第7章 恐怖の森



 わが校の文化祭は昼の部と夜の部に分かれている。

 昼の部は通常の学校と同じように、店を出したり催しものをしてたりするのだが、夜になると町に繰り出してそこで、町の人に向けてちょっとした剣の演武を披露するのだ。


 それは、堅いイメージがつきがちな騎士の卵と、町の人達との貴重な交流の場になっていた。

 知識だけを、技術だけを身に着けても、守るべき者を守り通すという意思が育たなければ、騎士たりえない。

 そういう考えの下で、十年前くらいに始まった最近の催しだ。


 王都くの町に繰り出して、夜闇の中でいくつもの明りに照らし出される町の中を出歩くのはいつもと違った幻想的な雰囲気だ。


 演武を披露するのは、三年生であるシェリカをはじめとした優秀な生徒達だ。町の片隅にある広い舞台にて、練習したものを披露している。

 その間の他の生徒達のする事と言えば、眺めるか、町の人たちとの交流だ。


 近くには催しに合わせた屋台が出ていたり、店が開いていたりするのでそちらに行っている者達もいる。


 かくいうステラも少し前までは、みんなとまざって楽しく時を過ごしていたのだが……。


「あのー。やめにしませんか? ほら、夜の森って危険ですし」

「そうやって苦手から逃げ続けて、三年になった時の交換制度の時は、どうすんだ」

「う、それは……」


 目の前には森がある。

 暗く鬱蒼として森だ。

 ステラは森が嫌いだった。

 だって、昔魔物に襲われた事があるから。


 けれど、驚く事に先生は今から王都の周囲の森に入ろうというのだ。

 私はそこに連れてかれてる。

 ひどい。鬼畜。


「誰が鬼畜だ。他の学校に行くにはまずこの森を出てかなきゃならんだろ。いつまでもビビってねぇでいくぞ」

「それはそうですけど」


 ステラは今は二年生だ。

 だが、三年生になると交換制度という者があって、別の学校に学びにいける制度があるのだ。


学ぶ事も多くて、新鮮な体験ができるらしいのだが、行く為には私の森嫌いを克服する必要があった。

 学校の授業や課題なら、なんとかなるのだが。


 日常では全く駄目なのだ。







 森の前

 私が前に、王都の外に出られない。なんて話をしたのを先生は覚えていたらしい。


 どうでも良い事はすぐ忘れるのに、どうしてそう言う事だけちゃんと覚えているんだろう。

 そこが先生が先生たる所以であると言えば、そうなのかもしれないけど。


「で、いつまでそこにいるんだお前」

「だ、だって」


 王都の端っこ、門のところでカカシになってしまった私に先生が声をかけてくる。


 まったく、何でこんな事になっているんだろうか。


 いや、分かっている。

 文化祭の夜の部で、先生を見かけて声をかけてしまったからだ。


 だって、知り合いを見かけたと言うのに、声をかけないでいると言うのもおかしな話ではないか。


「せ、先生の……先生のい、意地悪!」

「震え声で罵られてもな。意地が悪いってどこがだよ、俺はこんなに親切に世話を焼いてやってんだぞ。ちったあ、感謝しろ」

「そ、そんな事言われても、無理です……」

「まったく、ふだんあれだけ偉そうにしてんのに、何でこうなんだか」


 いくら先生に呆れられても駄目な物は駄目なのだ。

 王都の外に出られない。

 森を歩けない。


 足が凍り付いたかのようにその場から動かなかった。


 ここに学校の制服があれば、課外授業だと言って誤魔化しが効くというのに。


「はぁ」

「ため息つきたいのはこっちだっつーの。はぁ、ったくしょうがねぇな」


 ツヴァイはため息をつきながらステラの背後にまわって何事かをごそごそと漁る。


「な、何ですか先生。背後に立たないでください。ちょっと反射で切りかかりたくなっちゃったじゃないですか」

「怖ぇ事言うなよ。シャレになんねぇだろうが、誰だこいつの剣の腕育てた奴は」


 先生ですよ。

 自業自得です。


「俺だけじゃなくて、じいさんの分もあんだろ」


 そんな事を言い合いながらされたのは目隠しだ。


 ちょっと待っておかしい何これ。

 

