルトの方は脈ありそうなのに」


 ため息を吐くライドが、何故か羨まし気にこちらを見てきた。

 私は良く分からないので、ツェルトによしよしされながらその言葉を聞いている。ちなみになんでよしよしされているのか、自分でもよく分からない。記憶とんでるから。


「まあ、とりあえず素面の時じゃ言えないから、今言っとくわ。ニオちゃんの事色々とありがとな剣士ちゃん」


 どうして今そんな事を言われるのだろう。

 最近、ニオに何かしただろうか。

 先生の事とかだったら、大分前のだろうし。


「文化祭の時に、怖いお嬢ちゃんが仕掛けて来たのをにーさまと一緒に追い払ったけど。中々やっかいそうなのに狙われてるみたいじゃないの。ツェルトはあんなだけど、あれでも頼りになるぜ。しっかり見てやんなって」


 おかしな事を言う。

 ツェルトの面倒ならいつでも見てるというのに。


 今もステラを膝まくらしてくれて、あたまをなでてごろごろさせてくれてるし。


 何だか、眠くなってきてしまった。


「お前がステラにお礼とか言うなんて珍しいな」

「色々あったんだよ、こっちでもな。あの優しげな顔したお嬢ちゃんの相手は大変だったんだぜ、ほんと」

「あの優しげな……って言われても分かんないから。何があったのかすごい気になるけど、聞かないでおく」


 意識を落とす前にそんな会話が聞こえてきたが、誰のものだか判別がつかなかったので、耳を素通りしていってしまった。





 そんな部屋の中に足を踏み入れる一人の女性。

 様子を見に来た使用人のアンヌが声をかけた。


 誰に声をかければいいのか分からなかったが、という感じで。


「お嬢様、お飲み物を……。ええとこれは?」


 ぐったりとした酔っ払い達の代わりにツェルトが代表して答えるしかいなかった。

 

「あー、何だろう。こういうの、カオスって言うんだっけ。何かごめんなさい」


 その後アンヌは大変だったらしいが、彼女のおもてなしのせいなので仕方ない。

 ツェルト達にはごめんなさいだけど。



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