 これで、戸惑わずに喜んだりしたらおかしな人だ。

 さすがに困惑する。

 それが普通。

 私はいたって普通だ。


「え、あの……これは?」

「見て分かんねぇか」


 いや、分かる。

 されている事は分かっている。

 分かりはする……のだが。


 ふいにニオと図書室に行った時の事を思い出した。

 あれはいつの事だったか。


 図書室で、王都の犯罪歴史を調べる宿題の時にその人たちに遭遇したのだ


『なんだ人がいたのか、どけ。俺が使う』


 偉そうな感じの雰囲気を纏った人、フィンセント騎士学校の生徒会長クレイがやってきて。


『ちょ、お前。そろそろ解放してくれてもいいのよ。っていうか何時間俺を働かせるつもりだよ。おい、残業手当出せ』


 首輪と目隠しをつけたライドが彼に引きずられてきたのだ。

 当然ひきずってきたのは、流れ的に生徒会長になる。


 ニオは彼等を見て、思った事を素直に言っていた。


『変態だー! なんか、犯罪級の特殊な趣味の人がいるー!!』

『そ、その声ニオちゃん。助けゴフっ!』

『黙れ奴隷。路頭に迷っていた貴様に餌を恵んでやったのは誰だと思っている。少しはご主人様の役に立とうという意思は湧かないのか』

『湧くか! この性悪人間』

『これ立派な犯罪だよねー。あ、後はごゆっくり』

『ニオちゃん、ちょ……』


 という感じで。


 変な事を思い出してしまった。


「犯罪?」

「おい、こら。人を犯罪者よばわりすんじゃねぇ。さすがにこの状況でそれはシャレにならんだろうが」


 見た目が怪しいという自覚はあった様だ。


 私が聞いているのはどうしてそんな事をされているのか、と言う事だ。


「先生、これって。きゃあ!」


 で、その後に腰を掴まれて、浮遊感。

 おそらくだが、ステラは持ちあげられて担がれている。


 そして何と、そのまま私は先生に運搬されはじめてしまったではないか。


「私、荷物じゃないんですけど、ちょ、どういう事か説明してくださいよ。これ、どうなってるのよ、もう」


 というか肩がお腹に食い込んでちょっと痛い。


 そのまま担がれて、森の仲を運搬されていく人間一人。


 黙々と運ばれてると、徐々に混乱が収まってきたので、私は疑問を口に出す事にした。


「あのー、そろそろ教えてもらえませんか?」

「よしよし、冷静だな、良い子だから大人しくしてろよ。ステラード」

「私はもう、そんな小さな子供じゃないです!」


 だが、先生はまともに答えてくれるどころか、子供扱いしてふざけだす始末だ。


 だが、そんな行為でも、数分もすれば相手の意図に気が付いてきて。


 ……あれ、そんなに怖くない?


 先程まで感じていた森への恐怖心が無くなっている事に気が付いた。


 森を目で見つるから駄目なのだろうか。

 どうなんだろう


「ここまでくりゃ、簡単には町には逃げ込めないよな。よし、そろそろ外してやる」

 

 言われて、目隠しを外される。


 見えた森の景色に一瞬だけ、胸が苦しくなるが、しかし想像したほどではなかった。


「……不思議、思った程怖くないわ」

「じゃ、これならどうだ?」


 次いで、先生に地面に降ろされる。

 自分の足でしばらく周囲をウロウロしてみるが、それほどでもない。


「どうしてなのかしら……」


 首を傾げてみる。


 私はそれほど恐怖を感じているわけではない。

 初めは、景色が見えないからか、それか自分で移動しているわけではないから、だと思っていたが、それは違うようだ。


「一体どうして?」

「課外授業の時といつもの時と何が違うか考えて見りゃすぐ分かんだろ」

「えっと……あ」


 制服以外に、明確に違う物。

 それは独りではない事だ。


「お前は、一人になって他の人間からはぐれた時に魔物に襲われた、だからたった一人で恐ろしい相手から逃げ続けなきゃならん状況が脳裏に強く刻み込まれてたんだろうな」

「そっか、それで……」


 一人でない今は、それほど怖くないのだ。


 だから最初から門の所で、一人でないのだと強く意思を持っていれば大丈夫だったのだ。


「そんな簡単な事だったのね」


 見ると先程は足が震えそうになる程だったというのに、今はそんな事は無い。

 あれほど怖く思えた森の中が大した事が無いように思えてくる。


「先生、ありがとうございます」

「まったく手間がかかる生徒だな」

「でも、一言余計ですよ」

「親切な事しか言わねぇ奴なんて胡散臭くてしょうがねぇだろうが」

「それもそうですね」



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